第七十五話 『二軍キャラクターのキャラクター性を向上させます。』
『二軍キャラクターのキャラクター性を向上させます。』
「……二軍?」
朝、日記帳を開いた瞬間に嫌な文字が出た。
『対象。マルタ。エリナ。サラ。クラリッサ。』
四人とも、もうパン屋ではすっかり見慣れた顔になっている。マルタはセリアと剣の話をし、エリナはミレアの魔導義肢を調べ、サラはリサと薬草の話をし、クラリッサは女将と帳簿を片付ける。俺との関係も変わった。それでも日記の中では、まだ「二軍」らしい。
『四名。主人公生活圏への定着――成功。主人公との親密関係――成立。既存主要人物との友好関係――成立。日常会話への参加頻度――高。』
『一方。固有ストーリー強度――不足。不可逆的経験――不足。読者が一名ずつ識別するための象徴的特徴――不足。』
嫌な単語ばかりだった。
『現状を継続した場合。主人公周辺で食事、仕事、雑談および恋愛行動を行う補助女性キャラクターとして固定される可能性――高。』
『分類――二軍。』
『改善を実施します。』
俺は日記帳を閉じかけた。
まだ続いた。
『過去アクセス推移を参照。』
『平穏な日常状態から短期間で重大な危機へ移行した区間――アクセス上昇傾向。』
『既存女性キャラクターが、死亡ではなく生存したまま不可逆的な変化を受けた区間――継続読者反応良好。』
『悲劇発生までの時間が短い場合、事前予告による緊張維持が可能。』
『以上より。』
『二軍女性キャラクター四名について、悲劇的状況を一日の間に発生させます。』
「一日……」
そこだけは声が出た。
日記で一番危ないのは、短い期限だった。
一か月なら一か月分の因果が使える。一週間なら一週間。それを一日に縮めれば、必要な偶然も事件も全部今日へ押し込まれる。
『開始時刻――本日朝。』
『終了条件――四名それぞれについて、現在の人物像を明確に変化させる事件が発生すること。』
『死亡――必須ではありません。』
安心できない。
『生存した場合、事件後も継続利用可能。』
むしろそっちを狙っている。
『既存の人格、技能、職業、価値観を利用し、それぞれ異なる方向の悲劇を構成します。』
『マルタ。護衛。戦闘能力。人を守る職業意識。』
『エリナ。魔導具設計補助。機械構造への理解。』
『サラ。薬師兼採集屋。薬草、薬効、人体への知識。』
『クラリッサ。元商会勤務。帳簿、契約、社会制度、生活実務。』
『以上を悲劇発生条件へ利用可能。』
本人の長所を使う。
いつものやり方だった。
*
「今日は全員ここにいて」
朝食の席で言った。
八人が俺を見る。
「急に何?」
サラがパンをちぎった。
「今日は外に出ない。依頼もなし。買い物もなし。何か頼まれても断る」
「理由は?」
セリアに聞かれた。
「嫌な予感がする」
「いつもの?」
リサ。
「かなり強いやつ」
日記の説明はできない。それでも、俺がこういうことを言い出すのには全員だいぶ慣れていた。
マルタが腕を組む。
「私は今日、護衛組合に顔を出す予定だぞ」
「明日にして」
「受けてる依頼じゃない。できなくはない」
「お願い」
「分かった」
エリナも今日は工房へ行く予定だったが、一日くらいなら延期できるという。サラも採集は明日に回せる。クラリッサはそもそも店にいる予定だった。
いける。
全員。
ここへ置いておけばいい。
日記には「悲劇的状況を一日の間に発生」としか書いていない。事件の場所も方法も決まっていない。
だったら何もしなければいい。
今日は店を閉めてもいい。
全員で。
何もせず。
一日。
ここにいれば。
「ルーク」
女将が俺の皿へ肉を追加した。
「食いな」
「うん」
「心配しすぎだよ」
「今回は心配する」
「そうかい」
女将はそれ以上聞かなかった。
俺は時計を見た。
朝。
まだ一日は始まったばかりだった。
*
最初に来たのは、護衛組合の男だった。
「マルタはいるか!」
扉を開けた瞬間、息を切らしていた。
「いるけど今日は休み!」
「お前に聞いてない!」
「何があった?」
マルタが立つ。
「北門外。巨人らしき足跡が出た。商隊が一つ帰ってこない」
「……」
日記の文字が頭へ戻った。
『マルタ。護衛。戦闘能力。人を守る職業意識。』
「行かないで」
俺が言う。
マルタは男を見る。
「討伐隊は?」
「まだだ。確認だけでいい。巨人ならすぐ戻れ」
「行かないで」
「ルーク」
「今日は駄目」
マルタは少し黙った。
「帰ってない商隊に、知ってる奴がいる」
「……」
「確認だけして戻る」
「他の人に」
「他の護衛も出る。ただ、私も地形を知ってる」
止めたい。
でも。
人が。
帰ってこない。
「……絶対、戦わないで」
「ああ」
マルタは剣を取った。
店を出た。
一人目。
*
次は工房からだった。
「エリナさん!」
若い職人が飛び込んできた。
「第三工房の主機が止まりません!」
「何が?」
「制御環が焼けました。止めたら魔力槽が破裂するかもしれないって!」
エリナの顔が変わった。
『エリナ。魔導具設計補助。機械構造への理解。』
「駄目」
「でも」
「他の技師に任せて」
「担当技師が中に取り残されてるんです!」
エリナが立った。
「構造図は?」
「持ってきました」
紙を開く。
見た瞬間。
「これ、私が補助設計した型です」
「……」
「停止系統の癖を知ってる人が、今工房にいません」
「行かないで」
「見るだけです」
「今日それ言った人、もう一人いる」
「でも、私なら止め方が分かるかもしれません」
人が。
中にいる。
「……危なかったら戻って」
「はい」
エリナも出た。
二人目。
*
昼前。
今度は。
神殿の薬師だった。
「サラ!」
「どうしたの?」
「東地区で変な症状が出てる。笑い続けて意識がおかしくなる患者が三人。全員、同じ行商人から乾燥薬草を買ってる」
サラが立った。
『サラ。薬師兼採集屋。薬草、薬効、人体への知識。』
「サラも駄目」
「患者がいるのよ」
「他の薬師がいる」
「だから私を呼びに来たんでしょ」
神殿薬師が頷いた。
「見たことのない草が混じってる。採集屋もやってるサラなら分かるかもしれない」
「現物は?」
「神殿に隔離してある」
「私も行く」
「今日は駄目だって!」
サラが俺を見る。
「ルーク」
「……」
「患者を放っておけって言う?」
言えない。
「現物に触らないで」
「分かった」
「口にも入れない」
「当たり前でしょ」
「一人にならない」
「分かったわ」
サラも。
出ていった。
三人目。
*
昼。
残ったのはクラリッサだけだった。
「……」
「ルークさん」
「今日は絶対外出しないで」
「はい」
「誰が来ても」
「はい」
「絶対」
「分かりました」
俺は少しだけ安心した。
少なくとも。
一人。
守れる。
クラリッサは戦士でもない。技師でもない。薬師でもない。
店で帳簿を書いている。
ここから出なければ。
何も。
起こらない。
「クラリッサ」
女将が帳簿を持ってきた。
「昨日の仕入れ、ここの数字見てくれるかい」
「はい」
いつもの。
仕事。
クラリッサが帳簿を受け取る。
その時。
店へ。
三人の男が入ってきた。
「クラリッサさんですね」
「はい?」
商会の腕章。
「旧勤務先の帳簿について、確認をお願いしたい」
俺は立った。
「今日は無理です」
「ルークさん」
「駄目」
男たちは困った顔をした。
「本人に罪があるという話ではありません。むしろ逆です。以前クラリッサさんが処理した契約書類に不自然な部分が見つかりまして」
クラリッサの顔が変わる。
「どの帳簿ですか」
「第四倉庫と、南部取引先の契約です」
「……それ、私が退職直前に整理したものです」
「だから話を伺いたい」
『クラリッサ。元商会勤務。帳簿。契約。社会制度。生活実務。』
四人目。
「明日じゃ駄目ですか」
「できれば今日中に。商会だけでは処理できず、役所も入っています」
「クラリッサ」
「……」
「行かなくていい」
クラリッサは帳簿を見る。
「でも、私が処理した書類なら」
「だから」
「私が説明しないと、別の人が責任を負う可能性があります」
全員。
同じ。
自分の仕事だから。
自分なら。
誰かを助けられるから。
それで。
出ていく。
「……俺も行く」
「ルークさんは店を」
「行く」
今度は。
一人にしない。
「女将!」
「ああ。行っといで」
「ごめん!」
「夕飯までには帰りな」
「うん!」
クラリッサと一緒に店を出た。
*
歩きながら。
日記帳を開いた。
『二軍キャラクター性向上イベント――進行中。』
『対象四名。』
『各自の既存能力および価値観によって、個別事件への接続――成功。』
「……」
俺が。
全員を。
一か所に置こうとした。
それでも。
世界は。
一日の中へ。
四つ。
用意した。
『偶然による強制移動――なし。』
『本人の既存人格に基づく自発的行動――成立。』
そこが。
一番。
嫌だった。
マルタは。
人を守るから行った。
エリナは。
機械を止められるから行った。
サラは。
患者を放っておけないから行った。
クラリッサは。
他人に責任を被せたくないから行く。
日記が。
操る必要なんて。
なかった。
その人らしささえ。
分かっていれば。
事件を。
そこへ置けばいい。
『悲劇的状況発生期限――本日中。』
『現在――四名全員、個別ストーリーへ移行。』
まだ。
何も。
起きていない。
だから。
間に合う。
そう思った。
次の文字。
『過去アクセス推移を参照した構成上、事件発生のみでは不足。』
『一日以内に、読者が各人物を一文で識別可能となる程度の不可逆的特徴を付与します。』
俺は。
足を止めた。
「ルークさん?」
「……急ごう」
「はい?」
「早く終わらせて、皆を探す」
クラリッサと走り出す。
朝には。
八人。
同じ食卓にいた。
そのうち。
新しく来た四人。
今は。
全員。
別々の場所にいる。
まだ昼だった。
一日は。
半分以上。
残っている。
日記帳には。
『二軍キャラクター性を向上させます。』
最初の一文が。
そのまま。
残っていた。
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