第七十六話 三人が行方不明になりました
「サラが戻ってない?」
最初の連絡が来たのは、昼を少し過ぎた頃だった。
神殿の薬師がパン屋へ駆け込んできた。
「はい。例の薬草を確認した後、近くも見てくると言って出たんですが、それきりです」
「いつから?」
「二時間以上前です。途中までは神殿の者も一緒でした。ただ、サラさんが『この先は知ってる』と」
「衛兵には?」
「もう連絡しました。神殿からも人を出しています」
「何か分かったら、すぐ教えてください」
「はい」
薬師が出ていく。
俺は閉まった扉を見た。
サラは採集に慣れている。知らない土地へふらふら入って迷うような人間でもない。それでも二時間なら、まだ何かを調べているだけかもしれない。
「大丈夫だよ」
ミレアが言った。
「うん」
そう答えた。
でも、朝から胸に引っ掛かっていた嫌な感じは消えなかった。
一時間も経たないうちに、二人目が来た。
「エリナさん、戻っていませんか!」
工房の若い職人だった。服は煤まみれで、額には包帯が巻かれている。
「戻ってない。何があった?」
「第三工房で事故がありました。主機の一部が破損して、建物も崩れました」
「エリナは?」
「分かりません」
「分からない?」
「事故の直前まで中にいたのは確認されています。でも避難した人間を数えたら、エリナさんだけいませんでした」
「中は探した?」
「今も探しています。瓦礫も全部。ただ……」
「遺体は?」
「見つかってません」
死んでいるとは決まっていない。
でも、生きて外へ出た姿を見た者もいない。
「事故の後にどこかへ行った可能性は?」
「それも調べています。ただ、本人の荷物は工房に残ったままです」
「……分かった」
「何か分かればすぐ来ます」
職人が頭を下げ、走っていった。
店が静かになった。
女将も、セリアも、リサも、誰もすぐには口を開かなかった。
「二人」
俺が言った。
サラ。
エリナ。
朝には二人ともここにいた。
飯を食っていた。
普通に喋っていた。
「マルタは?」
セリアが立ち上がった。
「まだ戻ってない」
「北門へ行ってくる」
「俺も行く」
「ルークはここにいろ」
「でも」
「ここへ連絡が来てる。誰かは残った方がいい」
言われて止まった。
確かに、今までの二件ともパン屋へ人が来た。
「……分かった」
「見てくるだけだ」
「気をつけて」
「ああ」
セリアが出ていった。
そこからは。
待つしかなかった。
サラから連絡はない。
エリナも見つからない。
時計だけが進む。
夕方。
三人目が来た。
護衛組合の男だった。
「ルークというのは?」
「俺です」
「マルタの知り合いだな」
「はい」
男の顔を見た瞬間に分かった。
良い知らせじゃない。
「北方の捜索隊が一度戻った」
「マルタは?」
「戻ってない」
「……」
「巨人らしい痕跡と、襲われた商隊の残骸は見つかった。だがマルタはいなかった。遺体もない」
「最後に見た人は?」
「いる。森の奥へ向かったところまでだ」
「一人で?」
「連れ去られた人間がいる可能性があった。それを追ったらしい」
マルタなら。
行く。
そういう人だ。
「捜索は続ける。夜は人数を減らすが、朝には増員する」
「お願いします」
「ああ」
男が出ていく。
三人。
サラ。
エリナ。
マルタ。
全員。
今日の朝まで。
普通にいた。
「……」
女将が俺の肩へ手を置いた。
何も言わなかった。
俺も何も言わず、机へ行った。
日記帳を開く。
『サラ――所在不明。』
『エリナ――所在不明。』
『マルタ――所在不明。』
それだけだった。
「……それだけかよ」
何が起きたのか。
どこにいるのか。
生きているのか。
何も書かれない。
俺は日記帳を閉じた。
朝には四人ともいた。
今。
残っているのはクラリッサだけだった。
まだ。
一日は終わっていなかった。
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