第十三話 「届かなかった約束」
昼休みの廊下。
直人は、担任の前に立っていた。
先生は何も言わない。
ただ、直人を見ている。
その表情だけで。
直人には分かってしまった。
「……先生」
声が震える。
「藤崎さんに……何かあったんですか?」
先生は、すぐには答えなかった。
そして。
ゆっくりと口を開いた。
「今朝、ご家族から連絡があった」
直人の喉が鳴る。
「藤崎さんは……」
先生の言葉が止まる。
「今朝、亡くなった」
――時間が止まった。
何を言われたのか。
理解できない。
いや。
理解したくなかった。
「……え?」
それしか出てこない。
「先生……」
直人は笑いそうになった。
「何言ってるんですか」
「昨日、電話したんですよ」
「また話そうって……」
「約束したんですよ」
先生は黙っている。
「……また話すって」
声が震える。
「約束したんです」
先生は目を伏せた。
「……そうか」
その一言で。
直人は悟った。
嘘ではない。
夢でもない。
本当に。
美月はもういない。
「……嘘だ」
直人は後ろへ一歩下がった。
「そんなわけない」
「昨日、話したんですよ」
「昨日ですよ?」
誰も答えない。
廊下を歩く生徒たちがいる。
笑い声。
話し声。
足音。
全部が聞こえる。
なのに。
直人には、それが全部遠く感じた。
「……本を」
直人が呟く。
「本、返してないんです」
鞄の中。
あの本。
二人が約束した本。
「感想……まだ伝えてない」
先生が何か言おうとする。
でも。
直人は聞いていなかった。
走った。
階段を駆け下りる。
図書室へ向かう。
扉を開ける。
誰もいない。
いつもの窓際。
誰もいない。
直人は椅子を引いた。
座る。
そして。
鞄から本を取り出した。
表紙を見る。
美月が選んでくれた本。
何度も読み返した。
感想も考えた。
伝えたいことも決めた。
なのに。
もう。
伝える相手はいない。
「……なんで」
声が漏れる。
「なんで昨日だったんだよ」
机に本を置く。
「昨日、話したのに」
涙が落ちる。
一滴。
また一滴。
止まらない。
「また話そうって言ったじゃん」
返事はない。
「約束したじゃん……」
窓から風が入る。
ページが勝手にめくれる。
そして。
最後のページが開いた。
そこには。
直人が以前書いた感想のメモが挟まっていた。
――「最後に一人で歩き出した主人公が好きだった」
直人はその文字を見る。
美月の手紙を思い出す。
『たまには、自分の気持ちを優先していいと思う』
『待たないでね』
『普通に生きてほしい』
そして。
最後の言葉。
『またね。』
「……またねって」
直人は本を抱きしめた。
「またねって言ったじゃん……」
その瞬間。
胸の奥に、別の感情が生まれた。
悲しみだけではない。
悔しさ。
怒り。
自分自身への怒り。
「言えばよかった……」
あの電話。
あの時間。
あと一言。
「好きだった」
そう言えばよかった。
「大切だった」
そう言えばよかった。
「会えて嬉しかった」
そう言えばよかった。
なのに。
言えなかった。
また。
言えなかった。
いつもそうだった。
嫌われるのが怖くて。
迷惑をかけるのが怖くて。
相手の気持ちばかり考えて。
自分の気持ちを後回しにした。
その結果。
一番伝えたかった人に。
一番伝えたかった言葉を。
伝えられなかった。
「……俺は」
直人は顔を覆った。
「何やってんだよ……」
その日。
直人は授業に戻らなかった。
誰にも止められなかった。
放課後になっても。
図書室にいた。
日が沈んでいく。
窓の外が暗くなる。
そして。
図書室の時計が六時を指した。
直人は立ち上がる。
本を鞄へ入れる。
帰ろうとした。
その時。
机の上に。
一枚の紙が置かれていることに気づいた。
「……?」
見覚えのない紙。
裏返す。
そこには。
美月の名前が書かれていた。
直人の手が止まる。
『直人くんへ』
その文字を見た瞬間。
心臓が跳ねた。
「……なんで」
これは。
いつ書いたものなのか。
直人は震える手で紙を開いた。
そこには。
美月の文字で。
短い文章が書かれていた。
『もし、この手紙を読んでいるなら』
『私は、もう学校には戻れなかったんだね。』
直人は息を止めた。
続きには。
こう書かれていた。
『ごめんね。』
『でも、謝りたくはないから、最後まで読んでください。』
直人は震える指でページをめくった。
そこには。
まだ知らない美月の言葉が残されていた。
そして。
その手紙の最後には。
直人がこれまで知らなかった。
ある「秘密」が書かれていた。
――美月は、なぜ直人に「待たないで」と言ったのか。
その理由が。
初めて明かされようとしていた。
第十四話「美月が隠していたこと」へ続く。




