第33話 「小さな失敗が大きくなる」
直人は、“小さなミス”をよく覚えていた。
---
普通の人なら気にしないようなことでも、 頭の中で何度も再生される。
---
ある日の掃除時間。
---
雑巾がけの担当だった。
---
みんなが適当にやっている中で、 直人は少し丁寧にやろうとしていた。
---
端まできっちり。
角もきれいに。
---
でもそのせいで、 少し遅れる。
---
「直人遅いよー」
誰かが言う。
---
直人は慌ててスピードを上げる。
---
その瞬間。
---
バランスを崩して、 バケツを少し倒しそうになる。
---
水が少しこぼれる。
---
「あー……」
小さな声。
---
周りが一瞬だけ見る。
---
先生は「気をつけて」と言うだけ。
---
それだけの出来事。
---
でも直人の中では、 その場面が強く残る。
---
“またやった”
---
夜になっても思い出す。
---
バケツの音。
水の広がり。
見られた視線。
---
何度も頭の中で繰り返す。
---
別の日。
---
給食当番で皿を落としかける。
---
また別の日。
---
発言のタイミングを間違える。
---
そのたびに、 小さな失敗として記憶に残る。
---
そしてそれが積み重なる。
---
“自分はミスが多い人間だ”
---
そういう認識になっていく。
---
でも周りは、 すぐ忘れている。
---
次の日には普通に話しかけてくる。
---
直人だけが、 過去を引きずっている。
---
帰り道。
---
「今日さ、ちょっとドジったよな」
友達が笑う。
---
その子はもう笑い話にしている。
---
直人も笑う。
---
でも内側では違う。
---
まだそこにいる。
---
失敗の中に。
---
家へ帰る。
---
母が聞く。
「今日どうだった?」
---
直人は少し迷う。
---
「……ちょっとミスした」
---
母は「そっか」と軽く言う。
---
でも直人には重く残る。
---
夜。
---
布団の中。
---
同じ場面を何度も思い出す。
---
“あの時、こうすればよかった”
---
“なんであんなことしたんだろう”
---
頭の中で修正を繰り返す。
---
でも現実は変わらない。
---
ただ記憶だけが濃くなる。
---
まだこの頃の直人は知らない。
この「反省のループ」が、 不安の増幅回路になっていることを。
---
失敗そのものよりも、 “思い出し続けること”が負荷になっていくことを。
---
ただこの夜は、
小さなミスを抱えたまま、 静かに眠れない時間が続いていた。




