第5章 謀の終幕 5-2. 陰謀の結末・前編
国境警備隊から、隣国ベスティアが一個師団規模の軍隊を率いて国境に展開しているとの報が入ったのは、午後2時を少し回った頃だった。
漸く、儂の念願が叶う時がきた。
クリストフ殿下を王位に据え、儂が摂政として国を動かしていく。
そして、ベスティアと共に他の国々を切従えて、マムルークは帝国となるのだ。
従弟のマニュエルは覇気がなくていかん。
このまま、あの男が王をやっていては、やがてこの国は、他国に攻め滅ぼされてしまうだろう。
これから、ベスティア兵にどう対処するか、御前会議となった。
いまの状況では、夏至祭も続けるか止めるか判断が難しいところだろう。
止めたらやめたで民衆が騒ぎ出す。
ベスティアには、王国深くに侵攻しないよう改めて言い含めているので、夏至祭を中止するような事態にはなるまい。
それに、全面戦争では、儂の私兵まで前線に投入せねばならなくなる。
それでは面白くない。
あくまでも、王国軍のみで対処して貰わねば。
「 それで、ヴィスコンティ公爵は、王国軍だけで対応すれば良いと仰られるのか? 」
議長を務める宰相のメッケルが、いかにも不服だという口調で儂に詰め寄って来た。
言わせるだけ、言わせてやるさ。この男も、今日の夜半には地下牢の中だ。
「 宰相閣下とあろうお方が、取り乱されてはなりませんな。
ベスティア軍の規模は一個師団と報告が入っておる。ならば、国境付近を荒らして撤収するだけではないか?それに、宣戦布告も受けてはいない。
王国軍だけで十分足るだろう 」
「 王国軍を国境に派遣してしまうと、王都の警備はどうなされるお積りか? 」
しつこい奴だ。本来なら、宰相ならそんなこと自分で考えろ、と言ってやるところだが、今日は違う。
「 王都の警備なら、儂のところと、リッシュモン伯爵のところの兵でやってやる。それなら、文句はないだろう 」
「 おお、それは、それは 」
「 公爵閣下、それは殊勝な 」
「 同じ貴族として頭が上がりませんなあ 」
会議に出席している貴族たちから追従の声があがる。
当たり前だ、儂の案が容易に可決されるよう、あらかじめ示し合わせておいたことなのだから。
兵を動かすと多額の費用が掛かる。それを、儂がやってやろうというのだから、文句を言われる筋合いはないというものだ。
マニュエル王と少し相談した宰相メッケルが、出席している貴族に決をとる。
「 では皆さん、現在、王都を警備している王国軍を、国境防衛のために再編。
空いた穴は、ヴィスコンティ公爵家とリッシュモン伯爵家を主体とした領兵に埋めて頂くことで宜しいですな? 」
これに就いては、さすがに反対意見は出ない。メッケルが渋い顔をしているぐらだ。
「 それでは、ヴィスコンティ公爵、リッシュモン伯爵ともに、現在、王都に留め置かれている兵に警備の引き継ぎをして頂くと共に、領地から、足らずまいの分の兵士を呼び寄せていただきたい。
王国軍は、本日、午後6時を以て、王都を立ち、国境に向かいます。
後3時間しかありませんので、速やかに行動に移して下さい 」
兵数が1万足らずとはいえ、3時間で王都警備兵を国境防衛隊に編成しなおしてしまうなど、足下に於いては、これは世界最速の部隊編成ではないか?!
お陰で、儂の計画も滞りなく進められるというもの。
兵士諸君には、暫く国境でベスティア軍と睨み合っていてもらおう。
「 それでは、一旦、退散する。夕刻、相まみえましょうぞ 」
儂は、公爵邸に戻ることにする。
ベスティア製の武器を受け取ったという報告は未だが、なに、数で押せばなんとかなる。
完全武装した我が軍5千人と、それに加わるリッシュモンの3千があれば、王都は十二分に制圧できるはずだ。
儂の派閥の貴族も、蜂起に手を貸した事実を残しておきたいので、幾らかずつ兵を出してくるだろう。
それに、ベスティア製の武器も王宮に突入する頃には届くはずだ。
今後、クリストフ殿下の王位継承に不服を唱える造反貴族が出るかもしれんので、その討伐にも使えるからな。
今回の決起に間に合わずとも使い道は幾らでもある。
王国軍が王都を立つと同時に、我が公爵領軍が王都を制圧する。
本当の祭りの幕開けだ!
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「 オラエリー様、父から報告が参っております 」
「 なんて? 」
「 御前会議で王国軍8千が王都警備から離れ、国境へと派遣されることが決まったそうです。
それから、王都の警備は、ヴィスコンティ公爵と、我が伯爵家に一任されたと 」
公爵の政治力だ。
こうあっさりと、チェック手前まで詰め寄られると身震いするね。
「 マリエルさん、リッシュモン伯爵は、何時に王宮前の閲兵広場に行くと仰られていますか? 」
「 午後6時だと聞いています。王国軍が出立するのと入れ違いだと 」
「 そうなると、公爵家から人がいなくなるのは午後5時ぐらいですね 」
懐中時計を見ながら、僕はマリエルに向かって呟いた。
午後4時、ヴィスコンティ公爵の兵は公爵邸から出て、王宮に向かって移動を開始する。
屋敷から出ていく兵の数は2千程度なので、残りは、何処か、別の場所に潜伏しているのだろう。
午後5時30分、粗方、兵は出て払ってしまい、数名の警備兵と屋敷の使用人を残して人はいなくなった。
あと1時間を待たずして、王宮を舞台とした政治ショーが始まる予定だ。
テオとエレミエルが上手くやってくれるのを願うばかり。
辺りが夕闇に包まれるのを待って、僕とマリエル、それとロザンナは、あと2名の護衛を連れて、通用門から公爵邸に侵入する。
マリエルとロザンナは、過去に公爵邸を何度も訪れているので、屋敷の内部に詳しかった。
使用人用の裏口の扉をノックすると、暫くして、侍女らしき女性が扉から顔を出して外の様子を窺う。
「 どうも、お邪魔します 」
片足を斜め後ろに引き、もう片方の足の膝を軽く曲げながら見事なカーテシーをするマリエルを訝しそうに眺める侍女。
何故、使用人用の勝手口に、高貴な身分のお嬢様が?そんな表情で。
「 えっと、貴女様はリッシュモン伯爵のところの ・・・・・・ 」
彼女の言葉は、最後まで続けられることはなかった。
壁に張り付いて隠れていた護衛の一人が、侍女の鳩尾に当て身を食らわせ、意識を失わせる。
僕たちは体を低く沈め、次々と屋敷の中へ潜入していく。
侵入した場所は厨房だった。
素早く展開して、料理人や下働きを壁に並ばせ、それぞれの手足をロープで縛り、猿轡をかませる。
「 抵抗しなければ危害は加えません。1時間ほど、そのままで辛抱して下さい 」
最後にそう伝えると彼らを一つ所に集め、先に進んでいく。
マリエルたちから、タペストリーは2階の大広間に飾られていると聞いている。
見回りの兵士たちをやり過ごしながら、僕たちは直ぐに大広間へと辿りついた。
しかし、暖炉の上にあると聞いていたタペストリーは、何処にも見当たらない。
「 タペストリーは何処に?! 」
「 最後に見た時には、暖炉の上の壁に貼られていました。
でも、どうして?! 」
緊急事態だ!目的のものがないだなんて!?
「 クリストフ殿下が持っていったのでしょうか? 」
ロザンナの言うことも考えられなくはないが、クリストフとヴィスコンティの密約を、態々戦場に持っていく必要があるだろうか?
クーデターが成功した後で、お互いの約束を再確認すればいいではないか?
考えが顔に出てしまっていたのだろうか?
ロザンナは、自分の意見を引っ込め、考える顔つきになる。
ヴィスコンティ公爵が帰ってくるまで、タペストリーを見つけなくてはならない。




