第四話 「届かない距離」
美月が学校を休み始めてから、 一か月が過ぎた。
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最初の頃。
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直人は毎日思っていた。
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「明日は来るかもしれない」
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「来週には戻ってくるかもしれない」
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そう信じていた。
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でも。
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時間が経つほど、 その期待は少しずつ小さくなっていった。
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昼休み。
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図書室。
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直人はいつもの席に座る。
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窓の外を見る。
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去年の冬。
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ここで初めて話した。
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同じ本を読んでいることを知った。
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「その本、面白いよね」
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美月の声。
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今でも覚えている。
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ページをめくる。
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でも。
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一人で読む本は、 以前とは違っていた。
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面白い。
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それでも。
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何か足りない。
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感想を話す相手がいない。
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同じ場面で笑う相手がいない。
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本当は。
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本ではなく、
一緒に過ごした時間が好きだったのだと気づく。
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放課後。
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直人は担任へ相談した。
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「あの……藤崎さんのことなんですけど」
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先生は少し困った表情をする。
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「心配しているんだな」
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「はい」
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「ただ、詳しい病状については学校から伝えることはできない」
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「本人や家族の気持ちもあるからな」
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直人は頷く。
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分かっている。
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分かっているけれど。
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何もできない。
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その事実が苦しかった。
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帰宅後。
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机の引き出しを開ける。
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以前書いた手紙。
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何も書けなかった便箋。
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それを取り出す。
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ペンを持つ。
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今なら書ける気がした。
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『美月へ』
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そこまで書いて止まる。
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違う。
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呼び捨てにしたことなんてない。
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『藤崎さんへ』
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それも違う気がする。
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結局。
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名前を書くことすらできなかった。
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情けない。
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そう思う。
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でも。
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それが今の自分だった。
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人との距離を縮めることが苦手。
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大切なことほど言えない。
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昔から変わっていない。
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夜。
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翔から電話が来た。
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「大丈夫か?」
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直人は少し驚く。
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「何が?」
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「最近、無理してるだろ」
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直人は黙る。
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「別に」
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いつもの答え。
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でも。
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翔には通じなかった。
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「直人」
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少し強い声。
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「一人で抱え込むなよ」
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その言葉に、 胸が熱くなる。
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でも。
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涙は出なかった。
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泣き方すら忘れていた。
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「……ありがとう」
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それだけ言った。
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電話を切った後。
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直人は窓の外を見る。
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雨は止んでいた。
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でも空はまだ暗い。
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美月は今、 どこで何をしているのだろう。
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本を読んでいるのだろうか。
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笑っているのだろうか。
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それとも。
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一人で不安と戦っているのだろうか。
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考えるほど苦しくなる。
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それでも。
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直人は願った。
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もう一度会いたい。
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もう一度話したい。
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今度こそ。
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伝えたい。
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「ありがとう」
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ではなく。
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もっと大切な言葉を。
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まだこの頃の直人は知らない。
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会いたいという願いが、
時には奇跡を起こす力になることを。
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そして。
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その奇跡には、
残酷な代償が伴うこともあることを。
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梅雨が明ける頃。
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直人の元へ、
一本の電話が届く。
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第五話「再会」へ続く。




