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『普通になれなかった僕は、社会の中で静かに壊れていった』  作者: こうた
第三章「静かに消えていく日常」

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第八話 「最後の夏の日」

八月の終わり。


---


夏休み最後の日曜日。


---


朝から空が青かった。


---


蝉の声も、

以前より少なくなっている。


---


夏が終わる。


---


それを、

街全体が静かに知らせているようだった。


---


直人は机に座り、

美月から借りた本を読んでいた。


---


あと少し。


---


残りは数十ページ。


---


今日中に読み終わる。


---


そう思っていた。


---


すると。


---


スマートフォンが震えた。


---


画面を見る。


---


知らない番号だった。


---


少し迷う。


---


だが。


---


電話に出た。


---


「もしもし」


---


「直人?」


---


一瞬。


---


息が止まった。


---


聞き覚えのある声。


---


「……美月?」


---


初めて。


---


直人は電話越しに、

彼女の名前を呼んだ。


---


「うん」


---


美月が少し笑う気配がした。


---


「びっくりした?」


---


「した」


---


正直に答える。


---


「電話番号、どうしたの?」


---


「翔くんに聞いた」


---


「翔に?」


---


「うん」


---


直人は少し驚いた。


---


いつの間に。


---


そんな疑問も浮かんだ。


---


しかし。


---


それよりも。


---


美月から電話が来た。


---


その事実の方が大きかった。


---


「ごめんね、急に」


---


「ううん」


---


「どうしたの?」


---


少しの沈黙。


---


電話の向こうから、

風の音が聞こえた。


---


「今、少しだけ外に出てるの」


---


「外?」


---


「うん」


---


「病院の近く」


---


直人は黙った。


---


「体調は?」


---


「今日は大丈夫」


---


その言葉に、

少しだけ安心する。


---


「それでね」


---


美月の声が、

少しだけ真剣になった。


---


「明日から学校でしょ?」


---


「うん」


---


「私も……行けるかもしれない」


---


直人の心臓が跳ねた。


---


「本当に?」


---


「まだ分からないけど」


---


「先生にはそう伝えてる」


---


直人は、

思わず笑っていた。


---


「そっか」


---


「良かった」


---


電話の向こうで、

美月が小さく笑う。


---


「そんなに嬉しい?」


---


直人は言葉に詰まる。


---


「……嬉しいよ」


---


少しだけ。


---


今までより素直に言えた。


---


「会いたかったから」


---


言ってから。


---


心臓が激しく鳴り始める。


---


しまった。


---


言い過ぎた。


---


そう思った。


---


だが。


---


美月は笑わなかった。


---


「私も」


---


短い言葉。


---


「直人くんと話したかった」


---


胸の奥が熱くなる。


---


何か言いたい。


---


でも。


---


言葉が出ない。


---


「本、読んだ?」


---


美月が聞いた。


---


直人は我に返る。


---


「まだ途中」


---


「あと少し」


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「そっか」


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「じゃあ感想、学校で聞かせて」


---


約束。


---


また。


---


未来の約束。


---


直人は目を閉じた。


---


「うん」


---


「絶対に話す」


---


「約束する」


---


「うん」


---


美月の声が、

少しだけ遠く聞こえた。


---


「じゃあ」


---


「また明日」


---


その言葉。


---


去年の春から。


---


何度も交わしてきた言葉。


---


何でもない言葉。


---


でも。


---


直人にとっては、

特別だった。


---


「また明日」


---


「また明日」


---


電話が切れた。


---


直人はしばらく、

スマートフォンを見つめていた。


---


夢ではない。


---


本当に話した。


---


明日。


---


美月が学校へ来るかもしれない。


---


また図書室で会えるかもしれない。


---


直人は机に戻った。


---


借りた本を開く。


---


残りのページを読む。


---


今まで以上に、

物語が心に入ってくる。


---


読み終えたら。


---


明日。


---


全部伝える。


---


本の感想。


---


美月に会えなくて、

どれだけ心配だったか。


---


そして。


---


今まで言えなかったことも。


---


「君に会えてよかった」


---


その言葉を。


---


今度こそ。


---


伝える。


---


夜。


---


最後のページを閉じた。


---


物語は、

少し切ない結末だった。


---


大切な人を失った主人公が。


---


それでも前を向いて歩き始める。


---


直人は、

しばらく本を閉じられなかった。


---


なぜだろう。


---


胸が苦しい。


---


「縁起でもない」


---


小さくつぶやく。


---


そして。


---


机の上に本を置いた。


---


明日の準備をする。


---


教科書。


---


筆箱。


---


そして。


---


美月に返す本。


---


忘れないように、

鞄の一番上へ入れた。


---


翌朝。


---


直人はいつもより早く目を覚ました。


---


窓を開ける。


---


夏の終わりの風が、

部屋へ入ってくる。


---


「今日、会える」


---


そう思うだけで、

胸が高鳴った。


---


学校へ向かう。


---


教室に入る。


---


翔が手を上げる。


---


「おはよう」


---


「おはよう」


---


いつもより、

直人の声は明るかった。


---


翔はすぐに気づく。


---


「何かあった?」


---


直人は少し迷った。


---


でも。


---


「昨日、美月から電話があった」


---


翔の表情が変わる。


---


「そうか」


---


「今日、学校に来るかもしれないって」


---


翔は一瞬だけ黙った。


---


「そっか」


---


直人は気づかなかった。


---


その声に、

少しだけ影があったことに。


---


午前の授業が終わる。


---


昼休み。


---


直人は鞄を持った。


---


美月に本を返すために。


---


図書室へ向かうために。


---


廊下を歩く。


---


階段を上がる。


---


あと少し。


---


その時。


---


後ろから。


---


「直人」


---


翔の声がした。


---


振り返る。


---


翔は、

いつものように笑っていなかった。


---


「……どうした?」


---


直人が聞く。


---


翔はすぐに答えなかった。


---


そして。


---


小さな声で言った。


---


「昨日、美月から電話あったんだよな」


---


「うん」


---


「何て言ってた?」


---


直人は少し笑う。


---


「今日、学校に来るかもしれないって」


---


その瞬間。


---


翔の顔から、

表情が消えた。


---


直人の笑顔も、

少しずつ消えていく。


---


「翔?」


---


「どうした?」


---


翔は唇を噛んだ。


---


何かを言おうとして。


---


言えない。


---


直人の胸に、

嫌な予感が広がった。


---


「何か知ってるの?」


---


翔は目をそらした。


---


「……俺も、昨日」


---


そこで言葉が止まる。


---


「美月から連絡があった」


---


直人の手から。


---


本が。


---


ゆっくりと滑り落ちそうになる。


---


翔は続けた。


---


「でも……」


---


直人は息を止める。


---


「今日、学校に来るとは言ってなかった」


---


廊下の窓から、

夏の終わりの光が差し込んでいた。


---


明るい。


---


眩しいほど。


---


なのに。


---


直人の目の前だけが、

急に暗くなったような気がした。


---


昨日。


---


美月は言った。


---


「また明日」


---


確かに。


---


そう言った。


---


でも。


---


その「明日」が。


---


本当に来るのか。


---


直人はまだ知らなかった。


---


そして。


---


この夏の最後の日が。


---


二人にとって、


忘れることのできない一日になることを。


---


第九話「来なかった人」へ続く。

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