第40話 選ばれた二人-1
「シルフぁ、休日明けの教室って何か不思議だねー」
穏やかな朝の教室。皆が始業までの時間を思い思いに過ごす中
読書で過ごす私の耳に、後ろの席から声が聞こえました。
コロネの声です、もはや聞き馴染んだ声。
彼女と出会った頃は、近すぎる距離感に戸惑いを感じた事もあったけれど
今ではいきなり彼女の声が聞こえるのも日常の一部。
「ふぅ……」
本を閉じ首を傾げ見上げる様に振り向けば、一段高い席でコロネが頭を揺らしていました。
突飛な行動をする事の多い彼女だけど、これは一体何をしているのでしょう?
もしかして森妖精の朝の儀式だったり?
いえいえ、そんな儀式があるなんて話は聞いた事がありません。
でも、コロネの一族のローカルな儀式だったり?
だから聞いてみる事にします。
「コロネ何してるの?…休日明けよりも貴女の方が不思議よ…?」
「え?あーうん、休日明けって何か落ち着かなくてさ…不思議だよねー?」
「…落ち着きが無いのはいつもの事でしょ……」
私の言葉に、コロネの頭が止まり葦の葉の耳がぺたんっと垂れました。
こんなやりとも日常の流れ。
でも流石に可哀そうだったかな?と、コロネの頭を撫でてみたりすれば。
垂れていた耳がぴこっと起き上がりました。もう可愛いなぁ。
「不思議かぁ……」
コロネを撫でながら教室を見渡せば、見慣れたはずの教室が何か違って見えてくる
確かにコロネの言う事も一理あるかもしれない。
光、匂い、音……
光は季節の流れと共に輝きを変え、匂いは窓からの風や日々私達が過ごす事で変わっていく……
そして小鳥の囀りや風の音も日々違うし、雨が降れば新たな音が加わる。
普段は気付かぬ事だけど、教室に一日に来なかった事でそれに気づかせてくれる。
この感覚、確かにコロネの言う通りかもしれない。
「…コロネの言う通りかも、不思議ね……」
「あ?だよね!そうだよね♪」
私の共感を得られた事が嬉しかったのか、葦の葉の耳がぴこぴこと揺れています。
それが可愛いのでコロネを髪をわしゃわしゃと揉んでみたり。
「…えへへ…♪何かいいことありそう、面白い事だといいなぁ」
もし彼女に尻尾があったのなら、クルンクルン盛大に振っていそうな喜びかた。
なんだか子犬か子猫撫でている気分になってきましたよ?
でも、面白い事か……
言われても考えてしまいます。
面白い事、めったに起こらない特別な出来事や不可思議な事件等々。
思い返すのは休日前のあの忙しさと気持ち焦る日々……
だから私の返答はこうなるのでした。
「…私は静かに過ごしたいかな…?」
今は心の奥底から、この平穏を愛おしく感じる。
私が学園生活に望む事はお姉さまとの平穏な日々
そして、コロネ達友人と過ごす楽しくも穏やかな思い出となる日々。
魔法を学ぶ者として面白い発見や知識ならば良いけれど
面白い事件は遠慮願いたい……
「ふふっ、クラス代表に選ばれたら忙しくなるわよ…?」
不意に聞こえたのはルキアの声。
振り向けば一段下の席から、私がしたのと同じに首を傾げ見上げるルキア。
青味の混じった黒髪を揺らし、意地悪く微笑んでいます。
ルキアさん、それは委員長にあるまじき表情ですよ?
そんな彼女の隣では、相方のクロワが少し眠そうな顔でにやにやしてる。
はぁ、二人してまったく……
「…私が代表に?無い無い」
溜め息しつつ右手ひろひろ、笑いながら否定してみる。
同時に冗談はやめての意味も込めて。なのだけど、ルキアはこんな事を言います。
「そう?やっぱりシルファは有力候補だと思うの……」
「有力候補って…もう、ルキアったら……」
本当に過剰な期待はやめてほしい。
先日、言ったけれど、私が代表なんて勘弁願いたいのです。
何より、このクラスには私よりも相応しい子が大勢いる。
可愛さならメリッサが飛び抜けているし
二人ペアでなら、やはりルキアとクロワが並ぶ姿を見たい
そうそう、双子姉妹のプリムとローゼだって私の中では有力候補です。
他にも候補として思い浮かぶ子は何人もいる。ライラだって……
「はいはーい、私もシルファに入れたいかなー?」
「え?…だから私はダメだってば、もう!」
コロネはすぐに調子にのります、だから撫でる手を拳にすると頭をぐりぐり。
「あぅあぅ…頭が削れるー」
削れません。友人として私を推してくれる事は嬉しい。
嬉しいけれど、それでも遠慮したい事は念押ししておくのです。
「シルファとコロネは仲いいね~」
「ええ、二人が選ばれたら面白そうね」
クロワまで言い出すし。
でも、こんな流れも、私にとって日常の一部。
私が求めるのはこんなゆるい時間、ゆるくおだやか日常があれば私は幸せ。
小さく思う私の耳に、一日の始まりを告げる鐘の音が聞こえてきました……
女神様、今週は静かに過ごせますように……
できれば来週以降も。
………
……
…
「うむむ……」
悩む、悩みます。
悩んでいるのは私だけはありません。
私の右と左から、前と後から。
教室のあちこちから悩み唸り溜め息する声が聞こえる。
すぐ後ろの唸り声はコロネの物でしょう。
唸り声だけではありません。
皆落ち着かないのか衣擦れの細かな音も聞こえます。
前を見れば、ルキアの頭が左右に何度も揺れるのが見えるし。
その隣のクロワの頭も上がったり下がったり。
私達の前にあるのは一枚の紙。これが私達を悩ませる大元凶。
紙の中心には初めて見る形の魔法陣が一つ、ぽつんっと描かれている。
魔法陣は四角形と三角形二つを三つ重ね合わせた形状で
周囲には魔法文字。魔法文字を使った文章の構文はまだ勉強中……
それでも読める文章も増えたつもりだったけれど、これは複雑すぎます。
読める文字で重要そうなのは『思考』『読む』『30』…かな…?
この奇妙な紙が何かと言うと……
『婚礼祭』の代表を選ぶための投票用紙なのです。
セルティス先生の説明によるとこれは『魔法転写』と言う投票形式で。
誰に投票するかを決めた後、魔法陣に触れる事で選んだ名前に変化する。
この変化するが曲者、悩者。
魔法陣が私達の心から選ぶのは、心の奥底にある本当に選びたい子。
これでは事前相談なんて無意味です。
だって心は揺れるし、心の奥底なんて自分でもわからない。
それを考えると、フィール先輩が選ばれた事の凄さがわかります。
あの強い印象に勝てる人なんて、そうそういません!
「皆さん、焦らず心が落ち着いてから魔法陣に触れると良いですよ?
先生は皆さんが終わるまでゆるゆるとしてますからー♪」
セルティス先生はそう言いながら、自走式魔導踏み台が変形展開した椅子に座り
頭に乗った狐耳をぴこぴこ、金毛ふわふわの尻尾をゆらゆらと揺らしている。
可愛いなぁ、このまま先生を見ていた……
…いえ現実逃避はいけません、心を落ち着けないと……
さっきから頭がぐるぐるとして、クラスの皆の顔が浮かんでは消える。
私にとって今一番の友人かもしれないコロネの顔……
なんだかんだで頼りになる委員長副委員長、ルキアとクロワの顔……
セレーネお姉さまの顔も浮かぶけれど、お姉さまに投票する事は出来ません。
他にもメリッサや、フォルテやルメア……
休日に街で遭遇したプリムの顔も浮かぶ、遭遇したと言えばライラもです。
他にも他にも、そうだ、私は色々な子達と関わってきたのですね……
まったく、私ったら投票とは関係ないのに……
でも、こう言う時だから思い浮かんでしまうのかも。
そっか、この投票の意味はそれなんだ。
クラスの友人達の事を振り返る事によって、代表に相応しい子が定まる。
まだ、あやふやでふわふわとした思考だけど
私の中では既に選ぶべき子が決まっているのかも?
それが誰なのかは、魔法陣に触れる事で明らかになるはず!
よし触ろう!
………
……
…
えっとダメです、もう少し悩みます。
時間はまだありますし、ここはじっくり悩みましょう。
はぁ、私ってこういう時ダメですね……
悩み続ける中、聞こえていた唸る声に別の声が混ざり始めました。
「あれ?」「なんで?」「お?」
驚きの声、困惑の声、納得と思える声もあります。
悩む事を止めた子達が魔法陣に指を触れ始めた様です。
魔法陣が変化した名を見て、それぞれに驚き、困惑、納得……
なんにせよ選択はしたと言う事なのでしょう。
ああ、呑気に考えている場合ではありません!私も触れないと!
もう覚悟を決める事にします。
一呼吸すると、右手の指を揃える形にし魔法陣へと……
また頭の中がぐるぐるする、でも手は止めない
触れた
一瞬だけ誰かのイメージが浮かんだ気がしました
それが魔法陣へと吸い込まれて……
やがて魔法陣を構成する線と文字が蠢き始め……
自分の形と場所を求め動き始めました
…虫みたいで少し気持ち悪いです……
あれ?
あれれ?
これが……
形を変えた魔法陣が文字となり
出来上がった名前は……
私はこれをどう受け止めれば良いのでしょうか?
わからない、わかりません……
その名前を見続けたまま時間は流れていく……
見続けたところで名前を変える事ができないのはわかっています
でも、はぁ……
私の投票が彼女の運命にどう関わるのか
まったく予想も出来ません……
ここまで読んでいただきありがとうございます。




