16.セーフティーラビリンス
執務室へ通され、腰掛けると同時にレギオンが言った。
「まずはジーク。うちの娘とはどういう関係なのかな?」
尋問のような口調にジークは首と手をブンブン横に振る。
「関係も何も今日が初対面で!お嬢様がうちのギルドに面接にきて」
「それで何故、追いかけてきたのかな」
「…そ、それは〜……」
ちら、とジークがアニスを見る。
上手く言って誤魔化して欲しいのだろう。確かに立場的に、ダンジョン運営も兼ねるギルドとなれば、この街を統治するレギオンと上手くやらなければすぐに商売が出来なくなるだろう。
とはいえ、レギオンに対して嘘はつきたくないし、またジークを庇う義理は今のアニスにはなかった。
「こちらのギルド長に働きたい旨を申した所、貴族の職業体験に付き合ってる暇はないと、ほぼ門前払いを受けました。そして後から、恐らくですが私の素性を知って慌てて追いかけてきたのではないかと」
「ほぉ、それは興味深いな?ジーク」
わざとらしい笑みを向けるレギオンにジークは大量の冷や汗を流す。
アニスの言葉を全て聞き終わる前にジークが「あんまりだ」という顔をしていたのが可笑しかったので、溜飲は下がった。
「ですがおじい様、貴族の子女が興味本位で市井で働こうとするのはよくある話です。ギルド長の元には以前、そういった者たちが来たことがあったのでしょう。であれば、先触れもなく訪れ、最初に名乗らなかった私を訝しんでも仕方の無いことかと」
庇うようにアニスが言うと、ジークの顔に明らかに安堵の色が浮かんで見える。何とも、考えていることが全て顔に出る男だ。
ふむ、とレギオンは頷いた。
「ジークが少々荒っぽいのは知っているからね。まぁ、今回は大目に見よう」
「あ、ありがとうございます」
「さて……では次にアニスだが」
緊張でいつも以上に背筋がピンと伸びる。
「おじい様、まさか歌もミューズ・ボイスへ変換されるとはつい先程まで気付かなかったのです」
「…ミューズ・ボイス…?」
つい先走って発言したアニスの言葉に首を傾げるジーク。
しまった、と思わず口をおさえるアニスにレギオンがため息をつく。
ミューズ・ボイスはその希少さは勿論だが、言葉だけで他人の精神性まで操れる、ともすれば悪用しようと考える輩が出てきてもおかしくはない魔法だ。
その為、家族以外に自分の力を開示することは決してないよう約束していた。
「アニス、軽率すぎるよ」
「ご、ごめんなさい」
「とは言え…君が働くという話を聞いた時から、ジークを紹介しようとは思っていたんだ」
「えっ?」
これにはアニスだけでなくジークも驚く。
レギオンは執務机の引き出しから何やら分厚い紙の束を取り出し、アニスに渡した。
パラパラと捲ると、新しい事業を始める際のプレゼン資料だとわかった。
「これは、事業計画書…?」
「彼がギルドを設立するにあたって、出資したんだがね。『初心者向けダンジョン』のページをご覧」
成程、ジークが大きな体を縮めて焦る訳だ。自分のギルドがある街の領主であり、そしてギルドへの出資者。一番怒らせたくない人だろう。
アニスは指定されたページをめくる。
『初心者狩りから、若者を守る為に』
アニスは冒頭の言葉にドキッとした。
初心者狩りーーー低級魔獣ばかりが出現する所謂初心者向けのダンジョンに、誰かが意図的に特級魔獣の卵を孵化が可能な状況下に放置し、何も知らず潜った初心者の冒険者が特級魔獣に襲われ命を落とすーーーという、一時期かなり話題になった悪質な事件だ。
ただ、低級魔獣ばかりのダンジョンでも、まれに突然変異体として異常なレベルの魔獣が現れることがある。その為、初心者向けダンジョンで魔獣に襲われ命を落とした、というのは一見すると不幸な事故。
それが『誰かが意図的に引き起こした事件』として発覚したのは、同時多発的に世界各地のダンジョンで起こったから、であった。
一斉に捜査が行われ、各地で犯人が捕縛された。その犯人たちは「卵を置いたことは覚えているが、何故そんなことをしたのか分からない」といった内容を話しており、恐らく高位魔法で操られた組織的なテロと見做された。
『ーーーその悲劇を繰り返さないため、ダンジョンを人の手で管理、運営する。正式呼称”セーフティーラビリンス”ーーー』
「……セーフティーラビリンスには、現在地を教える固定アナウンスを各所に設置。希望者には別途料金で誘導アナウンスをリアルタイムで行う天の声を採用する。天の声は危険を避けその冒険者に合った場所へと導く命綱のようなもの…」
思わずアニスは文章を声に出して読む。
「そう。君にピッタリだろう?」
レギオンは柔らかく微笑んだ。
続




