第47話 貴女と私と-3
「シルファさん!ごめんなさいですわ!」
ライラはそう言うと、風切り音がする勢いで頭を下げました。
金の縦ロールが鞭の様にしなり、時計の振り子の様に前後に数度揺れて
そして、垂れたまま彼女の頭の左右で静止しました。
「…えっと…?」
そんな彼女を前に、私はただ混乱し困惑するしかありません。
いきなり連れ出され、いきなり謝られ
私は一体どんな顔をすれば良いのでしょうか…?
そもそも、ライラがなぜ謝っているのかがわかりませんし
なぜこんな事になっているのかもわからない……
………
……
…
「シルファさん少し付き合ってくださいまし!」
セルティス先生が午前の授業の終わりを告げた直後
皆が昼休みの喜びを口にするよりも早く
教室にライラの声が響きました。
「…ふぇ?」
何?と振り向くよりも早く、ライラは私の右手を取ると立ち上がり
そして、そのまま一直線に扉へ向かいそのまま教室の外へ連れ去りました。
突然の出来事。私だけでなく教室に居た誰もが状況を理解出来ず
私達が教室を出て行くまでの間、誰も言葉を発せず
セルティス先生までもが、驚きに狐尻尾を立てたまま硬直状態に。
しかし、私達が教室を出て数秒後……
背後からどっと大騒ぎの声が聞こえて来ました。
廊下を揺らす程の大騒ぎです
はぁ……
教室に戻った時、私はどんな事を聞かれるのでしょうか?
そんな私の溜め息にも、教室の騒ぎにも気にも止めず
ライラは私の手を引きずんずんと廊下を進んで行きます。
廊下に出て最初こそ生徒の姿はほとんど無かったけれど
今は昼休み。時間が経てば経つほど、廊下に生徒達の姿が増え
その中を学食とは逆方向に突き進めば、否が応にも目立ってしまいます。
しかも、手を繋いだ二人、好奇心旺盛な少女達が興味を持つのは当然の事。
すれ違う少女達皆が私とライラを見ています。
恥ずかしすぎます、どこかに隠れたい……
でも、私に出来る事は顔を伏せて少女達の視線を避ける事だけ。
すれ違った中にニース先輩の姿が見えた気がするけど、気のせいと思いたい……
はぁ……、歩くだけで憂いが増えるなんて……
あれこれ考えている間にもライラは私を引っ張り進み続けます。
途中何度か階段を上がり、さらに何度か角を曲がり……
歩き続けるうち、廊下を歩く生徒達の姿は少なくなり
ふと気付けば、私達以外には誰の姿も無い廊下へと出ていました。
基本的な作りこそ校舎内の他の廊下と同じだけど、初めて来る初めて見る廊下。
さて、ここはどこなのでしょうか?
以前ルキア達と校舎内巡りをした時も、ここには来ませんでした。
この学園の校舎は広すぎるのです!
先輩であるセレーネお姉さまも知らない場所があると言ってましたし……
だから、ここまで足を運んだのは今日が初めて。
窓の外を見れば、あるのは抜ける様に青い空とふわふわと漂う白い雲。
散歩日和の素敵な天気、普段ならば穏やかな心地良さを感じる景色……
なのに怖い。得たいのしれない不思議な怖さがあります。
この怖さはどこから来るのでしょうか?
きっと何かがおかしいのです、何がおかしいのでしょう?
見る、聞く、匂いで考え…わかりました
ここには音がありません。
何か特別な魔法でもかかっているのでしょうか?
生徒達のざわめきも無ければ、窓外からの風と小鳥達の囁き声も無い。
あるのは二つ靴の音と二つ呼吸の音だけ……
世界にライラと私の二人だけになってしまった様な、そんな不思議な感覚。
なぜ校内にこんな空間があるでしょう?わからないから余計に怖い。
もしライラが私の手を握っていなければ、この場で立ち竦んでいたかもしれない
私の手を引くライラの背が頼もしいです……
…いいえ!これは恐怖心が生んだ感情!
だって、ここへ連れて来たのはライラなのだから。
でも、本当にここはどこなのでしょうか?
だから、私をここまで連れて来たライラに聞こうとするけど……
「あのぉ…ライラ…さん?」
「黙って付いて来てくださいまし!」
はい、シルファ黙ります。
こうきっぱり言われてしまっては、黙るしかありません。
背を向けたままの言葉だけど《《圧》》が強いです。
無言の圧。私の言葉を出させず、喉の奥へと押し込んでしまうほどに。
言葉には魔雫が宿ります。
強い言葉の魔雫は《《圧》》となり相手への影響も強くなる。
ライラの言葉は特にその《《圧》》が強い気がします。
これがお嬢様の力と言う物なのでしょうか?
でも……
私の方へ振り向かずに言われてしまったのは少し残念です。
強い表情をした時のライラの瞳って綺麗だから……
残念だけど、今はとりあえずここのままライラに付いて行く事にします。
それに今更一人で戻るのは怖いし、途中で迷う気がする。絶対迷う!
曲がった回数は憶えているけど、特徴の薄い廊下は目印が少なく覚え辛い……
でもいざとなったら、生徒手帳の『魔法地図』に頼れば大丈夫なはず…です!
………
……
…
「シルファさん!ごめんなさいですわ!」
ライラはそう言ったきり、頭を下げ続けています。
こんなに深々と頭を下げ謝られたのは生まれて初めてです
本当にどうすればいいのやら……
ライラに手を引かれるまま歩き続け、辿り着いたのは校舎の果て(?)
廊下の末端の様な場所でした。
普通、学園や学校の廊下の壁の一方には教室等へ入る扉があるものだけど
この場所の廊下にはそれが無くて、左手の壁に窓が並ぶだけの不可思議な構造
渡り廊下と言う可能性も考えたけれど、果て(?)に扉は無く行き止まり。
外から見たらどんな形になっているのか想像も出来ません。
でも校舎の果て(?)まで来れば、ここが目的地?と思うのは当然の事。
目的地かな?とは思っても、ライラが何をするかまではわかりません。
だからもう一度、彼女に声を掛けようとしたら、いきなり謝られてしまいました。
ライラはなぜ謝っているのでしょうか?それを聞かない事には話が進みません……
「ライラさ……」
「わたくしが巻き込んだも同然ですわ!」
「わぁ!?」
不意にライラの頭が上がりました。
再び金の縦ロールが鞭の様にしなり、私の胸先をかすめる。
しかも、ヒュンッと風切り音まで聞こえるし、驚き飛び退きそうに。
でも、驚いたのは一瞬だけ。
顔を上げたライラの瞳があまりにも真剣で、それに巻き込んだと言う言葉。
何が彼女にこんな表情をさせるのでしょうか?聞かなくては……
「巻き込んだって…どういう事…?」
「ですから!貴女と、私が、婚礼祭の代表になってしまった事ですわ!」
「え?え?選ばれたのは投票の結果でしょう…?」
またまたライラが意味不明の事を言い始めました。
ライラと私がペアになった事に関して、彼女には全く罪がありません。
だって、このペアは投票による結果です。
あの『投票形式』では、誰の手の介入もしようがありません。
それでも、彼女がここまで罪の意識を感じてしまうのなら
謝るべきは私の方かもしれない……
だって、私にはそう思うべき理由があるから……
しかしそれは、ライラも同じだったみたいです。
私とライラは同じでした
「いえ!!わたくしが貴女に投票さえしなければ……」
「私に…投票…?」
驚愕の真実です。私に入った票の《《六票》》のうち一票はライラの票。
メリッサが《《五票》》だった事を考えると、もしライラの票が無ければ……
いえ、そうではありません!
ライラが私に票を入れたと言うのなら、なおさら私は謝らないと!
「ライラ聞いて……」
「あまつさえ…教室であんな宣言までして……
シルファさんが目立つ事が苦手だって知っているはずなのに……」
「…あー…あれは確かに恥ずかしかったけれど……、そうじゃなくてぇ!」
駄目です、私の声を聞いていません。
ライラがこちらの世界に帰って来ません。
目を閉じ、両腕で自分の腕を抱く様にしながら語っています。
私も自分の思考に入り込む事があるけれど、傍から見るとこんな風だったのかも
…過去のあれこれを思い出し恥ずかしくなってきました。
「…昔からわたくしはそうですの!勝手に思い込んで、勝手に突っ走って……
お母様にも、もっと考えなさいと言われてましたのに……」
まだ続いています、なんとか止めて私の話を聞いてもらわないと。
私の場合どうだったでしょうか?
私はどんな風に『こちらの世界』に戻されていたのでしょうか?
セレーネお姉さまはどんな風にして……
「自己嫌悪ですわ…このままドーナッツになってしまいたい……」
そこまで言うと、ライラは窓の無い方の壁に頭をついて項垂れました。
来ました!このタイミングです。
ライラを止めて話しかける最高の好機です。
「ちょっと待って!ちょっと待って!」
私は腕を伸ばしライラの肩を掴むと、強引にこちらへと向かせました。
多少乱暴だけど、このくらいしないと今の彼女は『こっち』には戻って来ないでしょう。
「は、はい?」
ほら、ライラの瞳が私の方へと向きました。
かなり驚いているけれど、今は仕方がありません。
とにかく私の話を聞いてもらわないと!
「ライラは自分に責任があるみたいに言ってるけれど……
投票の事を言うのならば私にも……」
言って私はライラの両肩を掴み、瞳をじっと見ます。出来る限り目に力を込めて。
ライラの瞳の様な《《圧》》は無いけれど、聞いて欲しいから。
彼女の瞳に私の顔が映る。
行きます!小さく息を吸い……
「私もライラに投票したの!」
息と共に一気に言葉を吐き出す。
「はい?」
私の言葉を聞き、ライラの顔が驚きから呆けた物へ変わりました。
そうなるのも当然の事ですね。
彼女が私に投票した様に、私が投票したのはライラ。
あの時、私の投票用紙に浮かび上がった名前は『ライラ』なのでした。
つまり、『このペア』は私とライラ
それぞれが相手に投票した結果によるものだったのです……
ここまで読んでいただきありがとうございます。




