第二話 「増えていく空席」
六月。
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梅雨の季節になった。
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窓の外は、 毎日のように灰色の空だった。
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直人は朝、教室へ入るたびに、 無意識に隣の席を見る。
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もちろん。
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そこに美月はいない。
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クラスが違う。
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それは最初から分かっていたことだった。
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でも。
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会えると思っていた。
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図書室へ行けば。
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いつもの場所に行けば。
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また本の話ができると思っていた。
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しかし。
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一週間。
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二週間。
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美月は学校へ来なかった。
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昼休み。
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図書室。
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窓際の席。
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空いた椅子。
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そこを見るたびに、 胸が少し痛くなる。
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直人は本を開く。
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美月から借りた本。
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何度も読んだ本。
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ページの間には、 まだあの小さな付箋が残っている。
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『この場面好き』
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美月の字。
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それを見ると、 少し安心する。
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まだ繋がっている気がする。
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でも。
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同時に不安になる。
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「もう、この本を返せないかもしれない」
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そんな考えが浮かぶ。
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すぐに否定する。
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何を考えているんだ。
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美月はきっと戻ってくる。
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ただ体調が悪いだけだ。
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そう思う。
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放課後。
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翔と帰る。
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いつもならくだらない話をする時間。
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でも今日は違った。
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翔が少し迷ったように口を開く。
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「なあ、直人。」
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「うん?」
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「藤崎さんのこと、気にしてる?」
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直人は足を止めそうになる。
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「……なんで?」
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「顔に出てる。」
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翔は苦笑する。
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「一年の時から分かりやすいんだよ。」
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直人は何も言えなかった。
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否定できない。
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「心配なだけ。」
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やっと出た言葉。
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翔は頷く。
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「そっか。」
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それ以上、聞かなかった。
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その優しさがありがたかった。
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数日後。
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昼休み。
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図書室へ向かう途中。
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廊下で女子生徒の会話が聞こえた。
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「藤崎さん、まだ入院してるらしいよ」
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その言葉で、 直人の足が止まった。
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入院。
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その言葉だけが頭に残る。
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「……入院?」
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今まで。
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風邪だと思っていた。
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少し長引いているだけだと思っていた。
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でも。
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入院。
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その現実が、 急に重くのしかかる。
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放課後。
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直人は一人で帰った。
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雨は止んでいた。
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でも。
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心の中は晴れなかった。
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家に帰る。
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机の上に置いた本を見る。
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美月から借りた本。
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そっと手に取る。
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「大丈夫かな」
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誰もいない部屋で呟く。
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返事はない。
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その夜。
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直人は初めて思った。
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自分は。
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美月のことを、 ただの友達だと思っていたのだろうか。
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それとも。
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もっと違う気持ちだったのだろうか。
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答えは出ない。
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ただ。
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会いたかった。
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話したかった。
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もう一度、
「また明日」
と言いたかった。
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まだこの頃の直人は知らない。
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人は、
失うかもしれないと思った瞬間に、
初めて大切さに気づくことがあることを。
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そして。
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美月がいなくなった日々が、
直人の心を大きく変えていくことを。
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梅雨の雨音だけが、
静かな部屋に響いていた。
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第三話「知りたくなかった真実」へ続く。




