第52話 悩み悩んでどこへ行く
「はぁ……」
溜め息しながら学園の廊下を歩く。
お姉さまと相談したあの日から二日が経ちました。
だけど、私…シルファの悩みは一向に解決する気配が見えません。
どうやら私の悩みは時間が解決してくれる類の物では無いようです。
…それはわかっていました。
でも、私の悩みとは無関係に時間は流れ、婚礼祭の準備は進んで行く。
校舎内には婚礼祭を告知する張り紙が多数張られ
気の早い生徒達が飾り付けた花飾りは、廊下を花園へと変えました
校舎内の全てが、普段とは異なる彩りの輝きに満ち
すれ違う生徒達もなんだか浮かれて見える。
実際、浮かれているのでしょう。
これは所謂、お祭り前の空気と言う奴ですね。
以前ニース先輩が言っていた様に、生徒達は常に刺激を求めている
婚礼祭は『祭』がの言葉が付く、立派なお祭り。
生徒達の心をこれでもかと刺激するのは当然の事。
私も故郷の祭りでは、こんな気分を何度も感じた経験がありました。
例えば、秋の実りを祝う祝祭。
街の広場中央に組まれる女神への感謝の祈りをささげる櫓。
教会ではセレーネお姉さまや《《姉妹達》》と祭りの衣装を縫ったりもした。
そうだ、シスターが焼いていた菓子の匂いも鮮明に思い出せます。
あの時は、祭りの日が近づく事に心が踊るのを感じていた……
だけど……
今の私の心を占めるのは、祭りへのワクワクとした跳ねる気持ちでは無く
悩みと困惑の這う気持ち。
なんだか、皆が進む方向とは別の方向へ進んでる気がする。
ふらふらゆらゆら私の心はどこへ行く?
それでも物事はどんな時だって、自分の意思とは無関係に進んで行く
仕方が無いと流され続けても、いずれどこかに流れ着くのでしょう……
それが自分の意思と無関係の場所であるとしても、
それは嫌です。
だって、私だって流されるばかりではありませんから
どこかに流れ着くのなら、その場所は私自身で決めたい。
だから、悩んでばかりもいられない。
…としても、私は何をして何をして何を成せば良いのでしょう?
真ん前にある悩みライラの事です
そして、続く様に増えたのがコロネの事。
お姉さまはコロネを大切にした方が良いと言ったけれど
今以上に何をすれ良いかわかりません。
コロネは私にとって大切な友人、親友と言っても過言では無いかも?
私的には断言できるつもりだったけれど……
コロネ的にはどうなのでしょう?
振り返れば、私はコロネに甘えすぎていた気もしますし……
一つ気付くと、どんどん増えていく、一先ずこの悩みは保留。
コロネと関わる中で考えていくしかありません。
そしてライラの事。彼女は私をずっと一番悩ませている存在。
隣同士の席になった事で、話す機会は増えて来たけれど
距離感に関しては一進一退。
婚礼祭が終わるまでには、せめて友人と呼べるくらいにはなりたい。
とりあえず、持久戦で頑張るしかないのかな?
なんにしても、私の悩みが即座に解決する物ではない事はわかりました。
時間も解決してくれない、即座の解決も無理……
さて、本当にどうしましょうか?
「はぁ……ふに」
二度目の溜め息した直後、誰かに指で頬を突かれました。
こんな事をするのは大抵……
「コロネ!…じゃない?」
最も親しい友人にして、悩みの種もある名を口に振り向けば
そこには小さく首を傾げ、笑みを浮かべる顔がありました。
だけどコロネではありません、でも知った顔。そして、予想外過ぎる顔。
青味がかった黒髪を揺らす彼女は……
「ルキア?」
「はい、ルキアさんです。コロネじゃありませんね、ふふっ」
クラスの委員長ことルキアの顔がありました。
彼女は笑みを強くしながら言葉を続ける。
「もしかして残念だった?」
「え?」
「え?え?」
予想外すぎる人物からの、意外すぎる言葉……
私はなんと返せば良いのでしょうか?
………
……
…
「ほら?たまには私だって、誰かの頬を突いてみたくなる時だってあるから」
「そうなの…?」
「そうなのよ?」
言葉に問うて、そうなのよ?と返され。今度は私の方が首を傾げてしまう。
普段硬い印象のあるルキアだけど、今日はなんだか柔らかい気がする。
だから、余計に首を傾げたくなった。
場所は先からと変わらず廊下。
先程までと違うのはルキアと並び歩いていると言う事。
向かう先は教室…では無く、職員室。
ルキアが言うに、次の授業で使う教材を受け取りに行くらしい。
で、その途中に私の背中を見つけたのも何かの縁。
だから、手伝ってと言う事らしい。
私は手洗い場へ行っての帰り、特に何か重要な用事があった訳でも無い。
何かと世話になる事の多いルキアの頼み、断る理由も無い。
次の授業までにはまだ余裕があるし。
あのまま、一人で悩み歩くよりは気が楽に違いない。
それに《《二人で》》行くのはきっと口実。
彼女の浮遊魔法は優秀だから。
ほら、その証拠に早速ルキアから言葉が飛んできました。
「シルファさ…悩んでる?」
「うん、悩んでる」
歩きながら問うルキアに振り向かず答える。
なんとなくだけど、彼女とはこんな風に話すのが丁度良い。
互いに前を向いたまま、横から飛んでくる言葉に答える。
「ここ最近、悩まない日は無いよ…はぁ」
「シルファ色々あったものね、溜め息の回数も増えるか」
何気無いルキアの言葉だけど、少しだけ気持ちが軽くなった気がする。
別に悩みが消えた訳では無いけど、でも……
ぐるぐると回っていた物が出口を見つけて、歩き去って行く。
そんな感覚。
でも、またそのうち戻って来るだろう、けど。
今はそれでいい。だからルキアとの会話を続ける。
「色々ありすぎる…私は平穏な学園生活を送りたいよ」
「私もそうであって欲しいわ、でないと……」
「でないと?」
私が平穏で無いと何かルキアに不都合が?
「委員長の仕事が増えるもの?」
間を開け、二つの唇から笑みが溢れた。
今日初めて笑った。確かにそうだ
この間の魔法の時だって、ルキアは私に力を貸してくれた。
でも、それは委員長だからと言う訳では無い……
…よね?
「もしかして、ルキア…私の事、気遣ってる…?」
「うん、まぁ私も思うところがあって…ね」
言って、ルキアは顔を笑みから苦笑へと変えた。
何か気まずい気持ちを抱えている様な、そんな微妙な苦笑。
でも、思うところってなんでしょう?
打算?多分違う、ルキアが言葉を選びながら話をしている事はわかるけど
ルキアはそう言う気持ちでは動かない気がする。
じゃあなんだろう?わからない、わからない事がまた増えた。
「…ああ?シルファ、私の事は別に気にしなくてもいいのよ?」
「わ?」
横にあったはずのルキアの顔が正面に、凛とした瞳が私の顔を覗き込んでいる。
慌てて足を止めると、ルキアはそのまま後ろ歩きに二歩進み。
前に三歩進んで、私の隣に戻って来た。
「私は私の考えで動いているだけだから、ね?」
「ね?と言われても、ねぇ?」
一回気になった物を気にするなと言われても困ってしまう。
少なくとも、ルキアが打算や私欲のために動いていない事はわかる。
それでもやはり、今日の彼女は何かおかしい気がする。
「私よりさ…ルキアの方が何か変だよ?」
「そうかな?そうかもしれない……」
隣から唸る声が聞こえる、何かを考え込むよう時の声。
ルキアはルキアで何か悩みを抱えているのかもしれない。
「ルキアも何か悩んでるの?」
「…そうね、悩んで無いと言ったら嘘になるかな?
でもさ、みんな大なり小なりの悩みは抱えているものだから」
「それはそうだけど……」
ルキアの言う事も然り。でも……
自分の悩みがあるのに他人の悩みにまで関わろうとするなんて
重さで潰れてしまわないか心配になる。
それがルキアの気質だとしても、申し訳ない気持ちになってしまう。
なのに、彼女はこんな事を言うのだから……
「自分の悩みは解決できなくても、人の悩みは解決できるかもしれない
そう思ったら、動くしかないでしょう?」
ストレートにこんな事を言われたら、惚れてしまいそうになる。
私は彼女と友人で良かったと思う。
これは打算とか私欲とかそんなの抜きでの気持ち。
ルキアは自分自身を委員長であると定義しているけれど
彼女は委員長の枠で収まらない気がする。
「ルキアってさ……」
「私が何?」
私…シルファの言葉でルキアを新しく定義するとするなら……
これしかない。私の思う最上級の評価で表現。
「委員長だけで無く、お姉様の才能もあるかもね…?」
「は?何それ?私に甘えたいの?」
ルキアをぽかんと呆けさせたまま
私達は職員室の前に着いた。
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