予感
「藤、いるか?」
ある日、藤の住む長屋を一人の男が訪ねてきた。
「...平吉か」藤は布団からのそりと体を起こし、眼鏡をかけて相手を確認する。
「おうよ、平吉よ」
この男は藤の友人で、彼の描いた絵を売ってくれていた。
「お、新作か。相変わらず上手いなぁお前はよう」机の上に置いてあった藤の新しい絵を見つけ、まじまじと見た。
「これは、遊女か?」
少し乱れた髪、真っ赤な紅の美しい唇。意味深な笑みを浮かべた妖艷な女性が描かれており、着崩した着物からはなんとも言えぬ色気が漂っている。
「この出来なら、本物もたじたじだな」
「いや、違う」鉛筆を手でくるくると弄びながら、藤はそう呟く。
平吉は眉をひそめて「なにが。」と聞いた。
「その絵は不完全なんだ。本物の遊女は、絶望に満ちていながらも、決して光を見失わずにただひたすらに闇の中を走り続ける気高い人達のはずだ。そう、それはまるで...」そこで藤は言葉を止めた。平吉がぽかんと口をあけて見ていたからだ。
「...お前、頭大丈夫か?」真剣な眼差しでそう言われ、藤はこほんと咳払いをする。
「と、とにかく、着物を着崩したくらいじゃ遊女独特の色香は出ないんだ」と早口で言った。
「ふうん...そうかねぇ」
平吉はもう一度絵をじっと見つめ、考える。
そして、何かを思いついたように にやっと笑い、藤の肩を組む。
「そうかそうか、お前が描けない理由がわかったぜ」
「?」
「やっぱこういうのは、本物を見るのが一番だよなぁ」
藤は、平吉の言葉にすぐにピンときたがあえて「つまり?」と聞いた。
「決まってるだろう。いざ行かん、島原へ」
「...」
確かに、平吉の言う通り、本物を見て描くのが一番だ。実物を見ることでわかることは沢山あるだろう。
「そうだな、行こうか」
「そう来なくちゃな」
そのとき、藤の心の中で何かを感じていた。
それはきっと 予感。




