第19話 「怒られる前に動くクセ」
直人は、少しずつ“先回り”を覚えていった。
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怒られないように。
変だと思われないように。
遅れないように。
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そのために、常に周りを見て動くようになった。
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先生の顔色を見る。
声のトーンを見る。
教室の空気を見る。
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少しでも機嫌が悪そうなら、緊張する。
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「次は誰が怒られるんだろう」
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そんなことを考えながら授業を受けていた。
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ある日の朝。
教室へ入ると、空気が少しピリついていた。
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先生が何か探している。
机の上を見ている。
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「昨日の提出物、出してない人いるよね?」
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その瞬間、直人の心臓が跳ねる。
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出したっけ。
出したはず。
でも記憶が曖昧。
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頭の中が急に不安で埋まる。
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周りの子どもたちは普通に座っている。
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直人だけが、急いでランドセルを開ける。
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プリントを探す。
ノートをめくる。
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手が焦る。
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「あった……」
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ランドセルの奥に、提出物が入ったままだった。
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直人は急いで前へ持っていく。
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先生は小さくため息をつく。
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「出し忘れないように」
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それだけだった。
怒鳴られたわけじゃない。
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でも直人は、胸がずっと苦しかった。
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“またやるところだった”
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その感覚が残る。
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それから直人は、 “怒られる前に動く”ことを覚え始めた。
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先生が何か言いそうになる前に立つ。
忘れ物を確認する。
周りが動いたらすぐ真似する。
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でも、それは安心ではなかった。
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常に緊張している状態だった。
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昼休み。
男子たちが騒いでいる。
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誰かがふざけて机を叩く。
大きな音。
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先生が教室へ入ってくる。
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その瞬間、直人は反射的に姿勢を正す。
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怒られたくない。
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でも、周りはまだ笑っている。
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先生も特に怒らなかった。
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直人だけが、一人で緊張していた。
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放課後。
帰りの準備。
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先生が「忘れ物ないようにね」と言う。
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直人は何度も確認する。
教科書。 筆箱。 連絡帳。
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でも確認している途中で、 “今何を確認したっけ”となる。
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また最初から確認する。
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周りはもう帰っている。
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直人だけが残る。
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焦る。
でも焦るほど、確認が増える。
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家へ帰る頃には、もう疲れていた。
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母が言う。
「なんでそんなに疲れてるの?」
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直人は答えられない。
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ただ学校へ行ってきただけ。
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でも本当は、 ずっと神経を張っていた。
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怒られないように。
変に見られないように。
失敗しないように。
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その全部を考え続けていた。
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夜。
布団へ入る。
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今日一日を思い返す。
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提出物。 先生の声。 周りの反応。
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頭の中が静かにならない。
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“また怒られるかもしれない”
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その不安が、ずっとどこかにある。
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まだこの頃の直人は知らない。
この「怒られる前に動くクセ」が、 やがて“大人になっても抜けない過剰警戒”へ変わっていくことを。
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職場で。
人間関係で。
社会の中で。
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常に周囲を気にし続ける人生へ繋がっていくことを。
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ただ今はまだ、 小さな教室の中で、 必死に“普通”を追いかけているだけだった。




