第30話 「自分を説明できない」
直人は、自分のことをうまく説明できなかった。
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苦しい。
疲れる。
怖い。
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そういう感情は確かにある。
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でも、 “なぜそうなるのか” を聞かれると止まってしまう。
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ある日の夕方。
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宿題をしている途中で、 直人の手が止まっていた。
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問題を読んでいる。
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でも途中で、 別の考えが浮かぶ。
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学校で言われた言葉。
先生の顔。
笑い声。
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気づけば、 問題の内容が頭から消えている。
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「まだ終わってないの?」
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母の声。
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直人はビクッとする。
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「……うん」
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母は少し困った顔をする。
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「なんでそんな簡単なことで止まるの?」
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その質問に、 直人は答えられない。
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自分でも分からないから。
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頭の中では、 色んなことが同時に起きている。
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考えすぎている。
気にしすぎている。
集中が切れている。
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でも、それを言葉にできない。
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「ちゃんとやりなさい」
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直人は小さくうなずく。
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“ちゃんとやろうとしてる”
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その言葉だけが頭に浮かぶ。
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でも口には出ない。
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学校でも同じだった。
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先生に聞かれる。
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「なんで忘れたの?」
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本当は、 忘れたくて忘れたわけじゃない。
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途中で気が逸れて、 別のことを考えて、 戻れなくなって――
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そこまで説明しようとして、 頭が止まる。
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結局、
「……ごめんなさい」
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それしか言えない。
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周りから見える直人は、 ただ“ぼんやりしている子”だった。
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でも実際の頭の中は、 ずっと混乱している。
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昼休み。
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男子たちが騒いでいる。
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直人は少し離れた場所から見ていた。
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本当は入りたい。
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でも、 入ったらまた変な反応をするかもしれない。
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その不安を説明できない。
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だから黙る。
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黙っていると、 また「何考えてるか分からない」と言われる。
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その繰り返しだった。
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夜。
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布団へ入る。
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今日も、 言えなかった言葉が残っている。
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“違う”
“そうじゃない”
“ちゃんとやろうとしてる”
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でも、 全部頭の中で止まる。
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もし自分の苦しさを、 ちゃんと説明できたら。
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もし、 “なぜ普通にできないのか” を言葉にできたら。
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少しは違ったのだろうか。
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まだこの頃の直人は知らない。
自分の困りごとを言語化できない子どもが、 実はたくさんいることを。
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そして、 説明できない苦しさほど、 周囲から“怠け”に見えやすいことを。
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ただこの夜は、
“自分の中には確かに何かあるのに、 誰にも伝わらない”
その孤独を抱えながら、 静かに眠りへ落ちていった。




