第27話 「好きなことだけ、止まらなかった」
直人にも、“楽な時間”はあった。
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何も考えなくていい時間。
周りを気にしなくていい時間。
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それは、 好きなことへ没頭している時だった。
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ある日の放課後。
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直人は自分の部屋で、 図鑑を開いていた。
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昆虫。 電車。 地図。
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ページをめくるたびに、 頭の中へ世界が広がっていく。
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細かい説明を読む。
形を見る。
特徴を比べる。
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気づけば、 何時間も経っている。
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学校では集中できないことが多いのに、 好きなことだけは止まらなかった。
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母が部屋を覗く。
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「まだ読んでるの?」
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直人は顔を上げる。
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「うん」
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時間の感覚が薄れていた。
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疲れもあまり感じない。
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学校で感じていた苦しさが、 少しだけ消える。
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この時間だけは、 “普通”を考えなくていい。
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次の日。
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授業中。
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先生が何かを説明している。
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でも直人の頭の中には、 昨日読んだ図鑑の内容が浮かんでいた。
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“あの昆虫は夜行性で――”
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そこからさらに考えが広がる。
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気づけば、 授業の話が途中から分からなくなっている。
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「直人くん、聞いてる?」
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先生の声。
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教室が少し笑う。
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直人は慌ててうなずく。
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でも頭の切り替えが間に合わない。
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好きなことへ集中すると、 周りが見えなくなる。
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逆に、 興味が持てないことは頭へ入らない。
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その差が激しかった。
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昼休み。
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男子たちが話している。
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直人は昨日読んだ話をしたくなる。
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「知ってる? あの虫って――」
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話し始める。
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でも途中で、 相手の顔が少し困っていることに気づく。
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「あ、うん……」
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反応が薄い。
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直人は止まる。
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またやってしまった。
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自分の好きな話を、 一人で話しすぎた。
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周りはそこまで興味がない。
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でも、 話している時の自分は止まれなかった。
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好きなことになると、 頭の中の言葉が一気に溢れる。
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普段は言葉が詰まるのに。
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帰り道。
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直人は少し落ち込んでいた。
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また変に思われたかもしれない。
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でも同時に、 好きな話をしている時間だけは、 少し楽しかった。
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その矛盾が苦しい。
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家へ帰る。
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また図鑑を開く。
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細かい文字を読む。
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安心する。
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この世界は分かりやすい。
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ルールがある。
順番がある。
理由がある。
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人間みたいに、 空気を読まなくていい。
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夜。
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布団へ入る。
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今日の会話を思い出す。
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“また話しすぎた”
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でも、 好きなことを話している時だけ、 自分は少し自然でいられた気もする。
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まだこの頃の直人は知らない。
この「強い興味への集中」が、 特性の大きな一部だったことを。
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苦しさの原因でもあり、 同時に“才能の入口”でもあったことを。
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ただ今はまだ、
“好きなことを話すと、また変だと思われる”
その怖さだけを抱えながら、 静かに眠りへ落ちていった。




