第28話 海の魔女(後編)
「ねぇ、城主へ会うってことを辞めてはくれないかな。どうしても君を会わせるわけにはいかないんだよ。というか今ので尚更会わせたくなくなった。でも、君を失くしてしまうのは実に惜しい。それに君がこの世界から居なくなるのは、それはそれでこちらにとって都合が悪いんだ」
先程までの笑みを含んだ声色ではなく、いたって真面目な声色である。
急な態度な変化に驚いたが、とりあえず対話に応じてくれるようなので助かった。このまま戦闘を続けていては時間稼ぎなどできたものではない。恐怖に怯える身体を無理矢理にでも動かす。私の耳の治療は終わったのでネモネの治療を始める。
「ま、魔女さんは調査隊の方ですよね。何で地上へ戻らないのですか?」
「うん。私も一応ディルクナードの四大魔女だからね。君が探しているエリンジュ―ムと同じように一回目の調査隊としてここに来たんだ。二つ目の質問の答えは多分今の君に話しても理解できないと思う。だってそもそも君と私じゃ前提条件が違うからね。そんな疑問をまだ持っているようでは一生かかったってここからエリンジュームを連れて帰ることなどできないよ」
話の後半部が一切分からなかった。ライラックの見解だと魔女たちが陥没穴を発生させた首謀者であるらしいのだ。わざわざ穴を作ってまでこの場所でやらなくてはいけないことがある。何かの準備をしていると思うのが妥当である。城主さまと私が会ってはならない理由がそれと関係があるというのか。海の魔女は城主様が私に会うと不都合なことが起こるかもしれないと考えている。
不都合なこととは何か。その準備が台無しになることを指しているのだろうか。私と会うことでそれほどまでに心を揺さぶることが出来る人物。
母、父、兄弟姉妹、友人。
そんなものがいるかどうか記憶喪失の私には分からない。そもそも私の生みの家族は人間のはずだ。私に獣の要素はないからだ。この獣の世界とは無関係だと考えるのが妥当であろう。
私が心揺さぶるかもしれない人物は浮かばなくても、私が心を揺さぶりたい人物はたった一人いる。
城主様と私。
考えたくない答えが一つ浮かんだ。これを吐き捨てたら私はどうなるのだろうか。だがそうとしか考えられない。
「城主様は桃色の髪の少女になんか会いたいとは、これっぽっちも思っていないですね」
海の魔女は私の答えを聞くと、ニヤリと笑った後に残念そうに肩を落として下を向いた。
「──っはぁー。ネリネ、君からその言葉を聞きたくはなかったよ。もう城主の正体が分かったようだね」
「はい。私は何が何でもそこを通らなくてはいけないみたいです。私がこの陥没穴を全て壊してあげますよ」
「さぁ続きといこうか。私が次に領域を解くときは君がこの世界から消える時だ」
海の魔女の足元に水が溢れ出す。
それとほぼ同時に足元のネモネがむくりと起き上がった。と思ったら宙へ体が浮き始めた。私は彼の事を掴もうと手を伸ばすが体が透き通るようであった。
「ネモネ! 大丈夫ですか?──って! 一体何が起こっているのですか!」
(ネリネ、耳治してくれてありがとうね。僕ね、君が一生懸命に僕の夢を応援して叶うって言ってくれたことは忘れないよ。また会うときはきっと──)
そう聞こえた気がした。
「ちょっと待ってください! また会うときってなんなのですか。嫌ですよ!」
耳は治っていると聞こえたし、大きな外傷も見当たらなかった。私は飛び跳ねて彼を体へ手を掛けようとするが、どうやっても掴むことは出来ない。
すぐに少年はどこかへ飛んで行ってしまった。
「工房だなんて言ってくれるなよ。これは魔法領域だ」
浮かび上がる少年になどお構いなしに魔女は言い放つ。直後にこちらへ物凄い質量の水流が押し寄せる。突然すぎる別れを悲しんでいる余裕などなかった。
「なんなのですか。私は貴方とより、ネモネと一緒に居たいですよ。どこへ行ってしまわれたのですか!」
ここに来てからネモネだけが支えであった。狼の相棒はいないし、一緒に入ってきた仲間もいない。この少年だけがここまで離れずに来てくれた。約束したのだ。一緒に母親を探すと、それなのに。
全然思考が纏まらない。
だがここが、この調査の分水嶺であることだけはわかる。少年との別れを惜しみながら戦える相手ではない。私の欲しいものはもう目の前なのだ。何のためにこの穴へ入ったというのだ。無理矢理にでも思考を魔女の方へ向ける。そして、私はSentinelのモードを切り替える。もうどうとでもなれという思いを込めた最大出力だ。
「Sentinel!ver.3.0!My Mastsr Division Completed」
魔女の水流を打ち消すように私の足元には光が集まってくる。すると、私の周りを避けて水は流れていく。さらに強く光り出す。
ローズの工房内以来の完全体のご主人様が顕現する。
私と魔女の立ち位置のちょうど中間を境に水と光のエリアが出来た。
「ほう! 領域の中和とはやってくれるじゃないか。それにこれはまるで森の魔女を相手取っているようでゾクゾクとするよ! こんな隠し玉を持っていたとは!」
嬉々とした顔で、声で話しかけてくる。なんとか魔女の領域を中和?つまり押し返すことには成功したが、いくらご主人様といえど本人ではなく幻影程度でなんとかできるとは思えない。
せめて私の仲間がここへ到着するまでは時間を稼がなくてはならない。私は指にはめられた銀色のリングに目を向ける。これを使えば塔の魔女を制限付きだが呼ぶことが出来るらしい。信用ならない相手だが、危ないときは使えとも言っていた。
(お願い! ライラック!)
そう念じると指輪に嵌められた紫色の宝石が光り始めた。私が何か良からぬことをしていることは確かなので魔女は身体をのけ反らせてソニックブームの準備に入る。それでも私は指輪に注力する。Sentinelには何度も助けられてきた。私が下手に指示を出すよりも彼、彼女に任せた方が良いと判断した。
その期待に応えるようにご主人様は前方に大きな盾を展開する。光り輝く盾はご主人様が使うそれには似ても似つかないかもしれない。私はご主人様がSentinelを行使する姿を見たことがないからわからない。だがこの盾に防げないものなどないと、あってもらっては困る。
「ラァァァアアア…………!!!」
ソニックブームが飛んでくる。
水を纏った渦潮のようにも見える。音波が盾に到着すると、盾が吸音材になったみたいに音を吸収していく。受けるというより盾にぶつかるとその存在が消えるみたいになくなるイメージだ。
「ここまで私の固有魔法を綺麗に防がれてしまうとはね。いやー流石にへこむよね。やはり、エリンに真正面から戦いを挑むのは賢い行動とは言えないね」
魔女は両手を広げてやれやれというポーズをとる。
「ただ、このまま私が魔法を打ち続ければどうだろう。私は自分の魔力と領域からの供給分でほぼ無限に打ち続けられるけど、君は無限に盾を展開し続けられるのかな。魔女の幻影を呼び出すなんて、相当な制限がなければ起こりえない事象だ。長くはもたないだろう」
その通りである。このモードを使うのは二回目なのでどれだけの時間顕現してられるかなど正確な情報はわからないが、長くはないことは確かである。だから、わざわざ呼び出したくもない相手を呼んでいるのだ。
指輪から空に向かって紫色の光が射出された。
「使えるものは全部使いますよ! さっさと来てくださいライラック!」
私の呼びかけに応える様に空から紫色の円錐形の小花が大量に降ってくる。その花が舞うように散り終えると中から一人の魔女が姿を現した。
「──秘めし幸運べや芽吹けよ丁香花。我は塔の魔女である」
黒いローブを纏った紫髪の魔女が名乗りを上げる。




