第62話 祭の時間ー2
コトンっと小さな音を立てて、私の前に小皿が置かれました。
楚々とした朝花を描いた絵皿には、
白いふわふわの衣を纏い赤い果実の帽子を被った菓子が乗る。
陶酔するほどに甘い香りが私の鼻をくすぐり、口の中に涎が溢れてしまう。
でも垂らすなんて無様な事はしません、だって側には……
「お嬢様、ご注文のお品はこちらでよろしいでしょうか?」
給仕服を纏った黒く長い髪の少女が夜風の様に澄んだ声で私に尋ねる。
「は、はい、あっていましュ……」
噛みました。恥ずかしさのまま顔を上げれば、紅玉の瞳が私を静かに見つめている
その姿に一瞬非現実感を感じるけど、これは現実。
現実だからこそ、私ことシルファは混乱し困惑しています。
生まれて今日までの人生の中、これほどに混乱し困惑した事は無いでしょう。
「えー…っと」
小さく呟いてみる。でも、この先に続く言葉はありません。
何かを言いたいが思い付かない、そんな場繋ぎの言葉。
だけど、黒髪の少女は首を傾げ問い尋ねてくる。
「何かお困りですか…?」と。
で、私は「あ、いえ……」と言葉を返す。
「そうですか」
「はい……」
こんなやりとりが暫くの間続いている。
さて、本当にここからどうしましょう?
緊張半分、嬉しさ半分。どうすれば良いのかわからない。
なぜ嬉しいのかって?それは……
セレーネお姉さまの可愛くも素敵な姿を見る事が出来たのだから
嬉しいと言わずなんと言いましょうか?
そう、黒髪の給仕服の少女とはセレーネお姉さま。
お姉さまが給仕服を纏い私をもてなしてくれている。
しかも、お嬢様なんて呼んでくれるし。
これは夢?いいえ現実です。
お姉さまが給仕服を纏うなんて、
普段のお姉さまからは想像できない事が起こっている。
でもここは夢の中ではありません、ここは校庭に設営された臨時の喫茶店。
他の出店と同じに、婚礼祭を盛り上げるための出し物の一つ。
四方を花飾りのされた天幕で囲まれ、白い丸机と椅子が並ぶ
そして、机と机の間を給仕服を纏った少女が笑みと共に駆け回る。
こんな光景の中、紅茶の香りと菓子の味を楽しんでいると
ここが校庭だと言う事をついつい忘れてしまう。
出店したのはお姉さまが学ぶ教室の先輩お姉様方。
私をここへと連れて来たのも、お姉さまのクラスメイト達。
お姉さまが私に秘密にしていた事を知り、一肌脱いだとか…?
そのお陰で私は至福の時を享受する事が出来ました
でも、嬉しさと同時に緊張する事にも。
「シルファちゃん、セレーネにもっと色々お願いしちゃってもいいんだよ~」
「うんうん、二人がそうしてると私達も幸せだからー」
「二人共かわいいもんね」
「かわいいよね、幸せ♪」
ほら、こんな声が飛んで来るのです。
飛ばしているのは、私をここまで連れて来た金の髪と小鳥色の髪の先輩。
自称『セレーネを見守りたい隊』だそうです。
お姉さまが、普段教室でどの様に過ごされているのか気になって来ました。
声はさらに飛んで来る。
「黒の氷姫が、あんな可愛い顔をするなんてねぇ」
「長生きはするもんだ~、あたしゃもう死んでもいいよ」
「おいおい婆さんや、私と一緒に老後を過ごす約束じゃろー」
こんな事を言ってるのも全て上級生のお姉様方。
遠巻きに見ながら、もう言いたい放題言ってますよ?
私達をネタにして惚気ている先輩方もいるし……
お姉さまの素敵なお姿を落ち着いて堪能する事が出来ません!
ひゃっ!?
不意に無言の圧を感じました、視線を僅かに上げお姉さまの顔を見れば
「………」
お姉様の左目がピクピクと震えています。こ、これは……
爆発寸前。感情が弾ける一歩手前です!
私の心を読まれてしまったのでしょうか?いえ多分違います。
お姉さまの性格を考えるに、この状況は極めて不本意なのでしょう。
だって、私に秘密にしていたくらいですから。
でも、どうしましょう?
考える、考えます、考えました!
「お、お姉さま!こ、紅茶のおかわりいただけますか!?」
「…え?
………
…ああ、おかわりね?…おかわりですね?すぐにご用意いたします」
いきなり声を掛けた事で、お姉さまは一瞬だけ呆けた表情を見せたけど
私の顔を見ればお姉様はすぐに表情と姿勢を正し、一礼。
正した姿勢のまま一歩下がり、頭を上げ反転し天幕の裏側へと向かう。
一つ一つの動作が洗練されてお美しい、見惚れてしまいます。
「ふぅ……」
お姉様の背が天幕の向こうへ消えると同時に一つ吐息。
名残惜しいけど、一先ずの危機は脱したのかな?
私達を見ていた先輩お姉様方も、それぞれの仕事に戻った様です。
でも、ちらりと見えた表情は少し残念そうでした。
先輩お姉様方ごめんなさい、私にとって最優先すべきはセレーネお姉さまなのです
さて一人になってしまった私は……、菓子を食べる事にします。
目の前に置かれた皿には、お姉さまが運んできた菓子が私を待っています。
ほら、食べて食べてと言っています。
だから、私は菓子の期待に応えるべくフォークで菓子を掬い取り口へる運ぶ。
フォークの感触だけでもわかるふわふわとした感触
それが口の中へと入ったのなら、クリームの甘さとスポンジの柔らかさが混ざり合い。舌の上で踊りまわる。
美味しい!それに何だか懐かしい味。
気分がほっとりして胸に幸せが広がっていく……
「んー…幸せ……」
私シルファは、今最高の幸せを味わい噛みしめています。
甘さ控えめの紅茶を啜ると、菓子をもう一口。
幸せ……。幸せを堪能する私の耳に聞き慣れた声が……
「シルファが面白い事になってたねー」
「先輩方も心配に飢えているかもー?」
コロネとメリッサ、珍しい組み合わせです。
二人は私から少し離れた席に陣取り。
仲良く菓子を頬張りながら、うんうんと頷いています。
「…二人共…何してるの?」
「シルファが心配だったからついてきた!」
「私は面白そうだからついてきた!」
はぁ……
予想通りの答えありがとうございます。
まったく……
ここまで読んでいただきありがとうございます




