第42話 選ばれた二人-3
ここは私達の教室、そして今は授業中。
教壇ではセルティス先生が、小さな腕と大きな尻尾をふりながら『魔法文字』の授業を進めています。
上下二枚に分かれた黒板。上には前回の授業で学んだ魔法文字の復習分が
下には現在進行形で白墨が舞い踊り、新しい魔法文字と使用例が描かれつつある
魔法文字の授業は、私ことシルファにとって好きな科目の一つ。
新しい魔法文字を学び覚える度、それまで読む事の出来なかった魔法書のページを読める様になって行くのはわくわくとします。
それだけではありません。
学園内各所に記されている魔法文字も、今や謎めいた意味不明の記号ではなく
意味するところを理解し、そこへ記された理由を理解する事が出来る。
この学園都市へやって来たあの日、読む事の出来なかった校門の魔法文字も
今はそこに記されている意味を理解し、日常の一部となっています。
魔法文字を学ぶ事は宝の地図を紐解き解読し、新しい扉を開く感覚と同じ。
魔法文字を学び続ければ、新しい世界を見る事も出来るのかもしれない。
だから、私はこの授業が好き。
好きなんだけど……、今日はその好きな物に集中が出来ません。
ふぅ。小さく溜め息すると、鼻先と唇は教壇を向いたままで瞳だけをそっと右へ。
やはりそこには『彼女』が座っている。
何度も繰り返し確認したけれど、やはり『彼女』はそこに座っている、
つい先程まで空だった席に、彼女が…ライラが座っています。
普段ならば先生の可愛さに見惚れつつも、授業には集中できるのだけど……
今日はそれが出来ません!授業に集中出来ない……
ライラが隣に居る事で、先日の『一件』が鮮明に思い出され。
それが余計、私の意識を彼女へと引き寄せてしまう。
こんな私を意識してるのか、していないのか
ライラは至って平静で。視線は黒板の方へ、私には横顔を向けています。
その横顔も私の集中を邪魔している要因の一つ。
保健室でも見た横顔だけど、あの時は眠り顔でした。
隣にあるのは、あの時とは違う彼女の姿。
凛とした横顔は、前からでは分からなかった事を発見させてくれる。
すっと通った鼻筋。その下にある唇は紅をささずとも艶やかで。
それに、こうして並び座ると。彼女の方が私よりも背の高い事が良くわかる。
先程は緊張と混乱で気にする余裕も無かったけれど……
こうして改め見ると、げんこつ一個分くらい私よりも背が高いかな?
だめだめ。
こんな事を考えていてはいけないのに、気になってしまう。
悩みすぎ唸る声が出そうなるけれど。
唇を噛む事でなんとか堪える。
私は堪えましたとも。今は授業中、誰かに聞かれたら恥ずかしい。
特にライラには聞かれたくありません。
なのに、なのに…《《彼女達》》は気ままに話をしているのです。
「ふむふむ?後ろから見ると金と銀でバランスいいかも?」
「まあ?これは新しい発見です……」
後の席から聞こえる『二人』の声。一方はもはや言うまでも無いコロネの声。
なんとなく気付いていたけれど。
コロネは髪の毛に対し何か拘りがある様で、いつにも増して口が回っています。
ちなみに私の髪色は銀では無く白銀、ここ重要。
横道に反れたけれど、もう一人の声は海妖精の少女『ネオン』の物。
海妖精は沿岸部に暮らす妖精達の総称で、髪の先端が蒼なのが彼女達の特徴。
彼女もまた、膝まである金の髪が先端から中下程まで蒼く染まっています。
森妖精も海妖精も、元は同じ先祖を持つ一族。
暮らす地域の属性魔雫の影響で髪色が変化したらしいです。
そんな二人、コロネとネオン。
森と海、生まれは違えと同じ妖精族同士で波長が合ったのか。
隣り同士に座った瞬間に見詰め合い、握手を交わし頷き合っていました。
海妖精の彼女がなぜコロネと並んで座っているかと言うと……
理由は、私とライラが『婚礼祭』の代表ペアに選ばれてしまったからです。
婚礼祭はお祭り的な側面が強いけれど、古を今へと伝える重要な儀式。
だから代表となるペアは仲を深め、今以上に最高のペアとなる必要がある。
…と、これはセルティス先生のお言葉。
そんな理由で、私とライラは隣同士の席へ移動すると言う事に。
ところが、ここからが驚きでした。
彼女の方から私の隣へと移動してきたのです。
これまでずっと距離感のあったライラと私だけど……
もしかして、先日の『一件』に対する返答だったりするのでしょうか?
としても、彼女が隣に座った時の言葉は「よしなに」の一言のみ。
言葉から感情を読み取る事は出来ず、ますますライラがわからなくなりました……
ライラの席移動に合わせ、友人達も一緒に私の席の近くへお引越し。
そもそも今の席順は、入学式した日好き勝手に座りそのまま定着した物。
だから別にどこの席へ移動しようと自由。
でも、こんな切っ掛けでもなければ、大きく席が変わる事は無かったのかも?
理由はどうあれ、私はライラと隣同士になってしまった。
確かに私は彼女との関係をなんとかしたいと考えてはいたけれど
これは急すぎます、突然すぎます。
後ろで賑やかくしているコロネとネオンが羨ましくもある。
本当、森妖精…海妖精も?かな、呑気なのだと感じずにいられない。
そんな事を思いながらも、視線は再び右へと……
「…!!」
「…っ!?」
変な声が出そうになり、慌てて口を押えるけれど
幸い気付いた子はいません。同じ状況となった『彼女』を除いては。
鏡合わせの同じ状況、ライラと視線が合ってしまった。
気のせいではありません。だって、彼女の視線を強く感じたから
私と同じに、鼻先と唇は教壇を向けたまま瞳だけを左へ。
つまり私の方へ。彼女の視線は私の方へと向いていました。
もしかして、私が前を向いてる間にライラの視線はこちらを見ていた?
気になる、気になります。
もう一度彼女の方を見たい。でもまた視線がかち合ってしまったらと思うと……
これまでだってそうです。
私とライラはなぜか変な風にタイミングが重なってしまう。
胸の中でもやもや溜まり山となって行く。
「では…シルファさん、これはどう読み解けるでしょうか…?」
「え?」
いきなり名を呼ばれ、問い掛けをされました。
ライラの声?違う、これはセルティス先生の声です。
そして周囲から聞こえる皆のくすくす笑い。この流れは……
ぼんやり考え込んでしまっていたけれど、今は授業中なのでした!
慌てて教壇の方を見れば、先生が指さす先に光る文字列。
黒板に書かれた文章が淡い光を放ち浮き上がっている。
これはどう考えても、『この問題を解いてください』の流れです。
「シルファさーん?先生の話は聞いていましたかー?」
「は、はい!聞いてました!」
ああ、にこにこする先生の迫力に押され言ってしまったけれど
先生の視線だけでなく皆の注目も集まり、もう後戻りは出来ない。
これまで学んだ知識を動員し、答えを導き出さないと……
「えーっと……」
魔法文字を使った文章の書式は複雑だけど。
面白い事に、文字の意味がわかれば感覚的に読み解く事が出来ます。
魔法文字は読むと言うより、認識するに近いかもしれない。
だから、まずは文字単位で意味を紐解いていく。
でもこれが落とし穴。
あの魔法文字は『火』で、こっちは『山』…つまり火の山で火山だ。
その前のは、怒り等を意味する魔法文字。怒る火の山だから噴火を意味する文章。
でも、あれ?なぜ、ここに水に関わる魔法文字が?
そっか、これは多分、今日の授業で説明された『水』の変化に関わる事。
ならば黒板のどこかに解説が書いてあるはず……
目を走らせ、慌てて黒板の文字を追うけれど見つからない。
説明された部分が見つからない。もう消されてしまった?
そんな私を見て、先生の狐耳がピクリと小さく動きました。
「シルファさん、もしかしてぼんやりさんでしたか?」
「そ、そんな事は……、…ん?」
先生に強く見詰められて、挙動不審となる私の手に何か触れる物が
視線だけを下にやれば、そこには……
「わかりました!えっと…怒り火を吐く山、火は流れる川の如く…溶岩……
だから、荒れ狂う火山から熱き溶岩が流れ出す…です」
「はい♪シルファさん大正解です。次からはちゃんと授業に集中しましょうね♪」
ふぅ、なんとか答える事は出来たけれど、先生は見抜いていたみたいです。
私の手元には、私以外が書いた文字の並ぶノートがある。
丸味のある私の文字と異なり、洗練され見栄えする文字の並ぶノート。
私が座ると同時に、ノートは右へ滑る様に戻って行った。
「…ありがとう……」
教壇へ視線を向けたまま、ライラにだけ届く様に小さく言う。
「……別に」
戻ってきたのは短くもそっけ無い言葉。
だけど、彼女の表情が見える様な気がしてしまうのは、私の気のせい?
結局、この時間にライラと交わした言葉はこれだけ。
これだけ、これだけだけど……
私の胸から、もやもやとした気持ちは消え去っていました……
ここまで読んでいただきありがとうございます。




