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第27話 海の魔女(前編)

 夢を見ていたような気分である。やけに体がよく動く夢。いつもは上手く走れなくても、上手く話せなくても、今日の夢は思い通りに動けたなと感じる朝。そんな感覚がした。


 決して微睡んでいるわけではない。むしろ頭が冴えている。遠くまで見通せるほどに集中もできている。



「ネリネ! ぼぉーっとしてるけど大丈夫!? 前から来ているよ!」



 少年は私のローブの裾を引っ張って迫りくる脅威を訴える。私は彼の頭の上に優しく右の掌をおいた。そして全く意味のない声と共に左手を上げる。



「Sentinel.展開!」



 ホバリングを続けるシールドの上。私たちの眼前に一枚の光の盾が展開される。それは金色に光り輝き、その存在を主張する。宣言をしなくても同じことが起こったであろう。だが、そう叫ばずにはいられなかったのだ。



 その直後、尖った水の塊が盾とぶつかって弾けた。水弾に追従するように二匹のイルカは盾に突進する。その攻撃を盾は難なく受け止める。


 イルカはぶつかった衝撃を緩和するように空高く宙返りをすると、着水する。二匹の息のあった動きはシンクロナイズドスイミングのようであった。そう思ったときか、もっと前からなのかはわからないが、水位が上がっていることに気が付いた。


 シールドの上だからか、すぐには気が付かなかった。



「妙だ、どうやら私が知らない時間を過ごしてきたようだな。先程までとは違う魔力を感じる。残り香のようなものだから、何か空間や時間を断絶するような性質の魔法かな。さて、そんな魔法を使う魔法使いが現代にはいたかな。答えは簡単だよ。君は厄介な魔法使いに好かれる体質のようだ。私も仲間に混ぜてもらおうかなぁ!」



 海の魔女は考察を吐き捨てるような独り言を終えると、こちらへ距離を詰めてくる。距離を取ろうと後ろへ下がろうとしたが、いつの間にか回り込んできた黒い影に阻まれてしまう。


 Sentinelはたまらず後ろへシールドを張る。魔女はその隙に杖の先端から水の刃を作り出してこちらへ目掛けて横薙ぎに切り払う。当然のように詠唱はない。前方の盾とぶつかり水飛沫を残してすぐに弾ける。


 杖を再び振るうまでに次の刃の生成を終えており、二撃三撃と繰り返される。水の刃よりもSentinelの強度が勝っているのか。防いでいる手ごたえを全く感じさせない攻撃であった。妙なのは水飛沫が地面に落ちずに宙に留まっているということだ。魔女は四撃目を繰り出す振りを途中で止めると姿を消すように後ろに下がった。



「これは防げるかな」



 その言葉に反応するようにSentinelは急発進をしてその場から離れようとした。だが、水深が一気に上がり飲み込まれて、思うように動けなかった。実際の水ではなく正体は魔力なので溺れている感覚はないが、それ相応の重さと苦しさが込み上げる。視界は少し碧い。


 さらに追い打ちをかける様にイルカは突進する。魔女が言葉の後に拳を握るジェスチャーをすると、飛び散った大量の水しぶきが全方向から飛んでくる。私は咄嗟に着ていたローブを脱ぐ。


 ひらりと舞うローブは宙で二倍ほどのサイズに大きくなる。空いている腕でネモネを抱き寄せながら私はローブで全身を隠す。すっぽりと二人でローブに身を隠す形だ。



 前と後ろから別れるように迫りくる二匹のイルカに対してSentinelは二枚のシールドをきる。次にずっと私たちの足元にあった盾を移動させて、私の側面に思い切り当てることで横方向へ弾き飛ばす。ローブで覆われた私たちを緊急離脱させたのだ。針のように飛んでくる水しぶきから逃れることができた。


 間一髪の状況をシールドの主を脅威から守るというオート防御と私の咄嗟の妙案により切り抜けられたかのように思われたが、全て魔女の手中で踊らされているに過ぎなかった。



 魔女はそれなりの速度で右方向に飛んでいくローブの通過点を見越したかのような位置で待ち構えていた。海の魔女は息を一つ吸い込む。ここは閉じた空間ではない。


 密林を抜けた先。舗装されていない道しかない、だだっ広い草原であることはわかっている。


 しかし、ここは濃度の高い魔女の魔力で満ちた空間であるといえる。


 周囲に広がる魔力は並外れた魔力濃度である。


 ここを閉じた空間だと定義づけるのには十分すぎるほどの説得力がある。


 その場所の重さ、苦しさ、不快感を私は陥没穴へ落ちてから何度も経験している。



 閉じた空間。


 その場所は自身の魔力で満ち足りている。


 ここはすでに海の魔女の魔法工房といえる。


 魔女は大きく体をのけぞらせる。まるで弓を引き分ける前の会のようである。



「ラァァァアアア…………!!!」



 とてつもなく甲高い声が聞こえる。



 弓のように張った体から一気に解放するように音を放ったのだ。口だけではない全身から放たれているかのような気迫がある。ローブの中の肌がピリ着くほどの轟音であった。身体を丸めて少年に多い被さるようにしながら一生懸命に両耳を手で塞いだ。周囲の音が聞こえないほどに鼓膜が悲鳴を上げているのがわかる。それどころか目も口も全身の毛穴、肌、体の全てから音が入り込んでいくような気がする。あまりに大きい音を処理しきれないようで無音のようにも感じる。感覚は完全に麻痺してしまっている。



 しばらくすると声は止んだようだ。全身の毛は逆立ち、防衛本能全開の肌のピリつきが収まったからわかった。目を開けると私たちを守っていたローブは跡形もなく消え果ていた。音の情報が全く手に入らない。魔女の口が動いているが何と言っているのかがわからない。


 酷く興奮状態であることが伺える。白い顔は頬を赤らめ恍惚としている。とても嬉しそうなのだ。



 凄まじい衝撃であった。これが彼女の固有魔法であるというのか。音の咆哮。ソニックブームとでも呼べばいいのだろう。粉々になってしまったご主人様お手製のローブがなかったら今頃体が弾け飛んでいたに違いない。


 このローブはご主人様が魔力を込めて編んだもので、認識阻害、体外に放出される魔力を誤認させるなどの特殊な力が備わっているのだが、本当の姿はどんな攻撃魔法でも一度だけ無効化できるという魔除けのローブなのだ。私の切り札の一つであったが、これのお陰でなんとか鼓膜が飛ぶだけで済んだ。



 魔女は苦しそうな私を見ると、自らの魔力を自身に戻す。おかげで息苦しさも不快感も重さも無くなっていく。それから短く脳内に声を送り込んでくる。



「鼓膜治せ」



 一瞬だけ頭に電流が流れるような感覚であった。完結に下された命令。魔女の満足気に笑みを浮かべる顔は気味が悪いなんてもんじゃない。


 治す力があるなしに関わらず今それを実行しなくてはどんな結末が待っているかは分かりきったことであった。


 私はすぐにSentinelを展開しモードを切り替えて小さなご主人様を顕現させる。ご主人様はすぐに私の耳に治癒魔法を施した。次第に聴力は回復していく。



「ははは、大したものだよ!!! 私の固有魔法をモロに喰らって生きていた者を見るのはいつぶりだろうか! はは、私は今感動しているよ。誇っていい! 私の魔法を受けて生きている人間など片手で数えるほどさ! 君の名前はなんていったっけねぇ!」



「──ネリネです」



 完全に回復していない聴力に構うことなく浴びせられる甲高い声。頭が痛い。



「そうかネリネか! 君はエリンジュームの眷属なんだろう。そうでなくても関係者であるのは間違いない! こんな素晴らしい防衛魔法の使い手が世界に二人もいるとは思えないからね。あのローブは彼女のだ! 何が仕込まれているか分からなかったから全力で挑ませてもらったけど、やはり凄まじい防衛魔法だよ」



 私は終始笑い声を含んだ声で話しかけてくる魔女と目線を合わせることは出来なかった。



全身には恐怖心が刻み込まれていた。

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