第八十七話 『キャラクター一覧を更新します』
「キャラクター一覧を更新します」
朝食の途中で日記帳を開くと、最初からそんな文字が浮かんでいた。
「また増えるのか……」
「何が?」
リサが聞いてきた。
「いや、こっちの話」
「最近そればっかりね」
目の前では、いつものように女将がパンを切っている。リサ、セリア、ミレア、クラリッサもいる。マルタはまた遠征中。サラは神殿と森を行き来している。そしてエリナはいまだに見つかっていない。
俺の生活圏だけでも十分多い。
でも。
世界のあちこちでは、それとは別のストーリーまで増えている。
日記帳に、新しい文字が現れた。
『今後のストーリー展開を検討するため、キャラクター情報を整理します。』
『人物一覧。』
そこから先は、名前ごとに情報がまとめられていた。
『ルーク。
成人男性。
農村出身。
前世は日本人会社員。
日記帳の記載を物語情報として認識する唯一の人物。
戦闘能力は低い。
複数の成人女性と親密な関係を持つ。
本人の希望とは無関係に、複数の独立したストーリーとの接続点になりやすい。
各地で発生する事件を、読者が継続して観測するための中心人物。』
「戦闘能力低いは毎回書く必要ある?」
『女将。
成人女性。
パン屋経営者。
長期間ルークを倅に近い存在として生活へ組み込んできた。
現在はルークの恋人。
共同生活期間が長く、食事、仕事、衣服、体調、生活時間まで把握。
主人公の日常生活へ最も深く入り込んでいる女性。
ルークとの将来的な家族形成を希望。
パン屋の経営能力は高く、現在も安定して営業を継続。
恋人関係成立後、性的羞恥、衛生的境界、他女性への配慮など一部の社会的倫理観が大きく低下。
ただし日常生活能力、経営能力、他者への基本的な善意は維持。
主人公の日常生活を維持する中心人物。』
「ルーク。冷める前に食べな」
「はい」
「返事だけじゃなく口も動かす」
「読んでるんだけど」
「知らないよ」
俺はパンを齧りながら続きを見る。
『リサ。
成人女性。
魔術師。
戦闘および魔術能力は高い。
スライムに関する強い恐怖と過剰反応を保持。
主人公との親密関係は継続。
以前より単独行動が増加。
ギルド、魔術関連調査、物資購入等を一人で行う機会が増えている。
主人公以外の生活領域を拡大中。
独立した魔術ストーリーへの移行が可能。』
『セリア。
成人女性。
剣士。
冒険者歴九年。
六人パーティー唯一の生存者。
仲間五名を失った経験を持つ。
現在は自身の意思で仕事、生活、対人関係を選択。
主人公との親密関係は継続。
外見上の精神状態は安定。
過去の喪失を抱えたまま、冒険者として生活を継続。』
『ミレア。
成人女性。
冒険者。
過去に重傷を負い、三肢を魔導義肢へ置換。
魔導義肢を用いた日常生活へ適応。
社会復帰済み。
パン屋での生活にも馴染んでいる。
主人公への信頼は高い。
主人公との親密関係は継続。
以前より表情が柔らかくなり、子供を含む周囲との交流も増加。』
『マルタ。
成人女性。
護衛経験を持つ戦士。
巨人に捕獲され、長期間その身体へ肉鎧として括り付けられた。
救助隊によって救出。
救出時には骨折、刺傷、その他多数の負傷あり。
救出後も主人公たちとの関係を維持。
町にいる間はパン屋で従来に近い生活を送る。
パン屋の仕事や町の防衛依頼にも参加。
遠方への長期外出が増加。
数日から数週間、場合によってはさらに長期間不在となる。
それでも定期的にパン屋へ帰還。
主人公との親密関係は継続。』
そこまで読んで。
少し待った。
でも。
死体漁りという単語は出なかった。
『エリナ。
成人女性。
魔導具設計補助。
魔導機械に関する知識を持つ。
魔導機械事故発生後、行方不明。
事故現場では本人が巻き込まれた形跡あり。
遺体は発見されていない。
現在も所在不明。
再登場形式についてストーリーを継続検討中。』
「普通に帰ってきてくれよ……」
『サラ。
成人女性。
薬師および採集者。
希少植物、薬草、薬物に関する知識を持つ。
行方不明後、人間を苗床とする未知の麻薬植物との共生状態で発見。
植物の根と身体が恒久的に融合。
植物だけを除去することは困難。
当初は植物由来の強い幸福感によって意識状態が不安定。
現在は意識が明瞭化。
本人と植物の境界認識は曖昧化。
植物の感覚、欲求、繁殖傾向を自身の感覚として認識するようになっている。
森に植物群を育成。
薬師として植物の性質を調査しながら生活を継続。
主人公との親密関係も継続。』
『クラリッサ。
成人女性。
元商会勤務。
会計、帳簿、契約、在庫管理、家事能力が高い。
王都到着直後に所持品を失い、パン屋へ一時滞在。
そのままパン屋の運営へ自然に参加。
現在は生活圏内へ安定して定着。
主人公との親密関係は継続。
社会制度、信用、契約、所有、身分等を利用したストーリーへの適性あり。』
ここまでが最近一緒にいる女たち。
でも。
一覧はまだ続いた。
『エルナ・ヴェイス。
二十八歳。
成人女性。
冒険者歴十一年。
前衛職。
オーク襲撃によって仲間三名が死亡。
一名が逃走。
本人は連れ去られ、一年以上行方不明となった。
拘束期間中に複数回の妊娠と出産を経験。
救出後、人間社会へ復帰。
長期行方不明によって戸籍上死亡扱いとなっていた期間あり。
家族との関係は良好。
人間社会復帰後、身体や過去に関する偏見と噂を経験。
冒険者としての活動も一時再開。
その後、自身の意思で人間社会から離れた。
現在の所在は不明。
本人の自己決定、身体、母性、人間社会との距離を扱うストーリーを保持。』
「エルナも一覧には残ってるんだな……」
『カーナ。
三十歳前後。
成人女性。
元魔術研究関係者。
事故によって魔力器官を損傷。
黒い石を利用した人体への魔力移送実験に参加。
魔力機能の回復に成功。
その後、複数の魔物由来形質を身体へ定着。
再生能力。
代謝能力。
嗅覚。
聴覚。
夜間視力。
環境耐性。
その他複数形質を保持。
異種由来形質の共存に拒絶反応なし。
形質は生殖機能を含む身体全体へ定着。
次世代へ複数種由来形質を継承可能な状態となった。
実験終了後は保護および補償対象。
その後、私物とともに失踪。
現在の所在は不明。』
安全な実験。
そう思っていた頃を思い出した。
『ティナ・ローヴェル。
二十六歳。
成人女性。
王都南部の地下水路および排水設備を点検する職員。
勤務歴八年。
水音や水流の異常を聞き分ける技能を持つ。
父親は死亡。
母親は存命。
二十二歳の弟がいる。
家族関係は良好。
成人男性の恋人あり。
恋人は家具職人。
交際関係は継続中。
結婚を含めた将来の生活を現実的に考えている。
仕事。
家族。
恋人。
自身の身体的自立。
普通の日常生活。
以上を重視。
地下水路で確認された異常な脈動に関するストーリーを保留中。』
「下水道の人もまだ続いてるんだ……」
俺の周りだけじゃない。
ずっと遠くで止まっていると思っていた話まで。
まだ。
残っている。
頁が変わった。
『匿名存在一覧。』
「こっちか……」
名前はある。
でも。
本当の名前なのか。
誰なのか。
そもそも人なのか。
それすら分からないものたち。
『ゴブリンの女王。
成人女性。
人間として生活していた経験を持つとみられる。
現在も人間並みの知性、記憶、社会知識を保持。
ゴブリンを中心とした共同体で生活。
ゴブリンの王とつがい関係を形成。
複数の子を持つ。
食料保存。
火の管理。
衛生。
住居。
見張り。
罠。
武器。
子育て。
以上へ人間社会由来の知識を導入。
複数の人間女性も共同体内で生活。
女性本人が相手となるゴブリンを選択する規則を形成。
嫌がる女性へ触れることを禁止。
人間社会への帰還より、現在の共同体維持を優先。
人間としての知性を失った存在ではない。
人間社会の価値観を理解したうえで、それとは異なる社会を選択した人物。』
「匿名存在なのに、かなり人間として細かいな」
『キメラの母。
巨大な混成生命体。
成人女性としての人格、記憶、判断能力を保持している可能性が高い。
現在は通常の人間とは大きく異なる身体構造を持つ。
複数種族由来の特徴を身体に保持。
複数の腕。
複数の脚。
複数の乳房。
複数の胎内器官。
その他多数の異種形質を持つとする目撃例あり。
知性と人格は保持。
異種族間の意思疎通を可能にする特殊能力あり。
異なる種族の成人雄たちと行動。
複数種族との間に子を持つ。
生まれる子供は既存種族と一致しない例が多い。
複数形質を持つ新しい種として成立する場合あり。
子供たちは急速に成長し、一部は独立して野生へ移行。
本人は子供たちを産み育てながら森林地帯を移動。
人間社会へ戻ることより、自身と子供たちに適した生存圏の形成を優先。
人間としての思考能力を保持しながら、生物としての分類そのものから逸脱した人物。』
次。
『片手だけを残す殺人鬼。
氏名不明。
年齢不明。
性別不明。
独自の善悪基準によって標的を選定。
一般社会の法律や犯罪歴は選定基準にならない。
本人が悪と判断した場合、社会的には一般人であっても対象となる。
被害者の四肢のうち一方の手のみを残す特徴あり。
被害者へ残した手のみで移動することを要求する例あり。
通常社会の倫理体系とは異なる個人的道徳を保持。
犯人像は現在も特定されていない。』
『人間オルゴール。
成人女性。
特殊な歌声を持つ。
歌声には治癒その他の有用な効果があるとされる。
歌唱能力を継続利用するため、身体を通常生活へ戻ることが困難な状態へ恒久的に変更されている。
人格は保持。
記憶は保持。
意思疎通能力は保持。
歌唱能力も保持。
生きた人間でありながら、継続使用される道具として扱われている。』
『死体漁り。
氏名不明。
年齢不明。
性別不明。
戦場。
墓地。
古戦場。
大量死発生地点。
以上の地域で出現例あり。
革、毛皮、骨、牙、角、肉等を全身へ重ねた外見。
死体を防具素材として利用。
墓を荒らし、遺骨も回収。
自身の身体も肉鎧として扱う。
呪法によって肉鎧を補修。
損傷時には周辺の生体由来組織を肉鎧へ追加し、活動を継続。
死体だけでなく、生きた肉を利用する例も確認。
複数の肉鎧型存在を従える。
追捕者が肉鎧へ組み込まれたとの証言あり。
生者を無差別に殺害することは主目的ではない。
人の死が集中した場所へ、どこからともなく現れる。
非常に高い戦闘能力を持つ。
複数回の捕縛作戦が失敗。
現在まで捕縛例なし。』
『幸せの花。
正確な生物分類は未確定。
植物個体であるか。
植物群であるか。
共生生物であるか。
広域的な繁殖ネットワークであるか。
現在も判断不能。
世界各地で自然発生的に確認。
非常に高い観賞価値を持つ美しい花。
強い幸福感を生じさせる成分を含む。
使用者の多くは労働、家事、育児、社会生活を継続可能。
依存傾向あり。
庭。
花壇。
鉢植え。
路地。
公園。
森林。
その他多数の場所で発生。
発生源は不明。
明確な流通経路も不明。
誰が最初に持ち込んだかも不明。
各地で容易に入手可能なため、犯罪組織による独占販売は成立困難。
麻薬でありながら、観賞植物として一般家庭へ定着する例も増加。
社会生活を即座に破壊しないため、排除への社会的動機は弱い。
世界規模で静かに拡散中。』
そして。
最後に。
見たことのない項目が増えた。
『触手姫。
成人女性。
氏名不明。
姫という呼称の由来は未確定。
実際の王族であるかも不明。
触手状生命体と恒久的な関係を形成。
本人の身体。
本人へ付随する触手。
周辺に生息する触手生命体。
以上の境界は不明。
本人の人格は保持。
意思疎通能力も保持。
触手生命体を本人が支配しているのか。
触手生命体に本人が寄生されているのか。
双方が共生しているのか。
本人が群体全体の中枢となっているのか。
現在の情報では判別不能。
触手生命体を伴ったまま生活しているとみられる。
新規遠隔地ストーリーの中心人物候補。』
「……誰?」
思わず声が出た。
「何が?」
リサが聞く。
「触手姫」
「何それ」
「俺が聞きたい」
日記帳へ目を戻す。
『触手姫。
キャラクター追加完了。』
「追加完了じゃないよ!」
「ルーク!」
厨房から女将が怒鳴った。
「今度は何だい!」
「知らない女が増えた!」
店が静かになった。
「……何?」
「違う!」
リサが俺を見る。
セリアも。
ミレアも。
クラリッサも。
女将まで厨房から出てきた。
「そういう意味じゃない!」
「じゃあどういう意味だい?」
「説明するともっと面倒になる!」
「もう十分面倒だよ!」
日記帳の最後に。
また文字が増えた。
『今後、各キャラクターについて個別ストーリーを継続します。』
『新規匿名存在については、既存キャラクターと重複しない特徴を優先して展開を検討します。』
『触手姫に関するストーリー展開を検討中。』
「検討しなくていい!」
閉じた。
これで。
キャラクター一覧。
終了。
俺としては。
減らしてほしかった。
でも。
一覧を見る限り。
世界は。
まだまだ。
増やすつもりらしい。




