表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
放課後、君とだけ秘密の話をする  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/37

第26話 広報係は、去年の記録係に似ている

 翌日の放課後、広報係の初めての打ち合わせがあった。


 黒板の右端に、担任の雑な字で「係別打ち合わせ」と書かれている。教室の中は、いくつかの小さな島に分かれていた。企画係は黒板前、装飾係は窓際、会計係は教卓付近、広報係は教室の後ろ。


 僕は、後ろの棚の近くに集まった数人の中にいた。


 去年の役割分担表が入っていた段ボールが、すぐ横にある。

 それだけで、少し落ち着かなかった。


「広報って具体的に何すんの?」


 男子の一人が言う。


「ポスター作るとか?」


「あと当日の案内とか、写真撮るとかじゃない?」


「写真?」


 その言葉に、指先が少しだけ止まった。


 別におかしくない。

 広報係が写真を撮るのは普通だ。

 文化祭の様子を記録して、あとでクラスのページに載せたり、紹介文に使ったりする。去年の記録係と似ていても、何も不自然じゃない。


 でも、似ている。


 それだけで、胸の奥がざらつく。


「湊、写真得意?」


 隣の女子が軽く聞いてきた。


「いや、普通」


「普通って便利な答えだよね」


「最近それ、いろんな人に言われる」


「じゃあほんとに便利なんじゃん」


 彼女は笑った。

 僕も少しだけ笑う。


 広報係の打ち合わせは、思っていたより軽かった。


 ポスター担当を誰にするか。

 当日の写真は誰が撮るか。

 紹介文は誰が書くか。

 SNSに載せるなら先生の確認がいるのか。

 学校の文化祭なのに、やることは案外細かい。


 去年も、こういう話をしたのだろうか。


 水崎澪と。


 そう考えた瞬間、目の前の声が少し遠くなる。


「湊?」


「あ、ごめん。何?」


「写真担当、できる?」


 男子がこちらを見ていた。


「写真担当」


「うん。スマホで撮るだけだし、湊なら変にふざけなさそう」


「それ、褒めてる?」


「半分」


「半分多いな、このクラス」


 そう言うと、何人かが笑った。


 会話は普通に流れる。

 流れてしまう。


 僕は少し迷ってから頷いた。


「じゃあ、写真でいいよ」


「助かる」


「あとで紹介文にも使うから、ちゃんと撮ってね」


「ちゃんと、ね」


 その言葉が少し引っかかった。


 ちゃんと撮る。

 ちゃんと残す。

 誰が何をしていたか、あとから見てもわかるように。


 花音が言っていた。

 水崎さんは、写真を適当に撮るんじゃなくて、誰が何をしてたか残そうとしていた気がする、と。


 僕は去年、何を撮ったのだろう。


 あるいは、何を撮らなかったのだろう。


「水野くん?」


 同じ係の女子に呼ばれて、僕は顔を上げた。


「ほんとに大丈夫?」


「ああ、うん。大丈夫」


「無理なら別でもいいよ」


「大丈夫。撮るよ」


 言ってから、その言葉が自分に向いている気がした。


 撮る。

 見る。

 残す。


 今年の文化祭で、僕は写真担当になった。

 去年の記録係に、少しだけ戻るみたいに。


 黒板前では、花音が企画係を回していた。


「だから、入口で写真撮りたくなる感じにするなら、名前いるでしょ。企画名、ちゃんと可愛いのがいい」


「橘、こだわり強いな」


「こだわるところですー」


 いつもの花音だった。

 昨日、空き教室で自分の怖さを話した人と、同じ人。


 花音は僕の視線に気づいたらしく、少しだけこちらを見た。


 目が合う。

 彼女は一瞬だけ小さく頷いた。


 逃げない、という合図みたいに見えた。


 僕も小さく頷き返した。


 美晴は装飾係の方にいた。


 色紙や布のサンプルを見ながら、誰かに「そこは統一感あった方がいい」と真面目に言っている。美晴らしい。

 その横顔を見ていると、昨日の言葉を思い出す。


 ――私、それをたぶん、迷惑だと思ったことがある。


 今の美晴は、誰かの意見をきちんと聞いている。

 真面目で、ちゃんとしていて、場を整えようとしている。


 でも、その「ちゃんと」が、去年は誰かを追い詰めたのかもしれない。

 まだ、そう決まったわけではない。

 それでも、考えてしまう。


 栞は広報係ではなかった。

 彼女は資料整理係に近い役割を選んでいて、教室の端で去年のファイルをいくつか見ていた。文化祭準備というより、図書室で本を扱うときと同じ顔だった。


 その姿を見て、ふと思う。


 今年の僕たちは、去年をなぞっているのかもしれない。


 花音は空気を回す。

 美晴は場を整える。

 栞は記録や資料を見る。

 僕は写真を撮る。


 そして、そこに水崎澪はいない。


 いないのに、彼女がいた場所だけが、今年の準備の中に浮かび上がってくる。


「湊」


 打ち合わせが一段落したころ、花音が黒板前から歩いてきた。


「写真担当になったんだって?」


「情報早いね」


「企画係は全体を把握するのが仕事なので」


「それっぽいこと言う」


「それっぽくない。ちゃんと仕事」


 花音はそう言って笑ったあと、少しだけ声を落とした。


「大丈夫?」


「何が」


「写真」


 短い言葉だった。


 でも、意味はわかった。


 去年の記録係。

 澪と一緒だった係。

 思い出せない作業。


 その近くへ、自分から戻っていくことになる。


「わからない」


 僕は正直に答えた。


「でも、やる」


「そっか」


 花音はそれだけ言った。


 以前なら、ここで「顔死なないようにね」とでも軽口を叩いただろう。

 でも今日は言わなかった。


 その代わり、少しだけ不器用に笑う。


「撮るなら、私のこと可愛く撮ってね」


「結局それは言うんだ」


「大事でしょ」


「はいはい」


「はいは一回」


「美晴みたいなこと言うな」


 花音はそこで初めて、少しだけいつもの調子で笑った。


 その笑いが、少しだけ救いだった。


 重い話をしたあとでも、人はくだらないことを言う。

 それは逃げかもしれない。

 でも、呼吸でもある。


 放課後の打ち合わせが終わるころ、教室には夕方の光が深く入っていた。


 黒板の文字は増え、机の上にはプリントが散らばり、文化祭の形が少しだけ見え始めている。

 去年も、こんなふうに少しずつ形になっていったのだろう。


 僕はスマホを取り出して、何となく教室の写真を撮った。


 シャッター音。


 画面の中に、黒板前で話す花音、装飾の紙を持つ美晴、ファイルを見る栞が写る。

 誰もこちらを意識していない、自然な一枚だった。


 写真を確認した瞬間、胸の奥が小さく震えた。


 こういう写真を、去年も撮ったのかもしれない。


 その中に、澪がいたのかもしれない。


「湊?」


 美晴が近づいてくる。


「今撮った?」


「うん。広報係だから」


「ちゃんと仕事してる」


「珍しい?」


「ちょっと」


「失礼」


 美晴は画面を覗き込んだ。


「……私、変な顔してない?」


「してないよ」


「ほんと?」


「真面目な顔してる」


「それはいつも」


「自分で言うんだ」


 美晴が少し笑った。


 その笑顔を見ながら、僕はふと思った。


 今年の写真には、彼女たちがちゃんと残る。

 花音も、美晴も、栞も。

 でも去年の写真には、澪がどんなふうに残っていたのだろう。


 残っているなら、なぜ僕は忘れているのだろう。

 残っていないなら、誰が撮らなかったのだろう。


「湊」


 美晴が画面から顔を上げる。


「何か思い出した?」


「いや」


「そっか」


 彼女は少しだけ残念そうにした。

 でもすぐに、無理に聞かない顔になった。


「焦らなくていいよ」


「美晴に言われると、ちょっと意外」


「私だって成長します」


「何様?」


「幼馴染様」


 久しぶりに、ちゃんと笑えた。


 そこへ花音が戻ってくる。


「何、二人でいい感じ?」


「違う」


 美晴が即答する。


「早い。否定早すぎ」


「花音がそういうこと言うからでしょ」


「いやあ、最近重い話多かったから、ちょっとラブコメっぽさ戻そうと思って」


 言ったあと、花音は自分で少しだけしまったという顔をした。


 ラブコメっぽさ。


 その言葉は、この物語の外側に触れるようで、でも教室の中ではただの軽口として成立していた。


「そういうの、花音らしいね」


 美晴が言った。


 責めてはいなかった。


 花音も少しだけ安心したように笑った。


「でしょ。私、こういうの担当だから」


「無理しなくていいけど」


 僕が言うと、花音は少しだけ目を丸くした。


「湊に言われると、変な感じ」


「何が」


「前なら、流される側だったのに」


「今もわりと流されてるよ」


「でも、止まるようになった」


 花音はそう言った。


 止まるようになった。


 たぶん、それは褒め言葉ではない。

 でも悪口でもない。


 水崎澪は、空気を止める子だった。

 花音はそう言った。


 僕は今、その止まる側へ少しずつ近づいているのかもしれない。


 それがいいことなのかどうかは、まだわからない。


 帰り際、栞がファイルを棚へ戻していた。


「何かあった?」


 僕が聞くと、栞は振り向かずに答えた。


「去年の資料、少しだけ見た」


「澪の名前、あった?」


「いくつか」


 その答えに、胸が少しだけ重くなる。


「見たい?」


 栞がこちらを見る。


 僕はすぐには答えなかった。


 見たい。

 でも怖い。


 その二つはもう、いつもの組み合わせになっていた。


「今日は、やめとく」


 そう言うと、栞は頷いた。


「うん。それでいいと思う」


「逃げてる?」


「今日は、休んでる」


 その言い方が少しだけ優しかった。


 逃げるのと休むのは違う。

 そう言ってもらえた気がした。


 僕は鞄を持ち、教室を出る。


 廊下には、まだ文化祭準備のざわめきが残っている。

 遠くで笑い声がして、誰かが段ボールを運んでいる。

 今年の文化祭は、確実に近づいている。


 僕はスマホの中の写真をもう一度開いた。


 今日撮った一枚。


 花音が黒板の前にいる。

 美晴が紙を持っている。

 栞がファイルを見ている。

 教室は明るい。

 誰も欠けていないように見える。


 でも、画面の外にいる僕だけは知っている。


 写真は、写っているものだけを残す。

 写さなかったものは、残らない。


 去年、僕は何を写して、何を写さなかったのだろう。


 その問いだけが、夕方の廊下にいつまでも残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ