3.さよならランバート家
王宮から家に戻ると、直ぐに父から呼び出しを受けた。
どんなお叱りを受けるのか、いやお叱りだけで済むのか。
婚約破棄をされた瞬間は少しだけ晴れやかな気持ちになったが、現実に引き戻され憂鬱になる。
「荷物を全てまとめて、ヒューゲル伯爵家へ行け」
部屋に入るなり、父アーサーはアニスに背を向けたまま言い放った。
一瞬言葉の意味を理解できずアニスは固まる。
アーサーは深いため息をつきながら、頭を抱えた。情けない、と小さく呟いて。
「ブルグントめ…最近大人しくしていたからやっと負けを認めたかと油断した…クソッ。お前もだアニス!お前がきちんと殿下のお心を捕らえていればこうはならなかった!」
「…申し訳ありません」
「しかも妊娠しているとは…おいアニス、お前は妊娠していないのか!?月のものは来ているのか!念の為医者に行くぞ!」
アニスは驚きで言葉を失った。
いくら婚約期間の妊娠が黙認されている昨今とはいえ、婚姻前に娘が妊娠すれば父親はいい反応を示さない。普通の父親ならば、だが。
フー、と息を吐いてアニスは答える。
「残念ながらお父様、殿下は私と二人きりになることすら拒んでおられました。手すらも握ったことはございません」
「は…?お前、殿下と寝ていないのか」
「寝……」
アーサーの信じられないといった顔を見て、流石にアニスは父が恐ろしくなった。
王家の為、家の為、この婚約は必ず成就させなければと努力してきた。しかし努力しても叶わなかった。努力だけではダメだった。それは痛感した。
だが、父はまさか自分の体を捧げてまで繋ぎ止めろとまで思っていたなんて。
言葉を紡げず固まっていると、再びアーサーは大きなため息をついて机をバンと叩いた。
「いいか、婚約破棄をされた娘など誰も嫁に取りたがらん。良くてせいぜい年老いた金持ちの後妻か妾だ。だが高貴なる我がランバート家の娘にそんな低俗な婚姻は許さん。そこでジュリアン殿下から、ご提案を頂いた」
「…殿下から?」
「お前をランバート家の籍から抜き、ヒューゲル伯爵家の養子とする」
そこまで徹底的に、自分を排除しようとするのか。
もはやジュリアンからは、自分への憎悪すら受け取れる。アニスは思わずドレスの裾を握りしめた。
ヒューゲル伯爵家は、アニスの母の実家だ。
アニスの母の兄、つまりアニスの伯父が伯爵家を継いでいたが流行病で急死し、アニスの祖父に当たる人が再び現在の伯爵家を担っている。
ヒューゲル家の養子ということは、祖父母の養子になるということ。
元々アニスの母は実家と折り合いが悪く、アニスがヒューゲル家に訪れたのは物心もついていない幼い頃の一度きりだ。
顔も覚えていない、しかも王族に婚約破棄された孫娘を突然押し付けられることを、ヒューゲル家は果たして了承するのだろうか。
「何か言いたそうだな」
ジロリと睨めつけるアーサー。何にせよ自分の進退に関わることなのだから聞くしかないだろうと、アニスは口を開く。
「おじい様たちは、私を養子にすることを承諾してくれるのでしょうか」
「フン、渡りに船だろうさ」
「……何故、そう思われるのですか」
「ヒューゲル家は跡継ぎを失って親戚筋から養子を取ろうとしたらしいが、どこからも断られたそうでな。お前が行けば跡継ぎに恵まれる」
「…ですが、私は婚約破棄された身です。しかも養子で…ヒューゲル家に行っても婿を取ることは難しいのでは」
「だが、お前は女だ」
「…?」
意味がわからず父の顔を見つめるアニスに、アーサーは苛立ち、冷たく言い放つ。
「結婚などせずとも、子は産めるだろうが」
話は終わったとばかりにアーサーはドカッと執務用の椅子に座り書類を眺め始めた。
室内に控えていた執事に促され、アニスは執務室を出る。
廊下を歩き、自分の部屋に入る。その際、侍女にこちらが呼ぶまで誰も部屋に入らないよう伝えた。
扉を閉め、一人になる。
「……っ…うぅ……」
はらはらと、抑えていた涙が幾重も流れ落ちる。
パーティーでの出来事から今まで、ずっと目の奥が熱かった。それでも自分は淑女として、背筋を伸ばして運命を受け入れようとしていた。
ヒューゲル家の世継ぎを産むための養子になる。その役目には結婚すら必要ないと。
元婚約者のジュリアンも、父アーサーも、自分に対してここまでの事を出来るのかと、絶望した。
声を殺して泣くはずだったが、一度漏れた嗚咽は止まらない。
その夜、アニスは長い時を泣いて過ごした。
続




