7.声の真実②
伯爵邸は小高い丘の上にあり、眼下には街を見渡せる。
風と緑溢れるその街の名はミストラル。
近代的で大きな建造物がひしめくように立ち並ぶバルツァー国の王都とは違い、豊かな緑と共存する美しい街並み。
伯爵邸に着くまでの道すがら、休憩を挟んだときにテナーが街のことを色々と教えてくれた。
エーテライト連邦の領地都市としては珍しく、冒険者ギルドやダンジョンも擁する『冒険者特区』、それがミストラル。
バルツァー国では冒険者と言うと粗野で乱暴な荒くれ者のイメージだが、道すがらで見掛けた冒険者らしい装備を携えた者たちは、若く活き活きとした好青年や体より大きな杖を持った魔導士の風貌をした女の子、六十を越えたテナーよりも年上に見える男性と顔に大きな傷を持った年若い女性と、これまでのアニスの冒険者へのイメージを覆す人々ばかりだった。
市場も大きく活気に溢れ、冒険者向けの商店や宿屋などサービスも充実し、ギルド直轄のダンジョンもある。冒険者が一番最初に訪れる街として有名なのだという。
伯爵邸の応接室に通されしばらく待っていると、レギオンが杖を着いた老婦人を連れて現れた。
「アニス、妻のマリッサだ」
レギオンがそう言うと、マリッサは目を細めてアニスを見つめ、優しく微笑んだ。
「お久しぶりね、アニス。本当に美しいレディになって」
「ありがとうございます、おばあ様。不束者ですが、これからよろしくお願い致します」
挨拶と共にカーテシーをすると、マリッサは「まぁ」と声をあげた。
アニスが顔をあげると、杖をついていない方の手を口元に当てて目を丸くするマリッサがいた。
「マリッサ、どうしたんだい?」
「だってあなた、アニスの声」
「あぁ、そうだね。君も交えて話をしようと思っていたんだ」
二人が何の話をしているのか分からないアニスだが、声と言われて少し不安な気持ちが過ぎった。
足が不自由らしいマリッサを気遣いながらゆっくり座らせるレギオン、その優しく穏やかな所作を見つめながら、幼い頃の記憶が蘇る。
『ーーーお前の声はどうしてそう耳障りなんだ』
不快そうに歪められた端正な顔と揺れるピンクブロンド。
もう思い出したくもない姿なのに、嫌な記憶ほど脳裏に焼き付いている。
不安な気持ちが顔に出ていたのか、アニスに視線を移したレギオンが少し慌てながら言った。
「大丈夫だよアニス、決して悪い話をするんじゃない。むしろその逆だ」
「え…?」
そこで丁度メイドが紅茶を運んできた。カチャリと茶器が行き渡る僅かな間が長く感じ、思わずレギオンの後ろに控えるテナーを見る。
テナーは安心するようにと言いたげな微笑みで頷いた。
「さて、アニス。君の声だけれどね」
「は、はい」
ハッと視線をレギオンに戻す。
思わず胸に手を当てるアニス、変わらずレギオンは柔和な笑みを浮かべている。
「所謂、魅了…チャーム・ボイスというものなんだ」
「……魅了…?チャーム、ボイス…?」
思わずオウム返しをしたのは知らない言葉だったからではなく、予想もしていない言葉だった為に理解までに時間が掛かった為だ。
そんなこと、生まれて一度も、誰からも言われたことはない。
勿論、両親…エーテライト出身の母にすら。
「実は君のこれまでを、事前にテナーから手紙で教えてもらったんだが」
「はい…」
「恐らく幼少期は、チャーム・ボイスは顕現していなかった。だが第二王子との婚約後…君は随分と自分を抑え込むよう教育を受けたそうだね」
「……。えぇ、そうです」
辛い記憶が蘇り、無意識の内に奥歯を噛み締める。
「…そして君は『囁き令嬢』と呼ばれるようになった。第二王子に囁いていたのは、国内外の多様な情報と聞いたけど、合っているかい?」
「はい、その通りです。殿下は夜会やパーティーの前になると、必要な情報を調べてこいと仰られて…」
「ふむ。つまり君は、王子に対し『調べた情報が正しく伝わるよう』細心の注意を払いながら、彼だけに囁いていたんだね?」
「…そ、そうですね。確かに…」
どういう気持ちで伝えていたのかまで、アニスは自覚がなかった。だが確かに、もしジュリアンが聞き違えて不幸にもそれが理由で何か粗相があったりしたならば、アニスのせいだと糾弾されるかもしれないという恐怖はあった。
それで真剣になっていた、というのはあるのかもしれない。
「きっとそこだな」
「え?」
「抑圧され精神的に追い込まれた状況で、君が必死に無事伝えられるよう『願い』ながら彼に囁いた。魔法の開花としては納得が出来る過程だ」
「…魔法が…」
自分が魔法を使えるなんて、思ってもみなかった。しかもそれが、辛い経験を経て得たものだなんて。
胸元に当てていた手をそっと喉元へ遣る。
「話は少し変わるんだがアニス、マリッサと私は若い頃かなり優秀な魔導士でね」
「え、あ、はい」
不意に話が向いたマリッサに視線をやると、戸惑った顔でアニスを見ていた。
「特にマリッサは、相手の能力がどれほどの強さなのか、見たり聞いたりしただけで分かるんだよ」
「それは、凄いですね」
「…で、どうだいマリッサ?私の見立てでは、チャーム・ボイスとは少し毛色が違うように思うのだが」
問われたマリッサはレギオンを見たあと、再びアニスに視線を戻す。
瞳が揺れ、自分の頬に手を当てたり言うかどうか迷っているような仕草だ。
しばらくの沈黙の後、マリッサは意を決したように言った。
「チャーム・ボイスであることには違いないけれど、レベルが段違い。これは…女神の歌声。ミューズ・ボイスよ」
レギオンの顔色が変わり、テナーが思わず身を乗り出す。室内に控えていたメイドたちは一斉にざわめいた。
ひとり、当人であるアニスだけが、聞いた事のない魔法名に小さく首を傾げていた。
続




