第七話 ダンジョン唯一の生存者
翌朝、パン屋の前に血まみれの女が置いていかれた。
「……は?」
店を開けようとして扉を押したら、何かに引っかかった。隙間から覗くと、鎧を着た女が壁にもたれかかるように座り込んでいる。いや、座っているというより、そこに転がされていた。
髪は血と泥で固まり、胸当ては半分砕けていた。右脚には太い添え木が当てられ、左肩から腕にかけて何重にも包帯が巻かれている。それでも血が滲んでいる。顔立ちは若い。俺よりは年上だろうが、二十代半ばくらいに見えた。
「女将! ちょっと来て!」
「朝っぱらから何だい――って、なんだいこれは!」
女将と二人で駆け寄ると、女が薄く目を開いた。
「……パン……」
「喋るんじゃないよ!」
「腹……減った……」
「いや、その状態で最初にそれかよ」
俺が呆れると、女はほんの少し笑った。それから気を失った。
すぐ近くに一枚の紙が落ちていた。冒険者ギルドの印が押してあり、簡単な事情が書かれている。
昨日のダンジョン事故で救出された最後の生存者。
仲間は全員死亡。
治療院は満床。
本人が昨日食べたパン屋を覚えており、どうしてもここへ行くと言い張った。
「だからって店先に置いていくなよ!」
「ギルドも余裕がないんだろうさ。中へ運ぶよ」
二人がかりで女を店の奥へ運んだ。鎧を外すと、酷さがよく分かった。脇腹は紫色に腫れ、背中には爪で抉られたような傷が何本も走っている。左肩は噛まれたのか、肉がごっそり欠けていた。治癒魔法を受けているらしく血は止まりつつあったが、それでも俺は途中で目を逸らした。
「冒険者って、こんな怪我しても生きてるのか……」
「生きてるから冒険者なんだろ」
女将は慣れた手つきで水を用意し、俺にパン粥を作らせた。
昼過ぎ、女は目を覚ました。
「……ここ、昨日の」
「パン屋だよ」
「ああ……」
女は天井を見たまま、長く息を吐いた。
「他のみんなは?」
聞かれて、俺は答えられなかった。
女将が代わりに言った。
「ギルドから、あんただけだと聞いてるよ」
女は何も言わなかった。
泣きもしなかった。
ただ天井を見たまま、右手を握った。
強く握りすぎて、爪が掌へ食い込んでいた。
「六人だった」
しばらくして女が呟いた。
「私を入れて六人。昨日の朝までは、六人だった」
そこから先は、聞かなければよかったと思った。
崩落で最初の一人が岩の下敷きになった。
助けようとしている間に魔物が来た。
二人目は首を噛み切られた。
三人目は逃げ道を作るために残った。
四人目は腹を裂かれたまま、それでもしばらく歩いていた。
最後の一人は、出口が見えたところで脚を掴まれた。
「私が手を掴んでたんだ」
女は右手を見た。
「ずっと掴んでた。でも、引っ張られて……」
その手が震えた。
「腕が抜けた」
俺は何も言えなかった。
「腕だけ残った」
昨日、ギルドの前で見た死体を思い出した。
前世でなら、こういう話も読んだことがある。
ダンジョン壊滅。
パーティー全滅。
唯一の生存者。
主人公だけが彼女を救う。
人気が出そうなヒロインの過去。
「……最悪だ」
「何が?」
「いや」
俺は首を振った。
夕方になると、ギルド職員がやってきた。
「治療院に空きが出ました。移送できます」
そう言われた女は、しばらく黙ったあと首を横に振った。
「ここがいい」
「しかし――」
「治療院は嫌だ。死にかけた奴ばっかりだろ」
「まあ、今は」
「もう呻き声は聞きたくない」
職員が困った顔をした。
女将はため息をついた。
「治るまでなら置いとくよ」
「女将?」
「二階に空いてる部屋がもう一つある。あんたも手伝いな」
俺は嫌な予感がした。
ものすごく嫌な予感がした。
「……名前は?」
女将が聞く。
「セリア」
「そうかい。じゃあセリア、勝手に死ぬんじゃないよ。死人を店に置いとく趣味はないからね」
女は初めて少し笑った。
「努力する」
その夜、俺は日記を開いた。
『第七話 ダンジョン唯一の生存者』
すでに題名が書かれている。
その下には今日起きたことが、俺が書いていない文章で簡潔に記されていた。
そして最後に、
『仲間をすべて失った女冒険者セリアは、ルークの暮らすパン屋で療養することとなった。』
「……やっぱりか」
完全に連載している。
俺はページをめくった。
次の頁にも文字があった。
『読者評価を分析。』
「読者?」
誰が読んでるんだ。
さらに文字が増えた。
『新規女性キャラクターへの関心が高いと予測されます。』
「やめろ」
『主人公との関係性を強化します。』
「やめろって」
次の一文が浮かんだ。
『第八話 同居する女冒険者』
俺は頭を抱えた。
「これ、完全にハーレム物にする気じゃねえか……」
二階から、何かが倒れる音がした。
続いてセリアの呻き声。
「くそっ!」
俺は日記を放り出して階段を駆け上がった。
そのときはまだ知らなかった。
日記が「関係性を強化する」と判断したとき、ただ仲良くさせるだけで済ませるとは限らないことを。




