第三話 「知りたくなかった真実」
六月の終わり。
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雨の日が続いていた。
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直人は毎朝、 学校へ向かう前にスマートフォンを見る。
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何か連絡が来ていないか。
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もちろん。
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何もない。
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美月の連絡先を知らない。
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電話番号も。
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住所も。
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家族のことも。
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知っているのは。
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好きな本。
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好きな場所。
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少し苦手な食べ物。
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笑う時に少しだけ目を細めること。
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そんな小さなことだけだった。
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それが急に苦しく感じた。
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自分は何も知らない。
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近くにいると思っていたのに。
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本当は何も知らなかった。
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昼休み。
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図書室へ向かう。
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いつもの窓際。
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空席。
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直人はそこを見つめる。
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すると。
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後ろから声がした。
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「直人」
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振り返る。
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翔だった。
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「ちょっと話がある」
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いつもの翔とは違う表情だった。
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二人は図書室の外へ出る。
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廊下の窓から雨が見える。
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「藤崎さんのこと」
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その名前を聞いただけで、 胸が締めつけられる。
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「何か知ってるの?」
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翔は少し迷った。
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「聞いた話だから、全部は分からないけど」
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「病気で入院してるらしい」
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直人は黙る。
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「どれくらい?」
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「分からない」
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「でも……」
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翔が言葉を選ぶ。
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「結構、長くなるかもしれないって」
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その瞬間。
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周りの音が遠くなった。
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長くなる。
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その言葉だけが残る。
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「治るよね」
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直人は聞く。
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翔はすぐには答えなかった。
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「……分からない」
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その正直な言葉が、 一番苦しかった。
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放課後。
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直人は一人で帰った。
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雨の中。
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傘を差して歩く。
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街の景色はいつも通り。
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車が走る。
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人が歩く。
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店が開いている。
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世界は何も変わっていない。
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なのに。
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直人の中だけが変わっていた。
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家に着く。
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部屋へ入る。
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机の上の本を見る。
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美月が貸してくれた本。
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返す約束をした本。
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「感想聞かせてね」
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あの日の声が蘇る。
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直人は本を開く。
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付箋を見る。
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そして初めて気づく。
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自分は。
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本の感想を伝えたかっただけではなかった。
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もっと話したかった。
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もっと一緒にいたかった。
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もっと美月のことを知りたかった。
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それはもう。
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ただの憧れではなかった。
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夜。
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ノートを開く。
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いつものように書く。
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しかし。
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今日は手が止まった。
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何を書けばいいのか分からない。
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しばらくして。
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一行だけ書いた。
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『もっと早く気づけばよかった。』
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その文字を見て、 胸が苦しくなる。
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まだ何も失っていない。
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そう思いたい。
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でも。
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何か大切なものが、 少しずつ遠ざかっている気がした。
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翌日。
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担任が朝のホームルームで言った。
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「藤崎さんについてだが」
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教室が静まる。
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直人は顔を上げる。
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「しばらく学校を休むことになる」
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「治療に専念するそうだ」
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その言葉で。
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現実になった。
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美月はいない。
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いつ戻るか分からない。
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直人は机の下で拳を握った。
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何もできない自分が悔しかった。
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まだこの頃の直人は知らない。
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大切な人を救うことができない苦しさが、
これから何年も心に残る傷になることを。
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そして。
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この出来事が、
「普通になれなかった少年」が、
さらに深く自分自身と向き合うきっかけになることを。
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雨はまだ降り続いていた。
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第四話「届かない距離」へ続く。




