第七十七話 八人いた女たちは五人になりました
三日経っても、サラも、エリナも、マルタも帰ってこなかった。
「今日も駄目だった?」
「ああ」
朝、ギルドと衛兵詰所を回って戻った俺に、女将が聞いた。サラは神殿と衛兵が捜している。エリナは事故のあった工房をほとんど解体するほど調べた。それでも本人は見つからない。マルタは護衛組合と冒険者が森へ何度も入っているが、巨人の痕跡そのものが途中で消えていた。
死体はない。
だから死んだとは言えない。
でも、生きている証拠もなかった。
「飯食いな」
「うん」
女将が俺の前へ皿を置く。朝食の席を見れば、嫌でも分かる。少し前までここには八人の女がいた。女将、リサ、セリア、ミレア、マルタ、エリナ、サラ、クラリッサ。
今は五人だった。
女将。リサ。セリア。ミレア。クラリッサ。
三人分、静かになった。
「サラなら帰ってきたら絶対怒るわね」
リサがパンをちぎった。
「何に?」
「自分抜きで薬草の仕入れ決めたら」
「ああ」
「マルタも、セリアが勝手に訓練方法変えたら文句言いそう」
「言うだろうな」
セリアが短く答える。
ミレアは少し笑った。
「エリナは私の義手見た瞬間、また分解しようとすると思う」
「分解はさせるなよ」
「しないよ。たぶん」
全員。
帰ってくる前提で話す。
俺も。
その方がよかった。
五日目、食卓の余った椅子を壁際へ動かそうとした時だけ、クラリッサが俺を止めた。
「そのままでいいと思います」
「邪魔じゃない?」
「帰ってきた時、椅子がなくなっていたら嫌なので」
「……そうだね」
戻した。
それから誰も、三脚の椅子を片付けようとはしなかった。
*
一週間が過ぎた。
捜索は続いていた。ただ、毎日パン屋まで報告に来ていた人間が来なくなった。俺が確認へ行けば、「まだです」「引き続き捜しています」と言われる。同じ言葉を何度も聞いた。
エリナの事故現場は片付いていた。あれだけ壊れた工房なのに、エリナの遺体も持ち物も、事故後に外へ出た証言もない。
サラが向かった場所では荷物の一部だけが見つかった。それ以上は分からない。
マルタについては、最後に見た人間の証言から先へ進まなかった。
そして。
パン屋は開いていた。
「いらっしゃいませ!」
ミレアが客へ笑い、クラリッサが帳簿をつけ、女将が厨房から俺へ怒鳴る。
「ルーク! 三番棚!」
「はい!」
「返事だけじゃなく動きな!」
「今動いてる!」
セリアは依頼へ出る。リサも以前より一人で外にいることが増えた。朝からギルドへ行き、そのまま魔術師組合や道具屋へ回り、夕方になって戻る日もある。
誰かが行方不明でも。
腹は減る。
客は来る。
パンは焼ける。
皿は汚れる。
夜になれば眠くなる。
生活は止まらなかった。
それが一番気味が悪かった。
*
俺たちの関係も、そのまま続いた。
「今日はこっちで寝な」
夜、女将に言われる。
「昨日も女将の部屋だったけど」
「嫌かい?」
「嫌じゃない」
「なら決まり」
「俺の予定を俺より早く決めるのやめてくれない?」
「今さらだろ」
女将との恋人関係は、むしろ以前より深くなっていた。三人が消えたからといって、女将が急に距離を取ることはない。飯を食わせ、俺の仕事を決め、身体へ触れ、夜になれば自分のところへ呼ぶ。
リサとの関係もなくならなかった。一人でいる時間は増えたのに、帰ってきた時は以前と同じだった。
「最近、本当に一人で出ること多いな」
「そう?」
「前はもっと俺といた」
「周りにこれだけ人がいるのに?」
「そういう意味じゃなくて」
リサは少し考えてから俺を見た。
「別に離れたいわけじゃないわよ」
「うん」
「一人でできることを一人でやってるだけ」
「ならいい」
「何を心配してるの」
「三人消えたから」
それを言うと、リサはしばらく黙った。
「私は帰ってくるわよ」
「うん」
「たぶん」
「最後いらない!」
笑った。
そうやって近づいてくる。
セリアも、ミレアも、クラリッサも同じだった。あの夜から始まった俺との肉体関係は、三人が消えたからといって終わらなかった。誰も「こんな時だから」と急に距離を戻さなかった。むしろ不安な夜ほど誰かが俺のところへ来ることがあった。
特にクラリッサは、三人が消えてから一人になることを嫌がるようになった。
「今日、少しここにいてもいいですか?」
「いいよ」
「ありがとうございます」
「眠れない?」
「……少し」
新しく来た四人の中で。
残ったのは。
クラリッサ一人。
それを本人が一番分かっていた。
だから理由は聞かなかった。
*
二週間を過ぎる頃には、捜索の話をしない時間の方が長くなった。
忘れたわけじゃない。
慣れ始めただけだった。
朝食は五人の女と俺。店に出るのは女将、ミレア、クラリッサが中心。セリアは依頼。リサは好きな時間に出て、好きな時間に帰る。
夜になれば、俺と女将の関係も、リサ、セリア、ミレア、クラリッサとの関係も続いている。
生活だけ見れば。
もう。
五人で完成し始めていた。
「……嫌だな」
夜、部屋で日記帳を開いた。
そこに、サラが行方不明だとも、エリナが消えたとも、マルタが戻っていないとも書かれてはいなかった。
日記帳は現実の報告書じゃない。
俺が知っていることを整理するための帳簿でもない。
しばらく何もなかった頁に、文字が現れた。
『長期行方不明キャラクターの扱いについて検討します。』
「……」
『早期帰還。』
『捜索による救出。』
『自力帰還。』
『長期間経過後の再登場。』
『別ストーリー内での先行描写。』
『主人公が存在を知らない状態で物語を進行。』
候補。
並べているだけ。
誰がどこにいる。
何をされた。
そんな説明はない。
『再登場時に、失踪前との明確な差異が存在する場合、読者への驚き――大。』
「……」
次。
『三名を同時に帰還させる場合――比較による個性の希薄化が発生する可能性。』
『個別帰還――各キャラクターへ一話以上を使用可能。』
『帰還順によって、残る行方不明者への期待および不安を維持可能。』
AIが。
考えている。
三人を助ける方法じゃない。
面白く。
再登場させる方法を。
「帰すつもりはあるんだな」
もちろん。
返事はない。
さらに文字が増えた。
『現段階では、行方不明状態を維持する構成が有効。』
「……」
俺は日記帳を閉じた。
その文章は。
三人が生きているとも。
死んでいるとも。
言っていない。
ただ。
物語として。
まだ戻さない方が面白い。
それだけを。
検討していた。
「ルーク!」
階下から女将。
「何!」
「皆待ってるよ!」
「今行く!」
下りる。
食卓には女将、リサ、セリア、ミレア、クラリッサ。
五人。
三つの椅子は。
まだ壁際に残してある。
「遅い」
リサが言う。
「ごめん」
「座りな」
女将が俺の皿を置く。
「うん」
座る。
五人で食べる夕飯が。
もう。
珍しくなくなっていた。
八人いた女たちは。
五人になった。
それでも俺たちは食べて、働いて、眠って、身体を重ねる。
三人だけが。
そこから。
抜け落ちたままだった。
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