10.最初の綻び(ジュリアン視点)
一体、何がどうなってる。
バルツァー国主催の外交夜会の会場の真ん中で、ジュリアンは混乱に陥っていた。
ーーーイザベラを伴い会場入りすると自然と注目が集まり人の波が割れる。
満足気に会場内を練り歩きながら軽く挨拶をしていると、敵対視している兄で第一王子のオーウェンが目に付いた。ノーター国王太子の名代であるラザナス卿とにこやかに話している。
「(ハッ、相変わらず地味な頭だ。第一王子の肩書きがなければ、そこいらの平民と区別が付かないな)」
オーウェンはバルツァー王家特有のピンクブロンドを受け継いでおらず、平民にも多い暗いブラウンの髪をしている。ジュリアンはとにかく、オーウェンの髪色を見下していた。
「(友好国であるノーター国に随分と必死になって媚びを売ってるな。やれやれ…俺が格の違いというのを見せてやるか)」
そうして、オーウェンとラザナス卿の元へ堂々とした足取りで向かったジュリアンだったがーーー。
「(何故思い出せない!?事前にノーター国の宗教観から国民性、現情勢や特筆すべき地方の出来事をイザベラから聞いていたはずなのに)」
焦って言葉を紡げば紡ぐだけ、目の前にいるラザナス卿の顔が険しくなっていく。
同行しているイザベラが、青い顔で横から扇で口元を隠しながら何か囁いてくるが、脳内に言葉として届かない。
先にラザナス卿と話していたオーウェンは最初こそ静観していたものの、やがて呆れた顔でこちらを見ずにラザナス卿を連れてどこかへ行こうとする。
慌ててジュリアンは追い縋るように声をあげた。
「お、お待ちください!まだ話は」
「申し訳ありません、ラザナス卿。弟は体調がすぐれない中で出席しておりまして…此度の無礼、私の顔に免じてお許しください」
「なっ……」
よりにもよってオーウェンに庇われるようなことを言われ、ジュリアンは屈辱で言葉を失う。
ジュリアンがわなわなと震えている間にラザナス卿はオーウェンと共に会場を後にした。
ふと気付くと、会場内の視線が自分に集中しており、所々でヒソヒソと囁き合う声が聞こえる。
「…ッ行くぞ!イザベラ!」
「は、はい!」
羞恥も手伝い、ジュリアンは走り抜けるように会場の出口へ向かった。
「あの、殿下…!一体なぜあのようなことを!?」
回廊に入って二人だけになるとイザベラが困惑しきった顔で言った。
自分でも納得いかない展開だったというのにイザベラから問われ、苛立ちが増幅する。
そうだ、元はと言えばイザベラが。
「お前のせいだ!」
「えっ!?」
「そうだ、お前が私に与えた情報はやけに私見が多かった!そのせいで私は混乱して…!」
「な、何を言って……そもそも最初に、殿下がラザナス様に手のひらを向けたのが原因なのですよ?」
「…は?手のひら?」
ジュリアンはぽかんとする。たかがそんなことで相手は激怒したというのか?
「ノーター国では相手に手のひらを見せることは『これ以上近づくな』または『自分は近づきたくない』という意思表示です。例外的に王族が民に手のひらを向けることがあり、それは『尊ぶべき存在から下位の者』への挨拶です。今回殿下は手のひらを見せながらラザナス様へお近付きになったので、恐らく後者の意味に取られたのかと」
「は、何だそれは。仮にそう受け取られていたとしても合っているだろう!私は王族で相手は貴族だ!」
「…確かにラザナス様は伯爵様です。しかし、今回は王太子の名代としてお越しになられてます。つまり『ノーター国王太子の代理』です」
「……なんだと?」
王太子。つまり次の国王になる王子。
同じ王子という立場ではあるが、王位を賜る予定の王子を下に見た、と受け取られたのであれば…。
押し黙るジュリアンにイザベラは段々と冷めた目になっていくが、ジュリアンは気付かない。
「…まだございます。ノーター国では雨季に思うような雨量が見込めず、今は大規模な水不足に陥っております。そんな状況の国の名代様に殿下は『晴天が多い貴国は羨ましい』と仰られました」
「な……」
「我が国からノーター国へ支援をすべきと議会が動いている最中、殿下の言葉は『支援などしない』と取られても仕方ありません」
「………」
「……どれも昨日、私が申し上げたことです。私見も確かに申し上げましたが、殿下の発言とは何ら関係が」
イザベラは最後まで言葉を発することを許されなかった。
「……ッ!」
ドン、と激しい衝撃を胸元に受けたイザベラは床に尻もちをつく。呆然としながら目の前の、殴るように自分を突き飛ばしたジュリアンを見上げた。
肩を震わせるジュリアンの顔は怒りで真っ赤に染まり、欠けそうなほど歯を食いしばっている。
思わず息を飲むイザベラに、低い声音でジュリアンは言った。
「やはりお前が悪い」
「……!」
「お前が余計なことを言わず必要なことだけ話していれば、混乱せず冷静に話が出来た。お前のせいだ。お前が悪い」
「………」
「フン、所詮は父に婚約者と認められなかった女か。せめてあの囁き令嬢くらい仔細な情報を持ってこい」
そのまま、イザベラを起こすことなくジュリアンは立ち去った。
残されたイザベラはただ唖然と、その背を見送る。
「(…自分の子を妊娠した婚約者を突き飛ばすなんて)」
妊娠していることは嘘だが、ジュリアンは真実だと思っている。だというのに、乱暴を働いたジュリアンにイザベラは信じられない思いだった。
壁に手をついて立ち上がると、倒れた際に捻ったのか足首が痛む。
ズキズキとした鈍痛に顔を顰めながら、段々と、沸々と、怒りが湧き上がって来た。
「(何にも知りもしないで、何が父に認められなかった女よ。こっちが譲ってやったのよ!屈辱だわ。私があんな陰気な女より劣っているような言い方…!!)」
許せないやり場のない怒りを胸に抱き、壁に体を預けながらイザベラはその場を後にした。
続




