第七十八話 肉の鎧
また、腹の中から消えた。
「……あ」
分かった。
もう何度目なのかは分からない。
孕まされる。
腹の中にいると分かるようになる。
しばらくする。
巨人が歩く。走る。戦う。転ぶ。腹から地面へ叩きつけられる。
そして。
失う。
「……また、か」
声は出た。
でも。
私を身体へ括り付けている巨人は、何の反応もしなかった。
当たり前だった。
こいつにとって。
私は。
生き物じゃない。
*
最初は。
捕虜だと思っていた。
巨人に捕まった。
服を奪われた。
逃げられなくされた。
酷い目にも遭った。
そして、孕まされた。
だから私は。
巨人に捕まった女なのだと思っていた。
違った。
少なくとも。
今の巨人にとっては。
違う。
私は巨人の腹に固定されている。
身体を広げられ、逃げられないよう何重にも括られている。巨人が前から攻撃を受ければ、一番先に私へ当たる。
盾。
鎧。
それだけ。
「おい」
呼んだこともある。
「聞こえてるだろ」
巨人は歩き続けた。
「私は生きてる」
反応しない。
「人間だ」
反応しない。
「痛いんだよ!」
何も変わらない。
私が泣こうが。
叫ぼうが。
眠っていようが。
腹の中にこいつの子がいようが。
その子を失おうが。
巨人は。
一度も。
私を確認しなかった。
鎧が泣いている。
鎧が喋っている。
そんなことを。
気にする必要なんて。
ないのだろう。
*
巨人は何度も私を孕ませた。
その意味を考えるのは、途中でやめた。
子が欲しいのか。
習性なのか。
そんなことは分からない。
ただ。
私の身体の中に何かが宿る。
それだけは。
分かった。
最初の時は。
怖かった。
二度目は。
混乱した。
三度目から。
数えるのをやめた。
どれも。
長くは残らなかった。
私は鎧だから。
巨人が戦えば。
一緒に殴られる。
巨人が走れば。
揺さぶられる。
巨人が転べば。
地面と巨体の間に挟まれる。
腹の中の命を守るために。
巨人が動きを変えたことは。
一度もない。
失うたび。
私だけが。
分かる。
「あ……」
また。
終わった。
巨人は。
そのまま歩いた。
「……そっか」
私は目を閉じた。
「お前には関係ないもんな」
初めから。
私は母親ですらない。
女ですらない。
生き物ですらない。
腹に巻き付けた。
柔らかい。
肉の鎧。
それだけだった。
*
音がした。
久しぶりに。
巨人以外の。
声。
「いたぞ!」
目を開いた。
「……」
人間。
一人。
二人。
違う。
もっといる。
武器。
鎧。
盾。
「巨人だ!」
「前衛、止めろ!」
「……人」
喉が。
上手く動かなかった。
「人だ……」
巨人が吠えた。
私の身体ごと前を向く。
そこで。
討伐隊の一人と。
目が合った。
「待て!」
男の顔が変わった。
「あれ、人間だ!」
「何!?」
「腹!」
「女が括り付けられてる!」
見つけた。
私を。
見つけた。
「……助け」
声が出ない。
「マルタ?」
誰かが。
言った。
「マルタじゃないか!?」
「……」
名前。
久しぶりに。
聞いた。
私。
マルタ。
そうだ。
マルタだ。
鎧じゃない。
「生きてる!」
「外せるか!?」
「先に巨人を止めろ!」
「でも攻撃したら女にも――」
巨人が突っ込んだ。
「散れ!」
人間たちが左右へ飛ぶ。
私は巨人の腹についたまま。
振り回される。
「マルタ!」
また。
名前。
私を。
呼んでいる。
「……やれ」
声。
小さい。
「何!?」
「やれ!」
今度は。
出た。
「私ごとやれ!」
「馬鹿言うな!」
「こいつを止めろ!」
巨人が腕を振るう。
盾を持った男が吹き飛んだ。
「早く!」
ためらえば。
人が死ぬ。
分かる。
私は護衛だった。
それくらい。
今でも。
分かる。
「攻撃しろ!」
「前衛!」
号令。
槌を持った男が走った。
巨人を狙う。
「うおおおおっ!」
振り下ろす。
巨人が身体を捻った。
狙いが。
ずれた。
「あ」
鈍器が。
私の腕へ直撃した。
音。
遅れて。
痛み。
「っ――!」
腕が。
曲がってはいけないところで。
曲がった。
「マルタ!」
「止まるな!」
叫んだ。
「止めるな!」
痛い。
痛い。
痛い。
でも。
ここで止まったら。
私の腕一本が。
何の意味もなくなる。
「やれ!」
巨人が吠える。
槍。
突き出される。
今度こそ。
巨人の腹へ。
でも。
また動いた。
「ぐっ!」
穂先が。
私の脚へ刺さった。
「ごめん!」
「謝るな!」
刺した男が。
真っ青になっている。
「巨人を見ろ!」
私は。
自分でも。
何を言ってるのかと思った。
助けに来た人間に。
もっと攻撃しろと。
言っている。
私を。
斬れ。
刺せ。
殴れ。
そうしないと。
助からない。
「前を!」
巨人の拳。
「来るぞ!」
盾。
衝突。
剣。
槍。
魔法。
何度も。
巨人へ向かう。
何度か。
私にも当たった。
「っ!」
肩。
「ぐっ……」
脇腹。
「あ゛っ!」
脚。
誰も。
私を傷つけたいわけじゃない。
分かってる。
全員。
私を助けに来た。
だからこそ。
痛かった。
巨人から受ける傷とは。
違う。
「マルタ!」
「生きてる!」
「まだ生きてるぞ!」
何度も。
確認される。
そのたび。
「生きてる!」
私も返した。
「まだ!」
巨人にとって。
私は鎧だった。
でも。
この人たちにとっては。
まだ。
マルタだった。
*
「脚を狙え!」
誰かが叫んだ。
魔法が。
巨人の膝へ当たる。
巨体が傾いた。
「来るぞ!」
倒れる。
私の側。
「っ――!」
地面。
衝撃。
息が。
消えた。
視界。
白い。
「マルタ!」
遠い。
音。
巨人が起きようとする。
「押さえろ!」
「今だ!」
槍が。
何本も。
巨人へ向かう。
剣。
斧。
槌。
叫び声。
血。
振動。
私は。
もう。
よく見えなかった。
「……まだ?」
自分でも。
誰に聞いたのか。
分からない。
「もう少しだ!」
誰かが。
答えた。
私に。
答えてくれた。
「……そっか」
嬉しかった。
巨人は。
私が何を言っても。
一度も。
答えなかった。
「じゃあ」
息を吸う。
「早く……倒せ」
「おお!」
衝撃。
一度。
二度。
三度。
そして。
巨人の身体から。
力が抜けた。
「……」
動かない。
待った。
また起きるんじゃないか。
ずっと。
そう思っていた。
「倒した!」
「巨人討伐!」
「周囲警戒!」
「女を外せ!」
足音。
たくさん。
近づく。
「マルタ!」
顔。
人間。
「分かるか!」
「……うるさい」
「生きてる!」
「だから……何回も……言っただろ」
笑おうとした。
上手く。
動かなかった。
「固定を外すぞ」
「腕が折れてる!」
「脚にも槍傷!」
「神官!」
「担架!」
人間たちが。
私を。
触る。
巨人とは。
違う。
「痛むぞ」
先に。
言う。
「ここを外す」
説明する。
「マルタ、聞こえるか?」
名前を呼ぶ。
「聞こえてる……」
少しずつ。
身体を拘束していたものが。
外されていく。
一つ。
また。
一つ。
背中が。
巨人から。
離れた。
「……」
その瞬間。
怖くなった。
ずっと嫌だったのに。
ずっと。
離れたかったのに。
あまりにも長く括り付けられていたから。
急に身体が。
どこにも固定されていない。
「大丈夫だ!」
誰かが支えた。
「落ちない!」
別の人間が。
腕を回す。
「もういい」
声。
「もう鎧じゃない」
私は。
その言葉で。
初めて。
泣いた。
「……私」
「ああ」
「マルタだよな」
「ああ」
「護衛の」
「そうだ!」
答え。
返ってくる。
「……そっか」
目を閉じる。
腕は折れている。
脚には傷がある。
身体中。
酷い。
腹の中も。
もう。
何も残っていない。
それでも。
巨人の腹から。
離れた。
「帰ろう」
誰かが言った。
私は。
小さく。
頷いた。
ようやく。
肉の鎧ではなく。
マルタとして。
運ばれていった。




