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『普通になれなかった僕は、社会の中で静かに壊れていった』  作者: こうた
第三章「静かに消えていく日常」

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第十二話 「言えなかった言葉」

十一月。



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秋が深くなっていた。



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朝の空気は冷たい。



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校庭の木々は、 少しずつ葉を落としていた。



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直人は、 毎日学校へ通っていた。



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以前と同じように。



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授業を受け。



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翔と話し。



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図書室へ行く。



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一見すると、 何も変わっていない。



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でも。



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直人の中には、 一つの決意があった。



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次に美月に会えたら。



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絶対に伝える。



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「好きだった」



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その言葉を。



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ちゃんと自分の口で。



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しかし。



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時間だけが過ぎていく。



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美月は戻ってこなかった。



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一週間。



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二週間。



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一か月。



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そして。



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冬が近づいていた。



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ある日の放課後。



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図書室で本を読んでいると。



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スマートフォンが震えた。



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知らない番号。



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直人は画面を見つめる。



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嫌な予感がした。



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それでも。



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電話に出る。



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「もしもし」



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しばらく。



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何も聞こえない。



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そして。



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聞き覚えのある声。



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「……直人くん?」



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「美月?」



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直人は立ち上がった。



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「うん」



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声は弱かった。



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以前より。



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ずっと小さい。



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「今、大丈夫?」



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「うん」



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「久しぶり」



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「久しぶり」



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それだけで。



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胸がいっぱいになる。



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「学校……」



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美月が言う。



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「まだ行けなくて」



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「うん」



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直人は答える。



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「待ってるから」



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言ってから。



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手紙のことを思い出す。



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「……待たないでって書いたけど」



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美月が小さく笑う。



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「うん」



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「ごめん」



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「謝らなくていいよ」



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直人は窓の外を見る。



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暗くなり始めた空。



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「本」



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美月が言った。



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「まだ持ってる?」



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「持ってる」



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「そっか」



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「ずっと持ってる」



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「ふふ」



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美月が笑う。



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その声を聞いて。



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直人も笑った。



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久しぶりだった。



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こんなふうに笑ったのは。



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しばらく。



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二人は話した。



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学校のこと。



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翔のこと。



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最近読んだ本。



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くだらない話。



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本当に。



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普通の会話だった。



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だからこそ。



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直人は言えなかった。



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「好き」



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その二文字が。



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喉まで出ているのに。



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言葉にならない。



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もし言ったら。



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この時間が壊れてしまう気がした。



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友達ではいられなくなる。



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美月を困らせるかもしれない。



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今の美月に、 そんなことを背負わせたくない。



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そう思ってしまった。



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電話の最後。



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「直人くん」



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「うん?」



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「また話そうね」



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「うん」



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「約束」



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直人は目を閉じた。



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「約束」



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電話が切れる。



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直人はスマートフォンを握ったまま、 しばらく動かなかった。



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言えなかった。



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また。



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言えなかった。



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「……何やってんだよ」



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自分に向かって呟く。



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言えばよかった。



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好きだって。



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大切だって。



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会えて嬉しいって。



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全部。



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でも。



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言えなかった。



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その夜。



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直人は机に向かった。



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ノートを開く。



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そして。



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一行だけ書いた。



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『今日も言えなかった。』



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ペンを置く。



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しばらく考える。



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その下に。



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もう一行。



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『次は言う。』



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そう書いた。



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翌朝。



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学校へ行く。



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教室に入ると。



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翔がいた。



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「おはよう」



---


「おはよう」



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直人は席に座る。



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翔が顔を見る。



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「電話?」



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「うん」



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「藤崎さん?」



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直人は頷く。



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「元気だった?」



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「……うん」



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少し迷って。



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「声は元気だった」



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翔は何も言わなかった。



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直人もそれ以上話さなかった。



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昼休み。



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図書室。



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直人は一人で本を開く。



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すると。



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一冊の本が、 棚から少しだけ飛び出していることに気づいた。



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引き抜く。



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古い本だった。



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ページを開く。



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最初のページに、 誰かの文字がある。



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『大切な人には、 大切だと言えるうちに伝えること。』



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直人の手が止まる。



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偶然だ。



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ただの古い書き込み。



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そう思おうとした。



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でも。



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今の自分には。



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あまりにも刺さる言葉だった。



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「言えるうちに……」



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直人は呟く。



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その日の放課後。



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先生から呼び出された。



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「直人」



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「はい」



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先生の表情が、 いつもと違った。



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「藤崎さんのことで」



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直人の胸がざわつく。



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「何か……あったんですか?」



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先生はすぐには答えなかった。



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そして。



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静かに言った。



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「一度、ご家族から話を聞いた」



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「藤崎さんは……」



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そこで先生の声が止まる。



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直人は息を呑む。



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「今、かなり厳しい状態らしい」



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世界から。



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音が消えた。



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「……厳しい?」



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先生は頷いた。



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「だから」



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「もし何か伝えたいことがあるなら」



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先生は直人を見る。



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「伝えられるうちに、伝えた方がいい」



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直人は何も答えられなかった。



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教室を出た。



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廊下を歩く。



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階段を降りる。



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校門を出る。



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気づけば。



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走っていた。



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家へ帰る。



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机の上のスマートフォンを見る。



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美月の番号。



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指が震える。



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電話をかける。



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呼び出し音。



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一回。



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二回。



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三回。



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しかし。



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誰も出ない。



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直人は何度もかけた。



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それでも。



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繋がらない。



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「お願いだから……」



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声が震える。



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「出てよ……」



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電話は。



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静かなままだった。



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その夜。



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直人は一睡もできなかった。



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そして。



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朝になった。



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学校へ向かう。



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いつもの道。



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いつもの景色。



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でも。



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何も同じには見えなかった。



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昼休み。



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担任が直人のところへ来た。



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「直人」



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その声を聞いた瞬間。



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直人には分かった。



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先生の目を見れば。



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何かが起きたことが。



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分かった。



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「……先生?」



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先生は。



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静かに言った。



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「今日の朝……」



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そこで。



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言葉が途切れる。



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直人の心臓が。



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大きく鳴った。



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そして。



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先生の口から。



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一番聞きたくなかった言葉が。



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静かに。



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告げられた。



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第十三話「届かなかった約束」へ続く。

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