第六十七話 『キャラクター一覧を更新します。』
『キャラクター一覧を更新します。』
「また?」
朝。
昨日、一日で四人も新しい女性が増えた翌日だった。
「何がまたなの?」
ミレアが胡桃パンを棚へ並べながら聞いてくる。
「人数増えたから整理するらしい」
「誰が?」
「こっちの話」
「またそれ」
ミレアが笑った。
左の魔導義手でパンを一つ持ち上げる。もう潰さない。両脚もすっかり馴染み、店の中なら以前とほとんど変わらない速度で歩いている。
その向こうでは、昨日知り合ったばかりのクラリッサが女将と帳簿を見ていた。
「ここ、銅貨二枚ずれてます」
「本当かい?」
「昨日の夕方です」
「……本当だ」
「すごい」
俺が言うと、クラリッサが少し照れた。
「前の仕事で慣れているだけです」
昨日来た人が、もう普通に店にいる。
そして。
日記。
『前回のキャラクター一覧掲載時から、登場人物、役割、身体状態、関係性および物語上の配置に大幅な変更があります。』
「大幅って言われると嫌だな」
『現時点の主要キャラクターを再整理します。』
「まあ、それは助かる」
長くなった。
本当に。
俺自身、たまに誰がどこまで何を経験したのか分からなくなる。
『なお。』
「何」
『本一覧は読者理解補助、設定矛盾防止および今後のストーリー管理に利用します。』
「最後だけ不安なんだよ」
*
『主人公。』
『ルーク。』
『成人男性。』
『農村出身。農家の三男。』
『前世――日本人男性。会社員。』
『前世において小説投稿サイトを利用し、AIを用いた小説執筆経験あり。』
『現世では長期間、自身を十六歳程度と認識していたが、教会記録により成人済みであることを確認。』
『現在――パン屋居候兼、新人冒険者。』
「新人のまま長くない?」
『戦闘能力――低。』
「聞いてない」
『特殊能力――日記帳の内容を唯一意味のある情報として認識可能。』
『物語構造に対する理解――高。』
『危機察知能力――比較的高。』
「お」
『危機回避成功率――低。』
「落とすな!」
「ルーク、うるさい!」
女将。
「ごめんなさい!」
『現在の主要目的。』
『日記帳による世界改変への対処。』
『身近な人物の生存。』
『可能な範囲で平穏な生活を維持する。』
「そう。それ」
『ただし世界全域への影響力――限定的。』
「分かってるよ」
遠くで何かが起きても。
俺には届かない。
最近。
それを。
嫌というほど思い知らされている。
*
『生活基盤。』
『女将。』
「名前、本当にずっと女将だな」
本人は厨房でパンを焼いている。
『成人女性。』
『王都でパン屋を経営。』
『ルークを「うちの倅」と呼ぶ。』
『主人公にとって疑似的な養育者。』
『主要女性キャラクター複数名へ食事、仕事、居住場所を提供。』
『戦闘職――なし。』
『魔物を鉄鍋で殴打した実績――あり。』
「また書くんだ」
『鉄鍋――健在。』
「それキャラクター情報?」
「ルーク! 何さぼってる!」
「仕事します!」
『主人公への影響力――極めて高。』
「そこだけ完全に正しい」
*
『主要女性キャラクター一。』
『リサ。』
「一って順位?」
店の隅。
本人は朝から魔術書を読んでいる。
『成人女性。』
『魔術師。』
『赤髪。黒ローブ。』
『戦闘能力――高。』
『大型変異スライム事件の生存者。』
『事件後、スライムに関連する恐怖、幻触および過剰な殲滅傾向が残存。』
『本人の意思と身体反応を明確に分離して認識可能。』
『主人公ルークへの信頼――極めて高。』
『主人公との成人同士の親密関係――成立済み。』
「そこ一覧に書く必要ある?」
『日常生活および戦闘行動の自立性――維持。』
『現在――比較的安定。』
「比較的」
『スライム遭遇時を除く。』
「やっぱり条件つくんだ」
「何ぶつぶつ言ってるの?」
リサが顔を上げた。
「何でもない」
「昨日からそればっかりじゃない?」
「もっと前からです」
「威張るな」
*
『主要女性キャラクター二。』
『セリア。』
『成人女性。二十代半ば。』
『冒険者歴九年。剣士。』
『過去、六人パーティーでダンジョンへ入り、本人以外の五名が死亡。』
『生存者罪悪感、悪夢、孤独への恐怖を経験。』
『その後、社会的存在そのものが段階的に消失する事象を経験。』
『現在は社会的認識、身体所有感、自己認識ともに回復。』
『本人による意思決定――安定。』
『戦闘能力――高。』
『主人公への信頼――高。』
『恋愛関係――未確定。』
「そこは本人が決める」
『その方針を維持。』
「……」
偶然。
偶然だ。
返事ではない。
日記は。
一方的に書いているだけ。
「ルーク」
セリアが剣の手入れをしながら俺を見る。
「何だ」
「いや、何でもない」
「今度は私が何でもないって言われた気がする」
「気のせい」
*
『主要女性キャラクター三。』
『ミレア。』
手が。
少し止まった。
本人は。
「いらっしゃいませ!」
客へ笑っている。
『成人女性。』
『元冒険者。』
『過去、ゴブリンによる性的被害を経験。』
『仲間二名死亡。』
『婚約解消。』
『その後、パン屋を生活拠点とする。』
『再度の事件により誘拐され、重大な被害を受ける。』
『両下肢および左上肢を喪失。』
『右上肢のみ生来の身体として残存。』
『魔導技師による魔導義肢を装着。』
『現在――歩行可能。』
『左義手による細作業――可能。』
『パン屋勤務――復帰済み。』
『笑顔――かわいい。』
「それ正式項目なんだな」
ミレア。
子供へ。
「これ一個おまけ」
「ほんと!?」
「女将には内緒」
「聞こえてるよ!」
「わっ!」
店の中に笑い声が上がる。
『幸福感――回復。』
『対人関係――良好。』
『主人公への信頼――高。』
『ヒロインとしての定着――完了。』
「……」
その下。
待つ。
何も。
出ない。
元婚約者の死。
片手だけ残された死体。
王都で始まった妙な事件。
何も。
ない。
日記は。
ミレアについて。
笑顔のかわいいヒロイン。
そこまでしか書かなかった。
「ルーク?」
「何?」
「また見てる」
「笑ってたから」
「何それ」
「いや。いい笑顔だなって」
「……急に言われると恥ずかしいんだけど」
ミレアが笑った。
普通に。
*
『過去主要女性キャラクター。』
「過去?」
『エルナ。』
名前を見て。
久しぶりに。
少し。
胸が重くなる。
『成人女性。二十八歳。』
『冒険者歴十一年。前衛。』
『過去、オークによる長期拘束および複数回の妊娠・出産を経験。』
『救出後、人間社会へ復帰を試みる。』
『社会的偏見、噂、再度の事件等を経て、人里から自主的に離脱。』
『その後、ゴブリン集団へ合流。』
『ゴブリンキングとの関係――本人の自由意思による。』
『人間社会の知識を用い、集団の衛生、食料保存、防衛、警戒、生活環境等を改善。』
『ゴブリン集団内での位置――実質的な女王。』
「女王……」
『現在位置――本一覧では更新しません。』
「……」
世界進捗情報は。
出さない。
そこは。
徹底している。
『主人公生活圏との直接接触――現在なし。』
『物語上の状態――遠隔地ストーリー。』
*
『遠隔地主要女性キャラクター。』
『カーナ。』
「……」
『成人女性。約三十歳。』
『元魔術師。研究関連職。』
『過去の魔道具事故により、魔力生成能力を大幅に喪失。』
『黒色未知素材を利用した魔力移送実験へ本人の意思で参加。』
『魔力移送――成功。』
『健康状態――改善。』
『外来魔力定着――成功。』
『複数種由来形質の共存――成功。』
『異種形質の次世代継承可能性――成立。』
『研究上の分類。』
『キメラ母体。』
「その呼び方……」
『その後――主人公への世界進捗情報提供対象外。』
「分かってるよ」
何が。
今。
起きているのか。
俺は。
知らない。
遠くで出た。
複数種の特徴を持つ。
謎の生き物。
その噂も。
ある。
でも。
『カーナと遠方の未分類生物との因果関係――本一覧では確定しません。』
「……うん」
証拠は。
ない。
*
『並行維持キャラクター。』
『ティナ・ローヴェル。』
「あ」
久しぶりだ。
『成人女性。二十六歳。』
『王都南地区水路管理業務。』
『勤務歴八年。』
『非魔術的な水流音識別能力により、閉塞、漏水、逆流等を発見可能。』
『家族――母、弟。』
『恋人――王都北地区の家具職人。』
『本人が最も重視するもの。』
『自身の仕事によって、人々の普通の生活を守ること。』
『地下水路にて異常な脈動音を確認。』
『当該ストーリー――並行維持。』
『必要時に再開可能。』
「忘れてなかったのか」
俺も。
忘れてはいない。
ただ。
色々。
起こりすぎた。
*
『新規女性キャラクター。』
「来た」
『昨日、新たに四名を主人公生活圏へ配置。』
「配置って言うな」
『全員成人。』
『既存主要人物との友好関係構築――良好。』
『第一。』
『マルタ。』
本人。
朝からセリアと店の外で剣を振っている。
『成人女性。二十代後半。』
『行商隊等の護衛を行う戦闘職。』
『茶髪。日に焼けた肌。』
『西方式の剣術を使用。』
『セリアとの相性――良好。』
『王都到着――昨日。』
『現在――一時滞在中。』
「普通」
『現時点で重大な秘密――未設定。』
「それ先に設定するものなの?」
*
『第二。』
『エリナ。』
小柄。
灰色の髪。
昨日。
ミレアの魔導義手を見た瞬間。
目を輝かせた女性。
『成人女性。二十代半ば。』
『魔導具設計補助。』
『魔導術式および義肢構造への知識あり。』
『ミレアの魔導義肢改良に関心。』
『ミレアとの相性――良好。』
『王都到着――昨日。』
『今後、魔導技術関連ストーリーへ接続可能。』
「可能って書くと不安になる」
*
『第三。』
『サラ。』
『成人女性。三十歳前後。』
『薬師兼採集屋。』
『薬草および野外採集知識――高。』
『希少植物の採集経験あり。』
『リサとの相性――良好。』
『商人気質あり。』
『王都到着――昨日。』
『現在――王都での取引先を探索中。』
「これも普通」
*
『第四。』
『クラリッサ。』
俺は。
女将の横を見る。
「ここは昨日の売上じゃなくて仕入れです」
「ああ、本当だ」
「こっちへ移しますね」
「頼むよ」
もう。
馴染んでる。
『成人女性。二十代後半。』
『元商会勤務。』
『料理、掃除、帳簿管理等が可能。』
『王都到着直後に財布を紛失。』
『一時的にパン屋二階へ滞在。』
『女将との相性――極めて良好。』
「極めて」
『パン屋経営補助能力――高。』
「女将が手放さなくなるやつじゃん」
『現在――一週間の試用的滞在。』
クラリッサが。
「女将さん、この帳簿、月ごとに分けた方が楽ですよ」
「やってくれる?」
「いいんですか?」
「頼む」
「はい!」
「一週間で出ていかない気がする」
「何か言ったかい?」
「何でもないです!」
*
『新規女性四名の共通点。』
「そこ」
昨日。
一番。
気になったところ。
『全員成人女性。』
『全員が同日に王都へ到着。』
『全員が同日中に同一のパン屋へ到達。』
『全員が既存主要人物のいずれかと短時間で友好関係を形成。』
「やっぱり変だよ」
『現段階で因果関係――設定なし。』
「設定なし?」
偶然。
なのか。
『四名相互間に事前の面識――なし。』
『主人公との過去接点――なし。』
『既存遠隔地ストーリーとの接続――なし。』
「歌姫とかとも?」
『なし。』
俺は。
少し。
肩の力が抜けた。
「なら……」
言わない。
安心。
しない。
『四名を一括して導入した理由。』
「……」
嫌なところへ来た。
『複数人による新規ストーリーを検討するため。』
「複数人?」
*
『現時点の主人公生活圏内女性キャラクター。』
一覧。
『女将。』
『リサ。』
『セリア。』
『ミレア。』
『マルタ。』
『エリナ。』
『サラ。』
『クラリッサ。』
「八人」
『主人公ルークを加え、主要生活圏人物九名。』
「増えたな……」
最初。
俺と女将くらいだったのに。
『既存人物同士の関係。』
『女将――生活基盤。』
『リサ――戦闘、魔術、主人公親密関係。』
『セリア――戦闘、精神的回復。』
『ミレア――パン屋、魔導義肢、ヒロイン。』
『マルタ――セリアと友好。』
『エリナ――ミレアと友好。』
『サラ――リサと友好。』
『クラリッサ――女将と友好。』
「綺麗に一人ずつ対応してる」
俺。
だけ。
余る。
『主人公――全員との接続点。』
「やっぱり俺?」
『ただし恋愛関係を一律に形成する必要はありません。』
「それは本当にそうして」
『新規四名を即時ハーレム要員として扱う方針――なし。』
「よし」
今度は。
安心しかけた。
やめろ。
『ただし。』
「知ってた」
『複数女性キャラクターを同時に利用するイベント構造について検討可能。』
「利用って言うな!」
マルタが外から顔を出した。
「何かあった?」
「何もない!」
「元気だな」
「元気じゃない!」
*
『遠隔地・未確定人物。』
「まだいる?」
『怪我の回復を促す歌を歌うとされる成人女性。』
『詳細――不明。』
『主人公生活圏との接続――なし。』
『遠方で没落したとされる貴族関係者。』
『詳細――不明。』
『主人公生活圏との接続――なし。』
『遠方の武術大会で勝ち進んでいるとされる成人女性拳士二名。』
『ライバル関係との噂。』
『詳細――不明。』
『主人公生活圏との接続――なし。』
「ちゃんと切り離されてる」
よかった。
いや。
よかったって言うな。
*
『現時点の物語配置を整理。』
「また管理表になった」
『主人公生活圏。』
『ルーク。女将。リサ。セリア。ミレア。マルタ。エリナ。サラ。クラリッサ。』
『遠隔地ストーリー。』
『エルナ。』
『カーナ。』
『遠方の未確定人物群。』
『並行維持ストーリー。』
『ティナ・ローヴェル。』
『その他。』
『王都における事件、噂、ギルド関係者、一般市民等。』
「……」
一つ。
抜けている。
王都で。
起きている。
片手だけを残した。
妙な殺人事件。
日記は。
今回も。
一文字も。
書かなかった。
『キャラクター一覧――以上。』
「……本当に以上?」
返事はない。
当然。
『現在の主要女性キャラクター数増加に伴い、複数人同時ストーリーの利用効率が向上しました。』
「何の効率だよ」
『単独人物への展開集中を避け、複数人物の反応、選択および変化を同時に描写可能。』
「だから何をする気だ」
その下。
『次回ストーリーを検討します。』
「……」
嫌だ。
昨日。
四人増えた。
全員。
いい人そうだった。
皆。
仲良くなった。
今日も。
パン屋は。
平和。
女将とクラリッサが帳簿を整理して。
セリアとマルタが剣の話をして。
リサとサラが薬草の値段で喧嘩して。
ミレアとエリナが義手の改良について笑っている。
俺も。
その中にいる。
何も。
悪いことは。
起きていない。
『複数人で驚きが隠せない展開――導入済み。』
昨日の文章。
その下。
新しい一行。
『次は、複数人で同じものを体験する展開を検討します。』
「……」
俺は。
ゆっくり。
日記を閉じた。
「ルーク!」
ミレア。
「何?」
「試作品!」
エリナと一緒に。
何か。
義手につける小さな部品を持ってる。
「見て!」
「何それ」
「指先の感覚を少し強くできるかも!」
「本当?」
「まだ分かんないけど」
ミレアが。
嬉しそうに笑う。
周りも。
楽しそう。
「……」
大丈夫。
とは。
絶対。
言わない。
ただ。
キャラクター一覧だけは。
確実に。
増えていた。
この作品の品質向上のため、ぜひ感想をお寄せください。今後の展開・キャラクター・構成・描写方針の参考として利用します。
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