第37話 穏やかな休日-2
「…呼んでない……」
フィールさんの声を聞くや、セレーネお姉さまは氷柱の槍の様な一言を放ち
そのままフィールさんを一瞥する事も無く、紅茶を飲む事に戻ってしまいました。
もし私がお姉さまにこんな態度されたら、百年は立ち直る事が出来ない。
そうで無くても空気が重いです。
お姉さまの機嫌が防御障壁となって見える様です。
ルキアも場の圧に負けて肩を竦め小さくなっています。
ルキアごめん。お姉さまって機嫌の悪さを隠さない人なので。
で、当のフィールさんはと言うとですね。
「うんうん、セレーネは相変わらずつれないね?そこが魅力でもあるのだけど!」
強い、強いです。
お姉さまにあんな態度をされて、挫ける様子が全く見えません。
それどころか、ティーカップと皿を手に紅茶の香りを楽しんでいますし。
生徒会長をするにはこのくらいの精神力が必要なのかもしれません。
でも、そのティーカップはどこから取り出したのですか?もしかして自前?
一方で森妖精の二人、クロワとコロネはこの状況を楽しんでいるみたいです。
「フィール先輩って面白いねぇ~」
「うん、面白い」
お菓子ぽりぽり、頷き合いながらこんな事を言ってますよ。
なんだか喜劇でも見ている様な語り具合です。
こう言うのを肝が据わっていると言うのでしょうか?
あるいは彼女達森妖精の気質?
好奇心旺盛な事は知っていたけれど、状況を楽しむ事も好きみたいです。
こんな彼女達が居るから、場の調和が保たれているのかも?
さてさて、話は戻ります。
私達が『婚礼祭』の話しをしてる中、突然に現れたのはフイールさんでした。
ルミナス魔法学園生徒会会長『フィール・レィザル』その人。
まさに噂にしていたタイミングの登場に、皆驚くやら青くなるやら。
その一方で、気になる子がもう一人。
「ふふっ、セレーネは相変わらず会長に厳しいですね」
フィールさんに付き従う様に佇む眼鏡の彼女は一体誰なのでしょう?
朧気だけど、彼女と会った事ある様な?それも、私にとって重要な場面で。
なのに思い出せません。喉付近まで出かかっているのに…もどかしい。
何度試しても針穴に糸が通らない。そんなもやもやとした感覚。
もやもやと悩んでいると、彼女の方が先に口を開いてくれました。
「ふふっ、もしかして自己紹介が必要だったりします?」
彼女のこくこくと頷く私、そしてコロネ。
私達を見てルキアが不思議そうな顔をしているけれど、なぜでしょう?
とりあえず今は、眼鏡の彼女の自己紹介を聞く事にしますね。
「はい♪では改めて……
私は生徒会書記兼秘書の『マロン・フラッセ』です。よしなに」
眼鏡の彼女はそう名乗ると、首をくいっと傾げ笑みを強くしました。
ふわふわの髪も緩やかに揺れて、彼女の周りだけ空気が和らいで見えます。
なんだか癒されて安心する人です。でも秘書って?
「書記で秘書…ですか…?」だから聞いてみました。
ふわふわなマロンさんが生徒会役員の一人である事はわかりました。
でも、書記兼『秘書』と言うのが謎です。
ちまたに溢れる、学園物の絵物語や小説でもあまり聞かない役職。
「はい、会長を一人歩きさせると、生徒会案件でも口約束でどんどん受けてしまうので。だから私が傍で記録を取るようにしているんですよ?」
「ふふっ、少女た…生徒達の要望は出来る限り聞きたいからね?」
納得しました。確かにこの生徒会長さんには秘書が必要かもしれません。
放っておくと、生徒会の予算が大変な事になる様な気がします。
マロンさんは記録を取るだけでなく、お目付け役でもあるのかも?
私の勝手な想像だけど。
「それにしても……
こうして話していると、皆さんを迎えたあの日が懐かしくなってしまいます」
私達が納得し頷いていると、マロンさんはまたまた気になる言葉を。
あれ?やはりマロンさんは私達の事を知ってる?
迎えたあの日って…あ?思い出しそう、思い出しそうです。
「…!、思い出した!入学受付のお姉さんだ!」
ぽんっと手を叩く音と共に叫んだのはコロネでした。
この瞬間、パズルが組み上がるが如く記憶が繋がりました。
「…?、…あっ!眼鏡さん!」
そうです!私がこの学園にやって来た日、入学の受付をしていた『眼鏡さん』!
入学受付の書類に魔法の印判をペタンペタンと押してくれた方です。
やっと、喉の痞えのもどかしさが解消されました。
「…え?シルファとコロネは知らなかったの?」
納得し頷く私とコロネに、ルキアはまた不思議そうな表情を浮かべました。
むしろ呆れてさえいる様にも見えます。
知らなかったと言うより、忘れていた方が正しいけれど。
どちらも同じですね。そうなるとルキアは?
「ルキアは知っていたの?」
「知っているも何も、私は委員長だし……」
あれ?と思いながら聞けば、ルキアとクロワは委員会の会合でマロンさんとは何度も会い、話をした事もあるそうです。勿論、入学受付の話等も。
よくよく考えれば、至極当然の話でした。
委員長と副委員長ならば、生徒会役員の方々の顔を知っているのは当たり前。
恥ずかしいのは私とコロネばかりなのでした。
そんな私達に、マロンさんは呆れるどころかにこにこと微笑んでいます。
「ふふっ、やっぱり一年生の皆さんは可愛らしいですね♪」
嘲笑の笑みではありません、見ていてほっこりとする暖かくも柔らかな笑みです。
「はぁ……」
溜め息が聞こえました。
「…マロンは優しすぎるのよね……」
お姉さまです。
ここまで防御(?)を固め、無言を保っていたお姉さまが口を開きました。
よかった、いつもの穏やかで静かな声に戻っる。
呆れの混じる言葉だけど、なんだか楽しそうにも聞こえます。
マロンさん凄いです!もしかして、マロンさんってかなりの大物なのでは?
この器量、フィールさんの秘書を務めている事にも納得がいきます。
もしかして……
お姉さまとフィールさん、そしてマロンさんの三人は仲良しだったり?
三人の関係が気になる、気になります。
マロンさんからなら、お姉さまが一年生の時の話も聞けそうです。
「何が気になるのかな?私の事ならなんでも答えるよ?」
「ふぇ!?」
「わわっ!?」
囁き声が聞こえました。しかも息で髪が揺れる程の間近で。
この声は、フィールさんの声です。ちなみに、私に続く驚きの声はコロネの物。
思わず変な叫び声が出てしまったけれど、仕方がありません。
私とコロネの間にいきなり現れ、息が届く耳元間近で囁きかけてきたのです。
しかもですよ?一瞬前まで、私の斜向かい前に立っていた人が現れたら。
誰だって驚きますし、驚くなと言うのが無理な話です。
「ん、あれ…?」
今度は目の前を何か黒い物が、これは闇の魔雫?
見える程に濃い闇の魔雫が漂って……
誰かが闇の魔法を使おうとしている?
「…闇の…いかず」
考えるまでもありません、お姉さまです。これは極めて危険です!
「お姉さま!? 人に攻撃魔法使うのはダメですよー!」
当然の事だけど。基本的に学園の内外問わず、意図的に人に対し攻撃系魔法を放つ事は禁止されています。
大抵の多くの街でも、人に対する攻撃魔法の使用、肉体強化系魔法(※主に男性が使用する魔法)を使用しての攻撃は禁じられている場合が多いです。
私の特訓は特例として許可されました。どうしても魔法を受ける必要があったし
先生達の指導の元、即時の治療が可能であると言う条件での許可です。
…少し無理をし過ぎてしまったけれど
それは例外として、人に対し攻撃魔法を使う事は駄目。絶対です。
「シルファ…わかってる…大丈夫、私は怒ったりしないから」
いえ、怒っていますよね?溢れる魔雫で黒髪がお揺れになっています。
「ふむ?これはセレーネの逆鱗に触れてしまったかな?」
お姉さまの様子に、フィールさんは肩を竦め苦笑するのですが。
その苦笑には楽しさも混じっている様に見えます。
実はお姉さまとフィールさんって仲が良かったりするのでしょうか?
私としては複雑な気持ちだけど。
「ははっ、私はそろそろ行かないとかな?君とはいずれゆっくりとね」
「え…あれ?」
フィールさんは笑い一つすると、私達から離れた位置に立っていました。
一瞬前まで私とコロネの間に居たはずなのに……
なんだか本のページが抜け落ち、物語が飛んだ様な感覚。
これは移動の魔法?それとも幻影の魔法?
魔法だったのかすらわかりません。魔力の動きを全く感じなかったし。
「それじゃあ子猫ちゃん達、良い休日を」
フィールさんはそう言うと、背中で手を振り街の方へと歩き去って行きました。
「ああ、会長待ってくださ~い…あ!皆様ごきげんよう」
それを慌てて追いかけるマロンさん。一度だけこちらへと振り返り会釈すると、そのままフィールさんと同じ街の方向へ去って行きました
マロンさんも大変だなあ。彼女の休日はまだまだ忙しい物となりそうです。
「嵐の様な人だったね~」
「私、将来会長になろうかなー?」
「…はぁ、マロン…人が好過ぎるんだから……」
それぞれに感想を呟いているけれど、私はなんだか疲れました。
ルキアもなのか、机に頭を乗せ突っ伏しています。
もしかして委員会の会合もこんな調子なのでしょうか?
まあいいや、今は甘い物が欲しいです。
こう言う時は甘い物を食べて気持ちを切り替えましょう。
「疲れた時は森妖精の焼き菓子がお勧めだよ?」
「ありがとう、コロネは元気だね?」
コロネが差し出した森妖精の伝統菓子を受け取ると、一口齧る。
甘い!美味しい!なにこれ?街の菓子屋さんの菓子にもこんなの無い。
後から聞いてみたら、巨蜂の蜜を練り込んであるらしいです。
巨蜂の蜜と言えば、濃厚な甘みと共に独特の癖のある事で知られているれど。
この焼き菓子には巨蜂の蜜にはその癖が無くて、むしろさっぱりしていて食べやすい。ちょっと癖になる味かも?
「この間、故郷の森から届いたんだー♪だから私が会長に立候補する時は……」
「美味しいけれど、それは却下」
「うーシルファが冷たい……」
いきなりの否定にコロネの耳がたるんっと垂れました。
会長になる話、本気だったんですか?でも、これから多くを積み重ねるのなら考えない事も無いです。
だって、私達にはまだまだ知らない事がたくさんある、それは学園での生活も同じ
「コロネが、これから頑張るのなら私だって……、うっ…!?」
ぞくり。背筋に何か冷たい感覚が走りました、誰かが私を見ている?
いえ、見られたと言うより睨まれた?
周囲をぐるりと見渡すも、それららしい姿はどこにもありません。
もしかして『あの時』私とお姉さまを見ていた気配?
ううん違う、あれとは視線に混じる感情が違う。
「あれ…シルファどうしたの?」
「あ?うん、誰かに見られていた様な……」
私の言葉に皆が周囲を見渡してくれたのだけど、それらしい姿はどこにも無い。
お姉さまも密かに闇の触手を伸ばしていたけれど、空振りだった様です。
結局、お茶会の間に視線を感じたのはこの時だけでした
私の気のせいだったのかも?なんて思うけれど
それを確認する術は無く、今は気にするだけ無意味なのでしょう
だから今は、お姉さまそして皆とのお茶会を楽しむ事にします
で、この後は特に小事も大事も起こる事は無く
お茶会はお昼を過ぎるまでの間、ゆるやかに続いたのでした……
ここまで読んでいただきありがとうございます。




