第七十一話 知らない側ではなくなりました
『女たちが集まる。』
「嫌な予感しかしない」
朝一番。
日記帳を開いた瞬間、それだった。
『主人公と既に肉体関係のある女性たちは、肉体関係のない女性たちに対して優越感を持つ。』
「何で?」
現在。
俺とそういう関係になっている成人女性。
リサ。
そして。
女将。
二人。
『肉体関係のない女性たちが主人公と関係を持つ。』
「何でそうなるんだよ!」
「朝からうるさい!」
階下から女将。
「ごめんなさい!」
日記はそれ以上説明しなかった。
「普通、優越感持たれたからって、その解決方法そこじゃないだろ……」
俺は頭を抱えた。
*
その日の夕方。
本当に。
集まった。
「何で全員いるの?」
「夕飯だから」
ミレアが当たり前みたいに答えた。
「いや、いつもの三人なら分かるけど」
リサ。
セリア。
ミレア。
そこへ。
マルタ。
エリナ。
サラ。
クラリッサ。
女将まで入れれば成人女性八人。
俺一人。
「人数おかしくない?」
「最近ずっとこんな感じじゃない」
リサがワインを飲む。
「そうだけど」
「何か問題?」
「日記的には大問題」
「何?」
「こっちの話!」
クラリッサが料理を運んでくる。
「女将さん、これで全部です」
「ありがとよ。あんた本当に仕事早いねえ」
「お役に立てるなら」
「座って食べな」
「はい」
完全に馴染んでいる。
マルタはセリアと剣の話。
エリナはミレアの義手について。
サラはリサと薬草の値段について言い争っている。
平和。
本当に。
平和な夕食だった。
だった。
はずなのに。
「そういえば」
マルタが肉を食べながら俺を見た。
「ルークと女将って、結局どうなったんだ?」
「ぶっ!」
水を吹きそうになった。
「何で知ってるの!?」
「見てりゃ分かるだろ」
「そんなに!?」
「分かる」
セリア。
「分かります」
クラリッサ。
「分かるよ」
ミレア。
「分かりますね」
エリナ。
「むしろ隠してたの?」
サラ。
「全員!?」
女将は平然とスープを飲んでいた。
「別に隠してないよ」
「女将!」
「何だい」
「ちょっとは恥ずかしがって!」
「今更何を恥ずかしがるんだい」
「俺だけなの!?」
リサが笑った。
「まあ、女将もこっち側になったってことでしょ」
「……こっち側?」
ミレアが反応した。
俺は。
嫌な予感がした。
ものすごく。
「リサ」
「何よ」
「その言い方やめない?」
「何で?」
「日記に書いてあることが始まりそうだから」
「意味分かんない」
リサは知らない。
だから。
続けた。
「実際、分かる側と分からない側では違うでしょ」
「何が?」
エリナが聞いた。
「ルークのこと」
「リサ!」
「何よ。別に細かいこと言ってないでしょ」
「言わなくていい!」
そこで。
女将が。
「まあ」
と。
余計な援護をした。
「知ってるのと知らないのじゃ違うだろうねえ」
「女将まで!」
「何さ」
「その顔!」
「どんな顔だい」
「何か勝ってる顔!」
女将。
笑った。
リサも。
笑った。
「……」
俺は。
日記の文章を思い出した。
『優越感を持つ。』
「もう始まってる……」
*
「ちょっと待って」
ミレアが手を上げた。
「何?」
リサ。
「二人とも」
リサ。
女将。
交互に見る。
「何でそんなに余裕なの?」
「余裕?」
「そう」
ミレアが頬を膨らませた。
「なんか私たちより一段上にいるみたいな顔してる」
「そんなことないわよ」
リサ。
言いながら。
笑ってる。
「ある!」
「気のせい」
「絶対ある!」
女将まで。
「気にしすぎだよ」
余裕。
ものすごい。
「女将も!」
「何だい」
「絶対ちょっと嬉しそう!」
「そりゃ」
女将が俺を見る。
「知らないわけじゃないからねえ」
「何を!?」
「ルークがうるさい!」
「俺は被害者だろ!」
「何の?」
「この会話の!」
マルタが笑った。
「なるほどな」
「納得しないで!」
「いや、確かに二人だけ違うなと思って」
「何が?」
「ルークへの距離」
マルタ。
リサを見る。
女将を見る。
「完全に自分の男を見る距離だ」
「ぶっ!」
「分かる」
サラまで頷いた。
「女将さんなんて、さっきから自然にルークの皿へ料理足してるし」
「昔からだよ!」
「でも昔とは違うんでしょ?」
クラリッサ。
鋭い。
「……」
「ルークさん?」
「俺を見ないで!」
エリナが首を傾げた。
「じゃあ、リサさんも?」
「そうよ」
「……」
全員。
俺を見る。
「何で俺を見るの!?」
次。
女将を見る。
また。
俺。
「やめて!」
ミレアが。
じっと。
俺を見た。
「私だけじゃなかったんだ」
「何が?」
「いや」
「ミレア?」
「何でもない」
その言い方。
最近。
俺の周りで。
流行ってない?
*
「私は別に」
セリアが言った。
俺は少しだけ安心した。
「そういうことで競争する気はない」
「そうだよ!」
俺は即座に頷いた。
「セリアが正しい!」
「ただ」
「ただ?」
「リサと女将のあの顔は腹が立つ」
「セリア!?」
リサが笑った。
「気にしてるじゃない」
「気にしてない」
「じゃあいいでしょ」
「その余裕が腹立つ」
「やっぱり気にしてる」
「……」
セリアの眉が動く。
駄目だ。
完全に。
煽られている。
「やめよう!」
俺は立ち上がった。
「これ絶対ろくなことにならない!」
「座りな」
女将。
「はい」
反射で座った。
「素直」
ミレアが笑う。
「女将に逆らうの怖いんだよ!」
「恋人なのに?」
サラ。
「恋人だからって怖くなくなるわけじゃない!」
「そこは変わらないんだ」
クラリッサ。
「変わらない!」
皆。
笑う。
でも。
妙な空気。
消えない。
「じゃあ」
エリナが恐る恐る手を上げた。
「一つだけ聞いていい?」
「俺に?」
「はい」
「嫌な予感」
「ルークさんって」
少し。
躊躇。
「リサさんと女将さん以外は、そういう対象じゃないんですか?」
「……」
静かになった。
「何でそんな話になるの!?」
「だって」
エリナが困る。
「二人だけ知ってるみたいな感じなので」
「知る必要ないでしょ!」
「それはルークさんが決めること?」
「え」
止まった。
エリナ。
顔。
赤い。
でも。
引かない。
「私が知りたいって思ったら?」
「……」
今度は。
俺が。
黙る番だった。
*
「ルーク」
セリア。
「何?」
「今の自分で決めるって、前に言ったよな」
「うん」
「その考えは変わってない」
「……」
「過去の私でもない。日記がどうとかでもない。今の私が決める」
「セリア」
「私は」
俺を見る。
「嫌じゃない」
リサの笑顔が。
少し。
真面目になった。
女将も。
何も言わない。
ミレア。
次。
「私も」
「ミレア」
「助けてもらったから、とかじゃないよ」
義手。
動く。
「役に立たないと居場所がないからでもない」
「うん」
「私が」
笑う。
「そうしたい」
「……」
そこまで。
言われると。
俺も。
冗談にできなかった。
「おいおい」
マルタが苦笑する。
「なんか急に真面目になったな」
「マルタは?」
サラ。
「私に振るな」
「逃げる?」
「誰が」
マルタが俺を見る。
「私はルークと知り合ってまだ短いぞ」
「そう。それ!」
俺は救われた気がした。
「普通そうなる!」
「ただ」
「またただ!?」
「嫌いじゃない」
「……」
「面白いしな」
「理由軽くない?」
「最初なんてそんなもんだろ」
「そうかもしれないけど!」
サラ。
「私は興味ある」
「もっと軽い!」
「興味って大事よ」
「そうだけど!」
クラリッサ。
顔。
赤い。
「私は……」
「無理しなくていいからね!」
「まだ何も言ってません」
「ごめん!」
「でも」
少し。
笑う。
「ここに来てから、ルークさんには随分助けてもらいました」
「女将の方が助けてるよ」
「それはそうですけど」
女将を見る。
「女将さんと同じ人を好きになるのって、駄目ですか?」
「……」
今度は。
女将が。
黙った。
「好きなの!?」
俺だけ。
遅れた。
「そこからですか?」
「だって昨日会ったばっかりみたいな感覚なんだけど!」
「時間の感じ方が違いすぎます!」
怒られた。
エリナも。
手を上げる。
「私はさっき言いました」
「覚えてます」
「なら」
「はい」
「私も自分で決めます」
「……はい」
最後。
サラ。
「私は」
「はい」
「リサと女将の勝ち誇った顔を一回消したい」
「動機!」
リサ。
吹き出した。
「そんな理由でやめなさいよ!」
「一番煽ってた人が言う?」
「私は煽ってない!」
「顔が煽ってた」
「顔は知らないわよ!」
女将。
肩を震わせて。
笑ってる。
*
俺は。
逃げたかった。
でも。
逃げられなかった。
「全員、一回落ち着こう」
「落ち着いてる」
セリア。
「私も」
ミレア。
「面白そう」
マルタ。
「興味あります」
エリナ。
「同じ」
サラ。
「私も……」
クラリッサ。
「何で満場一致みたいになってるの!?」
リサと。
女将。
こっち側。
つまり。
すでに関係のある側。
二人は。
完全に。
傍観者の顔。
しかも。
妙に。
余裕。
「リサ!」
「何?」
「止めて!」
「何で私が?」
「女将!」
「本人たちが決めたなら、あたしが口出すことじゃないだろ」
「昨日まで嫉妬してた人!?」
「うるさい!」
怒られた。
でも。
女将は。
少しだけ。
口元が緩んでいる。
「なんか」
ミレア。
気づいた。
「まだ勝ってる顔してる」
「何がだい」
「私たちがこれからだから」
「……」
「絶対そうでしょ!」
女将。
笑った。
「さあねえ」
「腹立つ!」
「だから何で競争になるの!?」
日記。
頭。
思い出す。
『肉体関係のある女性たちは、肉体関係のない女性たちに対して優越感を持つ。』
『肉体関係のない女性たちが主人公と関係を持つ。』
「……そのまんまじゃん」
俺は。
頭を抱えた。
*
夜。
何故か。
俺の部屋。
狭い。
当たり前だ。
人数が多すぎる。
「何で全員いるの?」
「確認」
リサ。
「何を!?」
「本当に本人の意思か」
少し。
真面目だった。
「嫌なら今帰りなさい」
リサが。
一人ずつ。
見る。
「明日気まずくなる、とか考えなくていい。途中で嫌になってもやめればいい」
女将も頷いた。
「あたしもそれは同じだよ。誰かに張り合うためだけならやめな」
昼間。
あれだけ。
妙な優越感出してた二人が。
そこだけは。
ちゃんとしている。
「……」
セリア。
「帰らない」
ミレア。
「私も」
マルタ。
「同じ」
エリナ。
「はい」
サラ。
「今更帰ったら一生リサに負けた気がする」
「だからその理由やめなさい!」
「冗談よ」
笑う。
クラリッサ。
最後まで。
少し緊張していた。
「クラリッサ」
「はい」
「無理しなくていいよ」
「……」
「本当に」
「分かってます」
深く。
息。
「自分で決めました」
「そっか」
「はい」
そこで。
空気が。
変わった。
「……」
俺の方が。
緊張してきた。
「ルーク」
セリア。
「何」
「今更逃げるなよ」
「逃げたい!」
「駄目」
「何で!?」
ミレアが。
笑う。
「皆、自分で決めたから」
「それは分かったけど!」
「じゃあ」
一歩。
近づく。
「ルークも決めて」
俺は。
全員を見た。
成人。
全員。
自分で。
ここへ来た。
強制じゃない。
日記がどう書いたかなんて。
この人たちは。
知らない。
それでも。
自分で。
選んでいる。
「……分かった」
言った。
そこから先は。
俺も。
逃げなかった。
*
長い夜になった。
誰かに急かされたわけじゃない。
誰か一人だけを選んだわけでもない。
セリアは最後まで自分の意思を確認してから俺へ近づいた。
ミレアは、以前のように「求められなければ価値がない」という顔をしなかった。むしろ、自分から俺を選んだことを嬉しそうに笑った。
マルタは緊張している俺を見て笑い、逆に肩の力を抜かせた。
エリナは直前まで顔を真っ赤にしていたくせに、決めてからは妙に真っ直ぐだった。
サラは最後まで軽口を叩いた。
クラリッサだけは何度も迷った。
だから。
急がなかった。
それでも最後には。
自分から俺の手を取った。
その夜。
俺と。
まだそういう関係になっていなかった女性たちは。
全員。
それぞれの意思で。
一線を越えた。
細かいことは。
書かない。
いや。
思い出すだけで。
俺が死ぬ。
*
朝。
「……」
目を開けた。
身体。
重い。
「死ぬ……」
「生きてるじゃない」
リサ。
椅子。
余裕。
「お前……」
「何?」
「何でそんな平気なの?」
「知ってる側だから?」
「その顔!」
また。
優越感。
女将も。
朝飯を運んできた。
「ほら、食いな」
「何で女将まで元気なの!?」
「年季が違うよ」
「勝ち誇るな!」
その時。
後ろ。
「ふふ」
ミレア。
笑った。
「何?」
「別に」
ものすごく。
余裕のある顔。
セリアも。
普段と変わらない。
マルタも。
サラも。
エリナも。
クラリッサまで。
昨日までとは。
微妙に。
俺を見る目が。
違う。
「……」
リサ。
気づいた。
「何よ」
ミレア。
「何が?」
「その顔」
「どんな?」
「昨日までの私みたいな顔してる」
「気のせいじゃない?」
にこっ。
「……」
リサの眉が。
動いた。
女将。
今度は。
笑いを堪えている。
「だから」
俺は。
机へ突っ伏した。
「何で俺を中心に競争するの……」
*
日記を開いた。
『女たちが集まる。』
「集まった」
『主人公と既に肉体関係のある女性たちは、肉体関係のない女性たちに対して優越感を持つ。』
「持ってた」
『肉体関係のない女性たちが主人公と関係を持つ。』
「持った」
その下。
『関係性格差――解消。』
「何だその格差」
『主人公生活圏内主要成人女性キャラクター。』
『主人公との肉体的親密関係――全員成立。』
「一覧にするな!」
女将。
リサ。
セリア。
ミレア。
マルタ。
エリナ。
サラ。
クラリッサ。
全員。
「……」
まずい。
ものすごく。
まずい。
でも。
日記。
続く。
『複数恋愛関係への移行条件――成立。』
「待て」
『個別関係の整理を実施します。』
「待て!」
『恋人関係の複数化に伴う生活様式について検討します。』
「検討するな!」
「ルーク!」
下から。
女将。
「何!」
「朝飯!」
「今行く!」
「皆待ってるよ!」
「……皆?」
嫌な。
言葉。
階下へ行く。
八人。
全員。
いる。
「遅い」
リサ。
「寝坊?」
ミレア。
「疲れてるのか?」
マルタ。
「顔色悪いですよ」
エリナ。
「薬いる?」
サラ。
「朝食はこちらです」
クラリッサ。
「座れ」
セリア。
最後。
女将。
「ぼさっとしてないで食いな」
「……はい」
座った。
昨日までと。
同じ。
食卓。
なのに。
全然。
違う。
『主人公周辺の女性関係――安定化を開始。』
日記の最後の一文を思い出した。
「これ」
俺は。
皆を見た。
「絶対、安定って言わないやつだろ……」
「何?」
「何でもない」
八人の女が。
ほぼ同時に。
俺を見た。
もう。
逃げ場は。
なかった。
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