4.愚かな選択(ジュリアン視点)
「第二王子ジュリアンと、ブルグント侯爵家息女イザベラの婚約を認める」
国王がそう宣言すると、場内は盛大な拍手で満たされた。
ジュリアンは感極まり、思わずイザベラをその場で抱きしめた。
「やだジュリアンたら……皆が見ているわ」
困ったように笑いながらイザベラが耳元で囁く。
それでもジュリアンは抱き締める腕を緩めない。その内イザベラもジュリアンの背中に腕を回し抱き返してきた。
「(やっとだ。やっと私は幸せになれる)」
ふと、父と目が合う。
国王として民には寛大な態度を見せるものの、あまり家族には感情を見せない父が、微笑みを浮かべているように見えた。
アニスとの婚約は父が決めたものだ。ジュリアンがイザベラと幼い頃から将来を誓い合っていたことを、知っていたはずなのに。
アニスとの婚約後、何度も白紙にするよう打診したが、決して首を縦に振ってはくれなかった。
だから既成事実を作った。そして覆しようのない場でそれを暴露した。
流石に父から叱責を受けるかと覚悟していたが、微笑みを浮かべる父を見てジュリアンは安堵した。
きっと分かってくださったのだ、自分のイザベラを愛する心を。
認めてくださったのだ、イザベラが胎内に宿す王家の血筋を。
そもそも、同じ侯爵家なのだから婚約者はイザベラでも問題はないのだ。それなのに、貴族同士の力の均衡だの貢献度だの、色々と理由をつけて…。
「(…そうか、もしかしたら父上は、私を試していたのかもしれない)」
母である王妃は、バルツァー王家特有の髪色を持つジュリアンを溺愛している。
明言こそしないが、ジュリアンが国王になれば、と度々口にする程に。
臣民たちからもジュリアンを推す声があると聞く。きっと父は、第二王子だが国王になる気概はあるのかと、自分の未来を自分で切り開く力があるのかと、試していたのではないか。
「(そうだ、それならば納得がいく。あれだけアニスとの婚約解消を拒んでいたのに、さっきの微笑み…きっと「よくやったな」と思ってくださっているに違いない)」
達成感が一挙に押し寄せる。思わず釣り上がる口角を、何とか押し留めた。
「殿下、よろしいでしょうか」
不意に背後から声がした。
驚いて振り向くとそこには、国王の側近のひとりであるエルンスト・シュミットが立っていた。
「…何だ」
「国王陛下からご伝言です」
「父から?何だ」
「アニス・ランバート様の今後について」
ピク、と眉が動く。
やっと厄介払いできた陰気な女をこんなにすぐ思い出させるとは。
ジュリアンが嫌悪をあらわにしてもエルンストは全く意に介した様子なく続ける。
「今後、王族から婚約破棄をされているランバート嬢を妻にと望む者はそう現れないことでしょう。良くて後妻か妾…。ならばランバート嬢の母君のご実家であるヒューゲル伯爵家の養子にするのはどうか、と」
「ヒューゲル伯爵家?聞いたことがない家名だが…」
「隣国であるエーテライト連邦にて領地をおさめておられる、由緒正しき家門でございます」
「ほう…」
つまりアニスを、事実上の国外追放にするということか。
顎に手を当てて思案する。
アニス・ランバート。夜会や外交などのジュリアンの公務に必要な情報や知識を集めていた、婚約者というより側近のような存在だった。そして。
『よく、お聞きになってください殿下』
『これは特に重要なことなので、決してお忘れなきよう』
『本当に大丈夫ですか?それは例の国では無礼に当たる仕草だと以前お伝えしましたが』
『…殿下。それは他国では通用致しません』
窘めるように見せ掛けた、どこか人を馬鹿にしたような言葉が端々にある、癪に触る女だった。
この女さえ居なければイザベラと結ばれていたのに…。そんな不満を抱えながらアニスの囁きに耐えなければならなかった。
ジュリアンにとってアニスが囁き令嬢として有名だった頃は、苦痛以外のなにものでもなかった。
「(私は記憶力がいいから一度言われたら全て覚えられた。それをあの女は…。フン、馬鹿な女だ、私に不快な態度を取らなければもう少し穏便に婚約破棄してやったものを)」
だが、この案にのればそんなアニスの顔を見ずに済む。愛する人を長年奪われていたイザベラにとっても良いことだ。
ジュリアンは小さく鼻で笑った。
「いいだろう。そうランバート家に伝えよ」
「かしこまりました」
不慣れな土地へ行き、苦労を重ねるといい。
これまで王子の婚約者として甘い蜜を啜ってきたことだろう、だがこれからはそうはいかない。
いい気味だ、アニス・ランバート。
続




