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『普通になれなかった僕は、社会の中で静かに壊れていった』  作者: こうた
第三章「静かに消えていく日常」

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第四話 「届かない距離」

美月が学校を休み始めてから、 一か月が過ぎた。



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最初の頃。



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直人は毎日思っていた。



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「明日は来るかもしれない」



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「来週には戻ってくるかもしれない」



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そう信じていた。



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でも。



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時間が経つほど、 その期待は少しずつ小さくなっていった。



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昼休み。



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図書室。



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直人はいつもの席に座る。



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窓の外を見る。



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去年の冬。



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ここで初めて話した。



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同じ本を読んでいることを知った。



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「その本、面白いよね」



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美月の声。



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今でも覚えている。



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ページをめくる。



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でも。



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一人で読む本は、 以前とは違っていた。



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面白い。



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それでも。



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何か足りない。



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感想を話す相手がいない。



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同じ場面で笑う相手がいない。



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本当は。



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本ではなく、


一緒に過ごした時間が好きだったのだと気づく。



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放課後。



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直人は担任へ相談した。



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「あの……藤崎さんのことなんですけど」



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先生は少し困った表情をする。



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「心配しているんだな」



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「はい」



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「ただ、詳しい病状については学校から伝えることはできない」



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「本人や家族の気持ちもあるからな」



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直人は頷く。



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分かっている。



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分かっているけれど。



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何もできない。



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その事実が苦しかった。



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帰宅後。



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机の引き出しを開ける。



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以前書いた手紙。



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何も書けなかった便箋。



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それを取り出す。



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ペンを持つ。



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今なら書ける気がした。



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『美月へ』



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そこまで書いて止まる。



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違う。



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呼び捨てにしたことなんてない。



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『藤崎さんへ』



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それも違う気がする。



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結局。



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名前を書くことすらできなかった。



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情けない。



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そう思う。



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でも。



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それが今の自分だった。



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人との距離を縮めることが苦手。



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大切なことほど言えない。



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昔から変わっていない。



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夜。



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翔から電話が来た。



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「大丈夫か?」



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直人は少し驚く。



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「何が?」



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「最近、無理してるだろ」



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直人は黙る。



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「別に」



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いつもの答え。



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でも。



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翔には通じなかった。



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「直人」



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少し強い声。



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「一人で抱え込むなよ」



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その言葉に、 胸が熱くなる。



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でも。



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涙は出なかった。



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泣き方すら忘れていた。



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「……ありがとう」



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それだけ言った。



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電話を切った後。



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直人は窓の外を見る。



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雨は止んでいた。



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でも空はまだ暗い。



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美月は今、 どこで何をしているのだろう。



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本を読んでいるのだろうか。



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笑っているのだろうか。



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それとも。



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一人で不安と戦っているのだろうか。



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考えるほど苦しくなる。



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それでも。



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直人は願った。



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もう一度会いたい。



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もう一度話したい。



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今度こそ。



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伝えたい。



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「ありがとう」



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ではなく。



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もっと大切な言葉を。



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まだこの頃の直人は知らない。



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会いたいという願いが、


時には奇跡を起こす力になることを。



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そして。



---


その奇跡には、


残酷な代償が伴うこともあることを。



---


梅雨が明ける頃。



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直人の元へ、


一本の電話が届く。



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第五話「再会」へ続く。

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