第十四話 「美月が隠していたこと」
図書室には、直人しかいなかった。
夕方の光が、窓から細く差し込んでいる。
直人は震える手で、美月が残した手紙を持っていた。
『もし、この手紙を読んでいるなら』
『私は、もう学校には戻れなかったんだね。』
その続きを読む。
『直人くんは、きっと自分を責めていると思います。』
直人の手が止まった。
「……なんで」
まるで。
今の自分を見ているようだった。
『もっと早く会いに行けばよかった』
『もっと話せばよかった』
『もっと早く気持ちを伝えればよかった』
『きっと、そんなことを考えていると思う。』
直人は唇を噛んだ。
全部、その通りだった。
『でも、それは直人くんのせいじゃありません。』
『私は、自分で選んでいました。』
そこで文章が一度途切れていた。
直人はページをめくる。
次の文章。
『直人くんと出会ったとき、私はもう、自分の病気についてある程度知っていました。』
直人は息を止めた。
病気。
その言葉を見ても、まだ実感が湧かない。
『だから、最初から分かっていたんです。』
『普通の高校生活を、最後まで送れないかもしれないって。』
直人は目を閉じた。
「……最初から?」
初めて図書室で話した日。
美月は笑っていた。
普通の女の子だった。
本を読んで。
笑って。
くだらない話をして。
そんな彼女が。
自分の未来が長くないかもしれないことを知っていた。
『だから、私は最初、直人くんと仲良くなるつもりはありませんでした。』
直人の胸が痛む。
なら。
なぜ。
『直人くんが、一人で本を読んでいるのを見ていました。』
『いつも同じ席に座っていましたね。』
『誰かが話しかけても、少し困った顔をしていました。』
直人は苦笑した。
「……見られてたんだ」
『でも、ある日。』
『直人くんが、本を読んで笑ったんです。』
『声には出していなかったけど、すごく小さく笑っていました。』
『私は、それを見て思いました。』
『この人と、一度話してみたいって。』
直人の目から涙が落ちた。
あの日。
美月が話しかけてくれた理由。
それは偶然ではなかった。
『だから、私から話しかけました。』
『最初は、本の話だけでした。』
『でも、だんだん楽しくなりました。』
『直人くんが考えていることを聞くのが好きになりました。』
直人は手紙を握る。
『だから、困ったんです。』
『もっと話したい。』
『もっと一緒にいたい。』
『もっと、普通の高校生みたいな時間を過ごしたい。』
『そう思うようになったから。』
直人は泣いていた。
声を出さず。
ただ、涙だけが落ちていく。
『でも、私は知っていました。』
『いつか、この時間が終わることを。』
そこで。
文章がまた途切れていた。
直人は急いで次を読む。
『だから、直人くんには、私を待ってほしくなかった。』
『私のために、自分の時間を止めてほしくなかった。』
『私がいなくなった後も、ちゃんと笑ってほしかった。』
「……無理だよ」
直人は呟いた。
「そんなの……」
『きっと直人くんは、私のことを忘れられないと思います。』
『それでもいいです。』
『忘れなくていい。』
『でも、前を向いてください。』
直人は手紙を胸に押し当てる。
そして。
最後のページを見る。
そこには。
今までの文章とは違う。
少し震えた文字が並んでいた。
『本当は、一つだけ嘘をつきました。』
直人の表情が変わる。
「嘘……?」
続きを読む。
『私は、直人くんに「待たないで」と言いました。』
『でも、本当は――』
そこで。
文章が途切れている。
次のページをめくる。
しかし。
そこには何も書かれていなかった。
白紙。
「……え?」
最後のページ。
本当に何もない。
直人は手紙を裏返す。
何もない。
封筒も確認する。
何もない。
「途中……?」
なぜ。
こんなところで終わっている。
『でも、本当は――』
その先だけが。
ない。
直人は立ち上がった。
「美月……」
声が図書室に響く。
もちろん。
返事はない。
その時。
本棚の奥から。
何かが落ちる音がした。
カタン。
直人が振り向く。
誰もいない。
本棚の前へ歩く。
床を見る。
一冊の本が落ちていた。
拾い上げる。
その本は。
美月が最後に直人へ渡した本と同じシリーズだった。
「……これ」
表紙を開く。
中には。
一枚の写真が挟まっていた。
直人は写真を取り出す。
そこには。
図書室の窓際の席が写っていた。
まだ美月と出会う前の。
古い写真。
そして。
写真の裏側。
そこには日付が書かれていた。
――三年前。
直人は眉をひそめた。
「三年前……?」
美月がこの学校に来るより前。
なぜ。
こんな写真を持っている。
さらに。
その下には。
一行だけ。
美月の字があった。
『私がここに来た理由を、先生に聞いてください。』
直人は写真を握りしめた。
美月は。
ただ病気を抱えていた少女ではなかった。
自分が思っていた以上に。
何かを隠していた。
そして。
その秘密は。
自分との出会いよりも前から始まっていた。
直人は手紙を鞄へ入れる。
そして。
図書室を出た。
向かう先は。
担任の先生のところだった。
今度は。
逃げない。
聞く。
美月が何を隠していたのか。
なぜ自分に近づいたのか。
そして。
最後の手紙に書かれていた、
『本当は――』
その続きは何だったのか。
直人は知らない。
ただ一つ。
分かっていることがあった。
美月が残した最後の秘密は。
直人が想像していたものより、
ずっと大きかった。
そしてその秘密は。
直人自身の過去にも、
繋がっていた。
第十五話「三年前の写真」へ続く。




