第5章 謀の終幕 5-1. ヴィスコンティ公爵邸
正午過ぎから公爵邸を見張っているが、兵の数がやけに多い。
公爵邸には兵を集めないと思っていたが、謀反を企んでいるのが露見しても良いと思っているのだろうか?
武装した兵がこれだけ公爵邸で屯しているのを見られたら、謀反を企んでいるだろうと問い詰められても、彼らは言い逃れはできない。
そんなことを考えながら公爵邸から眼を離さずにいると、テオからの使者が僕たちの許までやってきた。
「 タブナード様、テルシウス殿下は2時間ほど前にヴィスコンティ公爵家の兵を制圧、ベスティア製の剣5千本を押収されました 」
「 よくやってくれました!それで、武器の受け渡しを何処で行うか聞けましたか? 」
「 それが、どうやら此処のようです。殿下はブラウンズウィックの兵と共に、急いで王都に戻ろうとされています 」
使者は言い難そうだったが、そう話してくれた。
兵を隠しもせず、密輸が露見するリスクを負ってでも御禁制の武器を公爵邸に運び込ませる、つまり公爵は、謀反の追及を入れる暇さえ与えず事を成す積りだ。
何が何でも今夜、決起する。
何故、今夜なんだ、と思った瞬間、嫌な考えが頭を過った。
もしかしたら、ヴィスコンティ公爵とリッシュモン伯爵の私兵だけではなく、第三者、例えばベスティア兵を引き入れる積りではないのか?
リッシュモン伯爵は此方の味方についてくれたが、此処で、ベスティア軍まで絡んでくると様相が変わってくる。
「 王都まで戻ってこられたばかりで恐縮ですが、テルシウス殿下に此れを渡しに行ってもらえないですか? 」
僕はその使者に、危惧していることと、それへの対処を認めた紙切れを渡して、再度、ブラウンズウィックの兵と合流するようお願いした。
もし、僕の勘が当たっていたら、大変なことになる。
「 どうなされたのですか?タブナート様 」
「 マリエルさん、リッシュモン伯爵に、託けをお願いできませんか? 」
「 え?どういうことでしょう? 」
先ず、彼女に状況を説明しなくてはならない。
「 此処の兵を見てどう思います? 」
「 街の警備に人手を出しもせず、公爵邸に此れだけたくさんの兵がいると、謀反を疑われても仕方ないですわね 」
「 疑われても構わない根拠は、必ず謀反を成功させるだけの目算があるということでしょうね。
そうなると、戦力は、これだけではないのではないでしょうか? 」
「 !?」
「 リッシュモン伯爵にお願いして、国境の調査に人を出してもらいたいんです 」
彼女はエレミエルと同じく、頭の回転が速い。
第三者の介入と、リッシュモン伯爵の配下ならヴィスコンティに見つかったとこで、不問にされることぐらい解るだろう。
「 解りましたわ。直ぐに父に掛け合ってきます 」
そう言うと、同行していた従者に馬車を廻してこさせ、伯爵家へと一旦、戻っていく。
あと、4時間ほどしたら日が暮れる。
ヴィスコンティ公爵は、その前に動くだろう。王族の御目見えの直前に、王宮前に兵力を展開するために。
もし、ベスティア兵が加担させられているなら、彼らは既に国境付近に布陣を終えていて、王宮にも国境警備隊からの報告がいっているはず。
そして、その報を受けた王国軍が、王都の警備兵を国境に向かわせる。
手薄になった王都で、公爵の私兵が蜂起、チェックメイトだ。
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私は、馬車を飛ばして、伯爵邸に駆け戻りました。
幸い、お父様であるリッシュモン伯爵は未だ在宅です。
夕刻にはマニュエル王が民衆の前にお出ましになられるので、それに、随伴する予定になっています。
「 お父様!お願いがあります 」
ノックもせずに書斎の扉を開け、不躾に願い事をする娘に伯爵は、読んでいた書類を机の上に置いて不快気そうに顔を上げました。
「 どうしたというのだ?お前は、タブナート君と共に公爵邸に行っていたのではないのか? 」
「 そのことなのですが、公爵は、邸宅に兵を集めています。謀反の疑いがかかるのも気にせず。
オラエリー様のお考えでは、謀反が必ず成功する勝算があるからだとか。
お父さまは、公爵から何か聞かれていませんか?
王国に、ベスティア兵が侵入してくるかもしれないといったことを?
もしそうなら、いま警備に当たっている王国兵のかなりの数が、迎撃のために国境に向かうでしょう。
その間、王都の警備は手薄になります 」
そこまで言うと、お父様もご理解なさったようで、家宰であるルドルフを呼びつけ、直ちに国境付近を調査するために人を派遣するよう命じられました。
「 マリエル、お前はどうする? 」
「 私は勿論、ヴィスコンティ公爵邸に戻ります 」
「 あまり無茶はするなよ 」
「 ご心配なく。オラエリー様もいらっしゃいますわ 」
でも、本当にベスティアが宣戦布告してくるなら、戦力的に詰んでしまっているのではないでしょうか?
タブナード様は、この危機をどうやって脱するのでしょう?
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マリエル嬢が、ヴィスコンティ公爵邸に戻ってきた。
伯爵は、僕からの提言に耳を傾けてくれたようだ。
「 オラエリー様、質問が御座います 」
「 何ですか?マリエルさん 」
「 もし、ベスティアが宣戦布告すれば、我々はそれで、終わりではありませんか? 」
なかなかに鋭い御意見だ。彼女の質問には、僕の持論で以てお応えしよう。
「 ベスティアは宣戦布告しませんよ 」
「 え?ですが?! 」
「 我が国との国境に姿を現すとは思いますが、王国奥深くには入ってこないと思いますね 」
「 何故、そう思われるのですか? 」
「 先ず、マムルーク深くまで攻め込める戦力があるなら、とっくの昔にそれをやっています。でも、彼らは、今まで王都を狙うような暴挙は避けてきました 」
「 そ、そうですね 」
マリエルは、考えを巡らせ、頭の中を整理している。
「 では、ヴィスコンティ公爵の蜂起に呼応してなら、王国内部にまで攻め込むのかと言えば、それもないと思います 」
「 ヴィスコンティ公爵がクーデターに成功すれば、兵力を使わずとも、親ベスティア政権が誕生するからですね?! 」
「 その通り!ベスティア軍への牽制は必要かも知れませんが、王都を空にしてまで国境に兵力を展開する必要はありません。
それを確かめるために、リッシュモン伯爵に相手の戦力と布陣を確認に行ってもらったんです 」
武器を大量に買った公爵が、ベスティアと仲良くやっているのは想像に難くない。
これまで、あの国とマムルークが猫の額ほどの土地を巡って争ってきたのは、どちらも、大侵攻作戦を行えるほど兵力がないからだ。
そこに、ヴィスコンティ公爵が実権を握れば、ベスティアは、内部からマムルークを浸食する足掛かりを得られる。無理して全面戦争をする必要なんてない。
となると、ヴィスコンティ公爵がとる手は ・・・・・・。




