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『普通になれなかった僕は、社会の中で静かに壊れていった』  作者: こうた
第三章「静かに消えていく日常」

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第二話 「増えていく空席」

六月。



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梅雨の季節になった。



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窓の外は、 毎日のように灰色の空だった。



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直人は朝、教室へ入るたびに、 無意識に隣の席を見る。



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もちろん。



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そこに美月はいない。



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クラスが違う。



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それは最初から分かっていたことだった。



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でも。



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会えると思っていた。



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図書室へ行けば。



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いつもの場所に行けば。



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また本の話ができると思っていた。



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しかし。



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一週間。



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二週間。



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美月は学校へ来なかった。



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昼休み。



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図書室。



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窓際の席。



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空いた椅子。



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そこを見るたびに、 胸が少し痛くなる。



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直人は本を開く。



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美月から借りた本。



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何度も読んだ本。



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ページの間には、 まだあの小さな付箋が残っている。



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『この場面好き』



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美月の字。



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それを見ると、 少し安心する。



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まだ繋がっている気がする。



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でも。



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同時に不安になる。



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「もう、この本を返せないかもしれない」



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そんな考えが浮かぶ。



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すぐに否定する。



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何を考えているんだ。



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美月はきっと戻ってくる。



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ただ体調が悪いだけだ。



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そう思う。



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放課後。



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翔と帰る。



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いつもならくだらない話をする時間。



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でも今日は違った。



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翔が少し迷ったように口を開く。



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「なあ、直人。」



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「うん?」



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「藤崎さんのこと、気にしてる?」



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直人は足を止めそうになる。



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「……なんで?」



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「顔に出てる。」



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翔は苦笑する。



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「一年の時から分かりやすいんだよ。」



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直人は何も言えなかった。



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否定できない。



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「心配なだけ。」



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やっと出た言葉。



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翔は頷く。



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「そっか。」



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それ以上、聞かなかった。



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その優しさがありがたかった。



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数日後。



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昼休み。



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図書室へ向かう途中。



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廊下で女子生徒の会話が聞こえた。



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「藤崎さん、まだ入院してるらしいよ」



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その言葉で、 直人の足が止まった。



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入院。



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その言葉だけが頭に残る。



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「……入院?」



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今まで。



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風邪だと思っていた。



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少し長引いているだけだと思っていた。



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でも。



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入院。



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その現実が、 急に重くのしかかる。



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放課後。



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直人は一人で帰った。



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雨は止んでいた。



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でも。



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心の中は晴れなかった。



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家に帰る。



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机の上に置いた本を見る。



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美月から借りた本。



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そっと手に取る。



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「大丈夫かな」



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誰もいない部屋で呟く。



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返事はない。



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その夜。



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直人は初めて思った。



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自分は。



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美月のことを、 ただの友達だと思っていたのだろうか。



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それとも。



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もっと違う気持ちだったのだろうか。



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答えは出ない。



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ただ。



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会いたかった。



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話したかった。



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もう一度、


「また明日」


と言いたかった。



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まだこの頃の直人は知らない。



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人は、


失うかもしれないと思った瞬間に、


初めて大切さに気づくことがあることを。



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そして。



---


美月がいなくなった日々が、


直人の心を大きく変えていくことを。



---


梅雨の雨音だけが、


静かな部屋に響いていた。



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第三話「知りたくなかった真実」へ続く。

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