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2.さよなら囁き令嬢

あぁ、そういうことだったのね。


アニスは声なく呟いた。


視線の先にいるのは得意気な顔をしたジュリアンと、彼にエスコートされている美しい令嬢。

イザベラ・ブルグント。

アニスの家と同じく侯爵家の娘だ。聡明で社交的な彼女は、今は他国に留学中の筈。


仲睦まじい様子の二人の登場に、パーティー会場内はシン…と静まり返る。


今日は、ジュリアンの学園卒業祝いと、これから王子として公務に励んでいく抱負を宣言する為のパーティーだ。

他国の貴族や王族や政治家も招待していて、改めて諸外国への顔見せという側面もある。


そんな場に女性を伴って現れれば、自然と『これから共に公務に出向く未来の妻』であると誰もが思うだろう。


衝撃ではあった。だが、やっとアニスは納得した。

これがジュリアンの冷たい態度、自分と二人きりになりたがらない理由だったのかと。


数多いたジュリアンの婚約者候補の中で、最後まで候補に残ったのがアニスとイザベラだった。うちが競り勝った、と婚約が確定した後に父が嬉しそうにしていたことをアニスは思い出す。


「アニス・ランバート!今日限りでお前との婚約を破棄する!」


うっすら笑みすら浮かべ、ジュリアンは言い放った。イザベラは扇で口元を隠しているものの、目元は弧を描いている。


「私とイザベラは幼なじみだ。お前はそんなイザベラに嫉妬し、ありとあらゆる嫌がらせを長年続けてきた!」


無論、身に覚えがない。だが何を言っても、正義を振り翳しているつもりの彼らに声は届かないだろう。

イザベラは涙を堪えるようにフッと顔を伏せる。そんなイザベラの肩をジュリアンは力強く抱きしめた。


アニスは、静観することに決めた。


「そしてあろうことか貴様は、婚約が確定的になる今日このパーティーにイザベラを出席させないよう、イザベラを留学させるように仕向けた!どこまでも、姑息な女だ!」


留学させるよう仕向ける?どうやってそんな事を…と呆れて視線を周りに移したとき、ふと自分の父であるアーサー・ランバートと目が合う。

視界の端にずっと映っていた、衝撃の展開に驚いた様子の父だったが、アニスと目が合うと気まずそうに視線を逸らした。


「(それは貴方の仕業でしたか)」


アニスが婚約者となった後も、ブルグント家を目の敵にしていた父だ。

大々的に婚約者であることを披露する今日この日まで、気は抜けないと思っていたのだろう。


上位貴族となれば様々な場所に寄付をする。学園も例外ではないので、ランバート家は多額の献金でそう差し向けたに違いない。

イザベラは語学の成績が良かった。勿論留学したいかどうかは本人の意思が重要だが、学園側から優秀なのでより知識を磨く為に留学するよう指名されると基本的に断れない。


「(それも私のせいにするのね)」


スウ、と心が冷えていく。

ジュリアンに情はなかったが、婚約者としてこれまで頑張ってきた自分の努力は無駄だったと思うと、酷く投げやりな気持ちになった。


「言い訳しても無駄だぞ。婚約破棄は覆らない。お前の所業は勿論だが、何よりも」


ジュリアンはイザベラに笑顔を向ける。慈愛に満ちた優しい眼差しだ。

それに応えるようにイザベラも微笑む。そっと左手を、自分のお腹に当てながら。


「イザベラが妊娠していることがわかった。無論私の子だ」


途端に場内がざわめき立つ。


昔は結婚前の若い男女が性行為を行うことはふしだらとされていたが、幼い頃に決められた婚約者と年頃になっても行為を許されない男たちは、隠れて外で欲を発散することが当たり前になっていた。

上手に遊べる男ばかりならいいが、中には一夜限りの相手を孕ませてしまったり、そうではなくとも病気をうつされてしまったりと修羅場になる事案も多々あった為、年頃になれば婚約者同士ならば性行為を行っていいという風潮が徐々に現れ出した。

つまり若い貴族子女が婚約期間に妊娠する事自体はそう珍しいことではないが、公表のタイミングは基本的に婚姻後だ。

大抵、妊娠が発覚すると周囲に情報が漏れる前に直ぐさま婚姻を整える。無事婚姻が済むと、それから『実はおめでたい報告がもう一つ…』と付け加えるのが定石。

下世話な人間は逆算して成程と顎を撫でるが婚姻した後なら誰も言及はしない。


とはいえ、ジュリアンは王族。それも妊娠させてしまった側だ。

婚約期間の妊娠が黙認され始めているとはいえ王族が婚姻前に妊娠させる、しかもそれを公表するというのは、あまりにも危機感がない。


もし、イザベラの胎にいるのがジュリアンの子ではなかったとしたら。


さすがに静観を決めていたアニスも口があんぐりと開いてしまった。


「私はイザベラと、この新しい命を守らねばならない。わかるなアニス?抵抗は無駄だ」


元より抵抗するつもりはないが、態々そう言われると少々腹が立つ。


尚も場内はざわめき立っている。アニスはゆっくり周囲を見渡した。

どういうことだと通訳に迫る他国の人々、驚きヒソヒソと話し合う貴族たち。

勝利の笑みと言わんばかりに胸を張っているイザベラの父であるブルグント卿。

そんなブルグント卿を睨み付ける父、アーサー。

遠く見える玉座には、泰然と行く末を見守る国王と、大きく目を見開いたまま硬直している王妃。


アニスは小さく咳払いをして背筋を伸ばし、ついとドレスに指を滑らせ摘むと、完璧なカーテシーを見せつけた。


「畏まりました、殿下」


衝撃的な出来事ではあったが、アニスにとっては朗報と言ってもいい。


誰にも何にも報われないのに努力ばかり繰り返す日々が終わるのだ。

どんな結末になろうと、こんな不毛な日々をもう送らずに済むのだ。


もうジュリアンの為に、何一つ囁かなくていいのだ。



続

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