第53話 仕立て屋さんが来た!-1
「おやおや?シルファさんもご一緒でしたか、丁度良かったです♪
今日の午後、採寸に来ますよー」
セルティス先生は私の顔を見るや、いきなりそう言いました。
「採寸…?」
何の事でしょう?私は首を傾げるしかありません
採寸。つまり何かしらの衣服を作るため、私の身体を計ると言う事だけど……
衣装で思い当たる事と言えば、一つしかありません。
さて、ここは職員室。
私はルキアと共に授業で使う教材を受け取るためにやってきました。
でも、教材の話よりも先に来たのは私への話。
一瞬悩んでしまったけれど、思い当たる事は一つ。
多分と言うか、確実に『婚礼祭』のための衣装の事でしょう。
しかも、先生の言葉をそのまま受け取るのなら
私とライラの衣装を仕立てるため、学園の外から職人さんが来ると言う事
お嬢様なライラならともかく、一般庶民出身な私のためにわざわざ……
なんだか申し訳なくなってしまいます。
しかも、一回しか使わないであろう衣装のために……
「婚礼祭の衣装ですよね?まだ、職人さんを決めているところと聞きましたが……」
私があれこれ考えているうちに、ルキアが話を進めてくれました。
ありがたい。やはり私の想像通り、婚礼祭の衣装で合っていた様ですね。
「はい、実はですねー。婚礼祭の衣装をどうしても作りたいって子達がいましてー
それで、今回はその子達にお願いしようかと」
「えっと…『子達』って、先生の元生徒さんだったりしますか?」
「はい♪」
私の質問に、セルティス先生は笑顔を強くし大きく頷いた。
狐耳もぴこぴこと盛大に揺れているし、思い出深い生徒さんなのでしょう。
「変わった子達だったけど、卒業後自分達のやりたい事を叶えた子達でしてねー
合間にお話しするのも将来の参考になるかもですねー」
「将来かぁ……」
先生本当に素敵な笑顔で、教えていた時代を思い出しているかもしれません。
卒業生とはつまり、私達が歩む道の先を進む者達。
それが目標や夢を叶えた先輩ならなおの事、彼女達から話を聞く事は絶対に有意義なはずです
せっかくの機会、生かさない手は無いかも?
そんな事を思い頷いた直後、職員室に興奮した声が響きました。
「やりたい事を叶えた先輩なんですか!?それは素晴らしいです!」
「…る、ルキア?」
そうルキアの声です。
セルティス先生の言葉に、ルキアは興奮を隠せない様です。
こんなに興奮した彼女の顔は初めて見ました。
将来のため委員長になった彼女にとって、やりたい事を叶えた先輩は
尊敬すべき先人であり、見習うべき先輩なのでしょう。
そうだよね。
私にも…私とセレーネお姉さまにも目標…目的はあるけれど
ルキアを見習い、もっと強い意思を持った方が良いのかも?
後で、お姉さまとお話してみよう。
………
……
…
ルキアと共に職員室から教室へ戻り
その後は特に何事も無く午前の授業は終わりました。
あった事と言えば……
教材として使った大量の魔法玉が教室中を跳ね回り
教室が少々混乱状態になったりはした。
あった事は、まあその程度。
とは言っても、魔法玉の回収で皆疲れてしまったのか
いつも賑やかな昼食タイムが、普段より静かでした。
コロネが無言でもそもそドーナツ食べる姿が少し可愛かったかな?
そして昼休みが終わり午後の授業。
セルティス先生の講義は一時間程で終わり、残りの時間は婚礼祭の準備。
婚礼祭に向けて、準備すべき事はまだまだ沢山ある。
でも、今日の準備は静かな時間が流れ行く。
皆、机に向かい一心不乱に羽ペンを走らせている。
私も同じ。縦長の紙片にサラサラと『魔法文字』を書いていく。
単調な作業だけど、なんだか楽しい。
書いていると、どんどん意識が集中する。
皆が走らせる羽ペンの音や、インクの匂いも心地良い。
隣に座るライラも今は集中状態なのか、聞こえるのは小さな呼吸音のみ
悪くない。こう言う空気、私は好きです。
だから私も再び集中状態へ入ろうとするのだけど……
「ねぇねぇ」
そんな私の肩を後ろから誰かが突いた。
誰かとは決まり切っている、後ろから私の髪を眺めるのが大好きな少女
「コロネ?」
森妖精の少女ことコロネだ。
「どうしたの?」
私は走らせていたペンを止め、首を斜めに傾げる様にしながら後ろを向く。
「うん、あのねシルファこれあってる?私、魔法文字苦手だからさー」
「もう少し勉強しないとだめだよ?えっと、どれどれ……」
言ってコロネの書き上げた『魔法符』を見てみる。
しかし……
「…あ、この並びだと祝福じゃなくて呪いだよ?」
「え………
わぁ!?これ無し!やり直す!」
私の指摘に驚きの声を上げると、コロネは書いた『魔法符』を両手の指で摘まみ二つに破り裂いた。
破いてしまえば『魔法符』の効果が発動する事は無い。
仮に何かしらの方法で繋いでも
『破く』と言う動作により構成された魔法は破棄され
符に宿った魔雫も空に霧散する。
「うう…シルファもう一度教えて……」
「仕方がないなぁ……」
子犬の目で縋るコロネをほっとく訳に行かず
私はグリフォンの羽で作ったペンにインクを付けると
余った紙片に見本の魔法文字を書き始めた。
………
……
…
さて、私達が今作業しているのは祝福の『魔法符』作り。
祝福の『魔法符』…『祝福の符』は壁等に貼り付ける事で周囲から澱みを祓い、場を清浄な物へと変える。
それだけではない。
沈んだ気持ちが軽くなるし、場に混沌を寄せ付けない効果もある。
だから、学園内や街中に大量に張る事で『婚礼祭』の前後を祝福で満たすのです。
それに符作りは魔法道具作成の訓練も兼ねている。
『魔法符』の作成は魔法道具の中でも基本中の基本。
何も書かれていない真っ新な紙片に魔法文字を書きながら魔雫を練り込み
後は特定の条件で符の効力が発動する様にする。これだけ。
強い魔力を練り込めば、貼り付けて守護結界を張ったり、投げて魔法を発動させるなんて事も出来る。
でもそこまでの効果を発揮する符は一枚作製するのに何日もかかってしまうし
大量の魔雫を必要とする。
残念ながら、今の私達が作る符は発動させると数日で効果が切れてしまう……
面倒さも伴う符作りだけど、その中でも祝福の符を作るのは意外と簡単
楽しい気持ち、嬉しい気持ち…それらを想いながら
紙片に魔法文字を書き記していけばいいのだから。
それに、効果の短さも婚礼祭から数日続けば良いのだから問題ない。
で、呪いの符だけど
祝福の符と同じに魔法文字を学べば簡単に作ることが出来てしまう。
出来るが……
『相手を呪う』事は『自分を呪う』事
だから理性的な使い手が作る事は通常はありない。
でもコロネの様な例もあるし、魔法事故注意!慣れないうちは相互確認大事!
ともあれ今作るのは『祝福の符』!
学園内だけで無く街にも張るとなると大量に必要になるから。
どんどん書いて魔雫を込めないと!…しかし
自分を祝福する『符』を自分で書くと言うのも奇妙な話です。
………
……
…
「みんな失敗した符は後でまとめて処分するから、破ったらこの箱に纏めてね」
ルキアの声が近づいてくる。空き箱を持って皆の間を周回している。
破った事で『魔法符』からは魔雫も魔法効果も抜け
ただの紙へ戻ってはいる、それでも『魔法ゴミ』は一般ゴミとは別に処分する。
塵の様な極僅かな《《魔法カス》》でも残っていれば、積もり積もって『混沌』の発生原因になってしまうから。
「ねぇ、ルキア」
彼女が近づいてきたの幸いと声を掛ける。
普段なら私の前の席に座っている彼女だけど、今は魔法ゴミ回収の最中。
「シルファ何?」
「うん、仕立て屋さんはまだこないのかな?…って」
箱に先ほどの紙片を放り込みながら、ルキアに問い尋ねる。
仕立て屋さんとは、勿論セルティス先生が言っていた話の事。
「んー…もう、そろそろだと思うのだけど……」
話ながら二人して黒板上の壁掛け時計に視線をやるのだが
時計は二時をとうに過ぎて、三時近くを指している。
午後の授業を終えてから既に一時間程
セルティス先生授業の時間と合わせると二時間程が経過していた事になる。
授業が終わって直ぐに来ると思っていたから、なんだかじれったい。
別に、時間厳守!と言う訳ではないけれど、やはり自分に深く関わる事
緊張感が続くのはお腹の調子にもよろしくない。
だから『魔法符』を書く作業に集中してりしたけど
集中が途切れると、再び気になってしまう。
で、この話を気になってしまった子がもう一人。
「うにゅ?シルファなんの話?」
コロネだ。机に顎を乗せ首を傾げている。
「え…あーうん、実は……」
特に隠す必要のある話でもないし、サプライズする様な話でも無い
だから普通に話す。
「シルファの婚礼衣装かぁ…きっと素敵なんだろうな」
「まぁ?お二人の婚礼衣装ですか、ちょっと妬けちゃいます」
コロネの言葉に、同じく休みに入ったネオンが乗って来た。
妬けちゃいますって……
でも、先に言う事がある。これは重要な事。
「…婚礼『祭』の衣装ね?」
一字違いが大きな違い。
私的にも重要な違い、だから訂正は即座にする。
「…シルファさんの言う通りですわね」
「ライラ…?」
声に振り向けば、ライラもまた羽ペンを止め組んだ手を前に伸ばしていた。
ライラだけではない、他の子達も手を止め雑談に昂じたりしている。
皆、一時間近くも集中したし、そろそろ疲れだって出てくる。
息の抜きと休憩は大事。
とは言っても女の子達の集う教室、一つ切欠があるだけで
静寂は喧騒で変わり、わいわいざわざわ賑やかに。
さて、賑やかとなったのを幸いと見たのか、ライラは言葉を続ける。
「婚礼祭はあくまで古の慣習を模した儀式ですわ。
シルファさんもわたくしも、これを本当の婚礼と思われてしまっては…ねぇ?」
「うんうん」
ライラが視線を向け同意を求めるので、私は然りと二度頷いた。
彼女の言う通り、婚礼祭を境に今後が決まってしまうのは少々困る。
「そっかぁ…でも二人が仲良くなるくらいはいいんじゃない?」
「は?」
「え?」
コロネの言葉に私もライラも呆けた様な顔になってしまう。
「あれ?私、なんか変な事言った?」
「いやさ…コロネってば凄い事言うね」
「そっかな?」
コロネはキョトンとしているが、彼女の言った事はその通りで
私自身、この婚礼祭でライラとの関係をなんとかしたいと思っているのは本当の事
それはライラも同じな様で、コロネの言葉に小さく驚きの表情を作っている。
「どちらにしてもさ、どんな衣装に……あ?」
コロネが装束の話題を始めた丁度その時だった。
トントン と二度、教室の扉が叩かれる音がした。
教室内の喧騒は静寂へ戻り、扉へと皆の視線が集まる。
「…来たのかな?」
「あ?そうかもしれない」
私が言うと、ルキアは頷きながら扉の方へ足を素早く滑らせる。
氷の魔法です。靴裏に薄い氷を張る事で氷上遊戯の様に移動する事が出来る。
…慣れないと転ぶらしいけど。
トントン また、扉を叩く音が聞こえました。
「はいはーい、今!」
なんだかお店の丁稚の様だけど、待たせてしまっては申し訳ない。
ルキアは扉に着くと同時、即座に扉を横開きに開いた。すると……
「…セルティス先生の教室は…こちらでよろしいのでしょうか…?」
「ここしかないでしょ?私達の時から変わって無いみたいだし」
開いた扉の向こうから二つの声が聞こえて来ました。
どちらも女性の声だけど、この声って……
声の主はルキアと二言程言葉を交わした後、教室内へと招き入れられた。
普段、セルティス先生フェア先生、私達生徒以外には入らない教室
そこへ、外からの来訪者が入って来る。特別な出来事に集まる皆の視線が強くなる『彼女達』が入って来た直後、皆の口からほぉっと言う溜め息が零れ落ちた。
私とライラ、コロネ以外の口から。
一人目は金の髪の女性。
夕日を受ける川の様に輝く金の髪をさらりと背中に流している。
纏うのは黒を基調にした給仕服。
そして、白磁の肌の繊細な顔立ちは人形の様で。
『あの時』と変わらず非現実感を感じさせる。
金の髪の女性に追随する様にもう一人。こちらは青味がかった髪の女性。
青味がかった長い髪を頭の両側で細いツインテールに纏めている。
纏うのはこの街ではあまり見ない、光沢のある革製コート。
『元々』特徴的な装束の『彼女』だけど
今日はさらに、背中に箪笥の様なものを背負っている。
「あ……」
皆が嘆息する中、私の口からは驚きの声が零れ落ちていた。
驚きが出たの私だけではない。すぐ間近にもう二人。
コロネ、そしてライラ……
私達三人は彼女達を知っていた、同じ日の同じ時に『彼女達』と会ったから。
「シロノさん…?」
「クロノさんだ」
「採寸に来られる方って、あのお二人でしたのね」
やって来たのはシロノさんとクロノさん
私達三人が儀式用装束を買った『フロイライン魔法具店』のお二人だ。
そしてシロノさんは
私達の顔を見ると静かに微笑んだ……
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