第21話 「ちゃんとしなきゃが止まらない」
直人の中には、いつからか強い言葉が住み着いていた。
---
“ちゃんとしなきゃ”
---
忘れ物をしないように。
変なことを言わないように。
怒られないように。
周りと同じように動けるように。
---
毎日、その言葉を繰り返していた。
---
朝。
ランドセルを開く。
---
教科書を確認する。
筆箱を見る。
連絡帳を見る。
---
一回閉じる。
---
でも不安になる。
---
“本当に入れたっけ”
---
また開ける。
---
確認する。
---
さっき見たはずなのに、自信がない。
---
その間に時間が過ぎる。
---
「直人! 遅れるよ!」
母の声。
---
焦る。
---
でも焦るほど、確認が増える。
---
“もし忘れてたら”
---
その不安が消えない。
---
学校。
---
授業中も同じだった。
---
ノートを書く。
---
でも途中で、 “今の漢字間違ってないか” が気になる。
---
戻って確認する。
---
その間に先生の話が進む。
---
慌てて聞こうとする。
---
でも今度は、 “どこまで聞いたっけ” が分からなくなる。
---
頭の中が混乱する。
---
周りは普通に進んでいる。
---
直人だけが、一人で止まっている感覚。
---
休み時間。
---
友達同士が話している。
---
直人も近くへ行く。
---
でも、 “今話しかけていいのか” が気になる。
---
変なタイミングだったらどうしよう。
邪魔だったらどうしよう。
---
考えている間に会話が終わる。
---
“またできなかった”
---
そのたびに、自分を責める。
---
もっとちゃんとできたはず。
もっと普通に動けたはず。
---
放課後。
---
帰りの準備。
---
忘れ物が怖い。
---
何度も机を見る。
引き出しを見る。
床を見る。
---
周りはもう帰っている。
---
「直人まだー?」
誰かが笑う。
---
直人は慌てる。
---
でも、 “ちゃんと確認しないと” が止まらない。
---
結局また遅れる。
---
家へ帰る。
---
母がため息をつく。
---
「なんでそんなに時間かかるの?」
---
直人は黙る。
---
自分でも分からない。
---
ちゃんとしたいだけなのに。
---
でも、その“ちゃんと”を目指すほど、 逆に動けなくなる。
---
夜。
---
宿題をしている。
---
一文字ズレる。
消す。
書き直す。
---
また気になる。
---
消す。
---
時間だけが過ぎていく。
---
時計を見る。
---
周りの子なら、とっくに終わっている時間。
---
直人はまだ一ページも終わっていない。
---
涙が少しだけ滲む。
---
“なんでこんなに普通のことが難しいんだろう”
---
その疑問が、何度も浮かぶ。
---
まだこの頃の直人は知らない。
この「ちゃんとしなきゃ」が、 不安から生まれた“過剰な自己管理”だったことを。
---
失敗を繰り返した結果、 脳が常に警戒し続けるようになっていたことを。
---
ただこの時はまだ、
“もっと頑張れば普通になれる”
そう信じながら、 静かに鉛筆を握り続けていた。




