第56話 二人の時間.5
二人の少女が佇んでいる
一人は私、もう一人は彼女
身に纏うのは白の装束
私も彼女も同じ白の装束
どんな白よりも澄んだ白
空を漂う雲よりも
舞い散る雪よりも
白い白
机に乗った拳ほどの大きさの珠から七色の光が放たれ
宙に磁器人形程の虚像が投影されている。
一人は白銀の髪の少女、私…シルファ。
そして、もう一人は金髪巻き髪のお嬢様ことライラ。
凛と澄まし口元を笑みにしたライラに対し、私は微妙に苦笑気味。
もう少し素敵で良い顔出来なかったの?…なんて思うけれど
その事は今はこっちに置きます、もっともっと大きな問題点があるから。
視線を虚像の顔から少し上げれば見える、頭に乗った『ソレ』
投影された虚像の私達の頭には、特別な髪飾が乗っている。
獣人系種族の耳、その中でも狐系種族の耳。所謂ところの狐耳です。
そう、私とライラの頭には狐耳を模した髪飾りがちょこんっと乗っている。
可愛いと言えば可愛いのかもしれない。けど……
「…やっぱり……、この髪飾りは恥ずかしいよねぇ……」
音の無い室内。虚像を見詰めながら私は小さく呟いた。
そして、頬に垂れた白銀の髪の一房を指でくるくる巻くと、もう一度虚像を見る。
虚像は装束を纏った私達の姿を忠実に再現しています。
私達を《《写し撮った》》物だから当然だけど。
でも、私が髪を弄っても、虚像の私は動かない変化もない。
これも当然、この虚像は『あの時の私』を投影した物だから。
あの時…装束の仮縫いが終わり、頭に髪飾が乗った直後……
シロノさんが「姿勢を正してください……」と言った直後の姿。
こんな記録の様の魔法具があるのなら言って欲しかった。
そしたら、もっとちゃんとした表情をしたのに……
大騒ぎの後もシロノさんの作業は続きました。
イメージは熱い内に形にしたい。
それは、人形の様にも見えるシロノさんの熱い部分
さらにその中で、シロノさんがどうしても拘りたかったのが
『セルティス先生と言えば?』でした。
シロノさんもクロノさんもセルティス先生の元生徒。
だからこそ、仕立てる衣装に先生の特徴を意匠として入れたかった様です。
二人も二人なりの先生のイメージはあったと思います
でも、二人は卒業した元生徒
現役の生徒である私達に聞く事が重要だったみたいです。
そんな訳で、セルティス先生から連想される『言葉』として出たのが
小さくて愛らしい姿、くるくると良く動く尻尾
いつも絶やさぬ笑顔と合間合間の怒り顔
そして、ぴこぴこと動く狐耳
先生が居たら両手上げて怒りそうだけど……
様々色々な意見が飛び出し中で採用されたのが
この狐耳の髪飾でした
獣耳や尻尾、獣人系種族の特徴を衣服の意匠として取り入れる事は
ウィッグ等と同じに一般的な服飾文化として広まりつつある。
頭にリボンを飾るのと同じ感覚で狐耳や猫耳を飾るのです。
今回使っているのは細く丈夫な木作りのカチューシャに、狐の耳を模した不織布製の飾りを一対付けた物。
狐耳の中の弾けた毛まで再現した髪飾はとても愛らしい
メリッサの様な小柄な子が付けたのなら、それはきっと可愛い姿になるはず。
でも、私には合わないと思うし、私的には恥ずかしい。
私だって女の子、常日頃もっと可愛くありたいと思っている。
お姉さまに可愛いと言われるのは当然嬉しいし、友人達に可愛いと言われたらきっと嬉しい。
でも……
「…これは違うよねぇ」
この髪飾りは私の思う…私に合う可愛いの方向性とは何か違う。
多分違うと思う。
だけど、この姿を見てお姉さまがどんな反応をするのか興味はある。
「…これが…シルファが着る衣装なのね、素敵だわ……」
突然、頬に柔らかい何かが触れ声が聞こえました。
左耳間近に聞こえる澄んだ声、これは良く知ってる声。
「…わっ!?お姉さま!?」
セレーネお姉さまの声です。お姉さまの声が突然現れましたよ?
頬に柔らかさを感じながら視線だけを左にやれば、私の左頬に摺り合わさる様にお姉さまの横顔がありました。
「お、お姉さま、いつの間に…!?」
「ん?んー…シルファが指で髪を弄っていたあたりから…かしら?」
はい、随分前からおられた様です。まったくお姉さまったら……
この横顔でもわかる楽しそうな顔。私の反応を楽しんでいますね
私が気付かないのを良い事に、どんな風に驚かせるかを考えていたのでしょう。
…とは言っても、ここは私とお姉さまの部屋。
お姉さまがいつ部屋に戻って来てもおかしくは無かったのだし、ぼんやりしていた私も悪い。
「ふふっ、それで…これはどうしたのかしら?」
ほら、また楽しそうな笑みを浮かべています。
これとは言うまでも無く、宙に投影された私の虚像の事です。
お姉さまの紅玉の瞳が私の虚像を見ている。
なんだか不思議な感覚。私を見詰めるお姉さまの横顔を始めて見ました。
私を見詰めるお姉さまを見詰める私。なんだか哲学的な……
「あ、はい…これは……」
ついぼんやりしてしまったけど。問われたのなら説明しないと。
お姉さまの体温と匂いを頬と鼻に感じながら、虚像を投影している珠に視線をやる。
「投影の魔法珠です…シロノさんが記念品?って」
「記念品?」
「はい、他にも見せたい人がいるなら…って」
言って、私は机の置かれた魔法珠を両手で包む様にしながら持ち上げる。魔法で熱を帯びているのか、仄かに暖かい。
服を作る時のサービスみたいな物らしい。
とは言っても仕立ての費用は全て学園が持ってくれる。
それで、こんな素敵な物まで貰えるのだからありがたい。
…髪飾は恥ずかしいけど
「ふーん」
お姉さまは頬を擦り合わせたまま頷くとさらに言葉を続ける。
「愛らしい髪飾ね?シルファって子猫みたいな所あるし…似合っているわ」
言って指で虚像の私の狐耳をツンツンと突く。
虚像は姿がそこにあるだけ、触れるはずも無いのだけど、なんだかむずむずする
「むぅ、お姉さま狐耳ですよー、セルティス先生の耳です」
「…あら、そうだったの?でも、可愛いのは本当よ?」
「うう……」
今度は私の頭を撫で始めました。
お姉さまに撫でられるのは好きだけど、今日ばかりは複雑な気持ち。
複雑だけど、お姉さまに撫でられるのは抗い難いのです。
もう、このまま撫でられる続ける事にします!
だから目を瞑りお姉さまの手に身を任せる。
「…でも、…………かな……」
撫でられ揉まれる髪音に紛れる声。小さな小さな呟き声。
一瞬吐息?と思ったけど、間違いなくお姉さまは何かを言いました。
「お姉さま…?」
「ああ、なんでもないわ……」
「そう…ですか…?」
視線だけを少し上げて、お姉さまの顔を見るけど
そこにあるのはい、つも通りのお姉様のお顔でした。
「ええ、それより…そろそろ夕食の時間よ…?」
「あ、そうですね?」
気付けば窓の外はもう暗い。それに、扉の向こうから夕餉の時間を告げる手鐘の近づく音が聞こえる。
家事妖精のアインとバウだ、二人が手鐘を鳴らしながら皆に夕食の時間を知らせているのです。
「シルファ行きましょう?」
お姉さまは手布等の入った巾着袋を手に取ると、扉へと向かいました。
「はーい」
私も急ぎ後を追うけど、お姉さまの背を見ながら思う
どうしても気になってしまう。
お姉さまは、小声で何を言ったのだろう?…と。
聞き取る事は出来なかったけど、感じたから
深い深い感情を
お姉さまの深い深い感情を……
「お姉さま!」
「…何?」
私はノブに手をかけたお姉さまを呼び止めた。
当然の事だけど、お姉さまは振り向いた姿勢で不思議そうに首を傾げている。
「えっと…あ、手を繋いでいいですか?」
「ふふ、おかしな子ね?」
「…えへへ……」
おかしな子と言いつつもお姉さまは私の方へ手を差し出しました。
私はその手をうやうやしく握ると、一緒に扉をくぐり食堂へと向かうのでした。
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