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5.念願の勝利(イザベラ視点)

「やだジュリアンたら……皆が見ているわ」


自分をきつく抱きしめてくるジュリアンに、イザベラは慈母のように優しく囁いた。

それでも尚、離れる様子のないジュリアンにおずおずといった仕草で抱き返す。


そんな控えめで淑やかな所作を保ったまま、イザベラは冷静に周囲の顔色を見る。


「(敵が、一気に増えたわね)」


盛大な拍手とは裏腹に、無表情を貫く貴族たちの多さといったら。むしろ笑えてしまう。


だが好都合…いや計画通りと言った方が正しい。


無表情の貴族たちの中に、満面の笑みを称える父ーーブルグント侯爵を見つけると、ジュリアンの胸に顔を押し付けながらイザベラはニヤリと笑った。





イザベラは物心ついたときからジュリアンを愛していた。

自分は侯爵家の娘、ジュリアンもイザベラと婚約が決まると信じて疑わなかった。


しかし、十歳の春にそれは打ち砕かれる。


アニスがジュリアンの婚約者となったことを知り、幼いイザベラは泣き喚き自分を婚約者にするよう父に必死に訴えた。

だが父は「すまない」というだけで何もしてくれなかった。


ジュリアンからも「父に取り合って貰えない」と謝られた。だが、それ以降もジュリアンは個人的にイザベラと交流を持ってくれた。


心はイザベラのものだからと、そう誓ってくれた。


貴族子女は、十三歳になると社交界デビュー前に子女同士で親密な関係を築く為、多くが王立学園に入学する。


嫌でも、憎きアニス・ランバートを目にすることが増えるだろう。いじめ抜いて退学に追い込んでやろうか…。

そう企てていたイザベラだったが、ある時父から大事な話があると執務室へ呼ばれた。


「ジュリアンとの婚約は、わざとランバートに譲った」


そう切り出した父の言葉に耳を疑ったあと、燃えるような怒りが内から沸いてくるのを感じた。

だが、イザベラが激昂しようとするのを手で制し、父は続けた。


「昔からランバートが目障りだったのだ。何かとうちと張り合ってきて…。そこで、奴の家を弱体化させることにした」

「…弱体化…」

「腐っても、向こうも侯爵家だ。本当なら家門取り潰しでもしてやりたいところだが、奴の領地経営の手腕は本物だし、見栄っ張りな奴の献金で賄われている機関も多い。だから、とりあえず鼻っ柱をへし折ってやることにした」

「それが何故、殿下との婚約を譲る話に?」

「勝った、と愉悦に浸っているときこそ、寝首をかかれやすいものだろう?」


柔和な笑みを浮かべる父。

ブルグント侯爵は、温和な慈善家というのが表向きの顔。だがその腹は深淵の如き深い闇だ。


イザベラは、自分は間違いなくこの男の子供なのだなと、納得した。


「婚約者の座を、最後に私が掠め取るということですか」

「そうだよ。この三年でアニスは随分と気力を削がれたようだ…囀り令嬢と持て囃された娘が、今ではまるで地を這うネズミの様な陰気さだとか」

「…。なら、いつでも奪い返せますわね」

「あぁ、だが今じゃない。まだ、まだだ」


くるりと父はイザベラに背を向ける。

顔は見えなくとも、先刻までの柔和な笑みが真っ黒に染まっていることがイザベラにはわかった。


「覆しようのない場で堕とす。確実に」






イザベラの妊娠は、嘘だ。胎には何もいない。

後々流産したという手筈にする。そうこの、四面楚歌の状況が酷くストレスになり思い悩んだ挙句に流れてしまったと涙ながらにジュリアンへ訴えるのだ。


アニスからの嫌がらせはとってつけた適当な嘘だが、学園に多くいる頭にお花の咲いたロマンス好きの女たちが勝手に噂を大きくするだろう。

何せジュリアンとアニスの不仲さは誰もが知っている。そのジュリアンが、幼なじみのイザベラを密かにずっと想っているということも。


そしてランバート家は、娘という重要な駒をひとつ失った。

婚約破棄ということで慰謝料を請求できる立場にはあるが、プライドの高いアーサーは恐らくそれをしないだろう。常に強者で在るランバート家が、自ら『被害者』になることは恐らく望まない。


「(それにしても、ランバート侯爵が大金を積んで私を留学させた時は笑ったわ。彼なりに用意周到に準備したつもりなのでしょうけど…こちらは全て把握していること。この日に帰国することは最初から決定していたわ)」


父にランバート家弱体化の計画を聞いてからは、躍起になって婚約者の座を守ろうとする相手の動きが可笑しくて仕方なかった。

上手く立ち回ればもっと金を搾り取れたかもしれないと、そこだけが少し残念ではあった。


「(これからは私がジュリアンの、第二王子の婚約者よ)」


満たされた気持ちでいると、エルンストとジュリアンの話でどうやらアニスが隣国へと追放されることが決まったようだ。


なんて不憫な囁き令嬢。


恨むなら、ランバートの娘に生まれてしまったことを恨むのね。





続

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