↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界改稿日記 ~なろうによる世界破綻~  作者: 黒瀬 量衡


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/125

外伝 キメラの母

「来い。今夜は私が欲しい」


 母が森へ向かってそう告げると、闇の中からいくつもの声が返ってきた。


「グォォッ!」


「グルルル……!」


「オ゛ッ……!」


 人間の雄もいる。ゴブリンもいる。ドワーフ、獣人、人間には魔物としか見えない異種族の雄もいる。姿も声も、使う言葉も違う。雄同士では互いに何を言っているのか分からない。


 それでも母には全部分かった。


「お前は早く来いって言ってる。お前は昨日待たされたって怒ってる。そっちは……私を先に寄越せ?」


「グルァッ!」


「全員うるさい!」


 母が笑う。


 巨大な身体には、すでにいくつもの子が宿っている。丸く膨らんだ場所は一つではない。身体の奥に複数ある子宮で、それぞれ別の雄の子が育っていた。


 右にはゴブリン。


 奥には獣人。


 少し下にはドワーフ。


 どれも同時に生きている。


 それでも母の身体は、雄を求めることをやめなかった。


「今日はお前から」


 一本の腕を伸ばす。


 選ばれた雄が近づく。


「グォルル……!」


「そうだ。もっと近くに来い」


 巨大な身体同士が触れ合う。


「ん゛っ……!」


 母の口から最初から濁った声が漏れた。


「あ゛ぁ……っ、いい……そうだ……!」


「オ゛ッ……オ゛ッ……グォッ!」


「聞こえてるぞ……! お前も嬉しいんだろ……!」


 雄が吠える。


 母も吠えるように返した。


「ん゛あっ……! もっとだ……! もっと私を欲しがれ……!」


「グォォォッ!」


「そう……それ……! あ゛ぁっ……!」


 誰にも聞かれないよう声を抑える必要などなかった。


 人間の男女なら、言葉にして確かめることもあるだろう。


 ここではもっと単純だった。


 欲しい。


 もっと。


 まだ離れるな。


 気持ちいい。


 その程度なら、雄の低い声だけで母には十分分かる。


「オ゛ッ……ウ゛ッ……!」


「あ゛ぁ……っ! 分かる……分かるぞ……!」


 母も隠さない。


「私もだ……! ん゛っ……私も、お前がいい……!」


 腕で雄を抱き込み、身体を寄せる。強い感覚が走れば、母の腕が一度ほどけ、何本もの脚が大きく伸びた。


「あ゛……あ゛ぁぁっ……!」


 巨大な身体が震える。


 頭を後ろへ反らし、天を仰ぐ。大きく開いた口から舌が覗き、喉の奥から濁った息が漏れ続けた。


「ん゛っ……あ゛ぁ……お゛ぉ……!」


「グォッ……オ゛ッ……!」


 雄の声が耳へ届く。


 母の目がまた開いた。


「……何だ」


「グルル……」


「まだ欲しいのか?」


「グォッ!」


 母は荒い呼吸のまま笑った。


「私もだよ」


 また何本もの腕を伸ばす。


「来い」


 雄が応じる。


「ん゛っ……!」


 再び濁った声が森へ響いた。


「あ゛ぁ……っ、そうだ……もっと……!」


「オ゛ッ……グォッ……!」


「いいぞ……もっとその声を聞かせろ……!」


 雄が昂ぶれば母にも分かる。


 母が昂ぶれば雄にも伝わる。


 もうそこに、人間社会の作法など一つもなかった。


「お前は雄だ……!」


 母が声を張る。


「私は雌だ……! それでいい……!」


「グォォォッ!」


「あ゛ぁっ……! そうだ……もっと来い!」


 ただ互いを欲しい。


 そのまま身体で伝え合う。


 それだけだった。


     *


 やがて最初の雄が疲れ、母から身体を離した。


「……グル」


「もう動けないのか?」


 弱い声が返る。


 母は雄の頭を撫でた。


「よく付き合った。休め」


 無理には求めない。


 だが母自身が満足したとは限らなかった。


 顔を上げる。


「次」


 待っていた雄がすぐ反応した。


「ガゥッ!」


「お前か」


 獣人の雄。


「さっきからずっと匂いが強かったぞ」


「ガァッ……!」


「そんなに私が欲しかった?」


 咆哮。


 母が笑う。


「私もだ」


 腕を広げる。


「来い」


 また違う雄。


 違う匂い。


 違う魔力。


 違う声。


 身体が触れ合った瞬間、母の喉からまた濁った喘ぎが飛び出した。


「ん゛あっ……!」


「ガァァッ!」


「ははっ……お前は強いな……!」


 母は楽しそうだった。


「あ゛っ……! そう……もっと……!」


「ウ゛ッ……ガゥッ……!」


「気持ちいいのか? 分かるぞ……!」


 雄の声が高くなる。


 母も負けない。


「ん゛っ……あ゛ぁ……! 私もだ……!」


 声。


 匂い。


 体温。


 力。


 それだけで十分だった。


 母には、この雄が何を感じているか分かる。


「もっと欲しい?」


「ガァッ!」


「なら私を欲しがれ!」


 母自身も求め返す。


「あ゛ぁっ……もっとだ……!」


 一度身体の力が抜けても、また雄の声を聞けば目を開く。


「……まだ」


「ガゥ?」


「止まるな」


 母は濁った息を吐きながら笑った。


「私がまだお前を欲しい」


 雄の首へ腕を回す。


「だから来い」


「ガァァッ!」


「あ゛ぁっ……そうだ……!」


 また森へ声が響いた。


     *


 一頭が疲れれば、次の雄が来る。


 母はそれを喜んだ。


「次!」


「グル!」


「お前はさっき待たせた奴だな」


「グルル!」


「分かった、分かった。来い」


 ゴブリンの雄が近づく。


「グォッ!」


「ん゛っ……!」


 今度は小さい。


 それでも母には、この雄にしかない匂いと魔力が分かる。


「あ゛ぁ……! そう……お前もいい……!」


「オ゛ッ! オ゛ッ……!」


「もっと声出せ……! 私に聞かせろ……!」


「グォォッ!」


「ははっ……!」


 母が笑う。


「そうだ……! 私を欲しいって、もっと言え……!」


 人間にはただの唸りに聞こえるだろう。


 母には違う。


 欲しい。


 嬉しい。


 まだ。


 もっと。


 全部聞こえる。


「私もだ……!」


 母は応える。


「ん゛っ……あ゛ぁっ……! 私もお前が欲しい!」


 その声を聞いて、別の雄が森の奥で吠える。


「ウ゛ォォッ!」


「待て!」


 母がそちらを見る。


「今はこいつだ!」


 また別の咆哮。


「分かってる! お前も後で呼ぶ!」


 雄同士には意味は通じない。


 それでも全員、母の言葉だけには従う。


 この奇妙な群れの中心は母だった。


     *


 母が雄を求める理由は、快感だけではなかった。


 もちろん。


 母は雄との交わりそのものを喜んでいた。


 違う雄。


 違う種。


 違う身体。


 違う声。


 それを知ることが好きだった。


 でも。


 その先も。


 好きだった。


「母!」


 翌朝。


 一匹の子供が母の腹へ耳を当てる。


「ここ、動いてる!」


「どこだ?」


「このへん!」


 母も手を当てる。


 小さな動き。


「ああ。元気だ」


「誰の子?」


「……」


「母?」


「分からん」


「また!?」


「産まれれば分かる!」


 子供が呆れる。


 母は声を上げて笑った。


 生まれてくる子は、父親と同じ種になることの方が少ない。


 人間との子が鱗を持つこともある。


 ゴブリンとの子に四本の腕があることもある。


 ドワーフとの子なのに獣の耳を持つこともある。


 母がこれまで取り込んだ性質。


 父親の性質。


 その時たまたま強く出た性質。


 全部が混ざる。


 だから新種が生まれる。


 そして。


 新しい子を見るたび。


 母はまた思う。


「次は何が生まれるかな」


 それを知りたい。


 だから。


 別の雄を知りたくなる。


     *


 成長した子供が母から離れることも珍しくなかった。


「行くのか?」


 母が聞く。


 大きくなった子が森の奥を見る。


「行く」


「どこへ?」


「知らない」


「そうか」


 それだけ。


「気をつけろ」


「母は?」


「私はまだ旅する」


「また子供産む?」


 母が笑う。


「多分な」


「いっぱい?」


「いっぱい」


 子供も笑った。


「じゃあ、また知らない兄弟増えてるね」


「戻ってきたら紹介してやる」


「多すぎて母も分からないでしょ」


「うるさい」


 その子は森へ消えた。


 追わない。


 母から生まれた新種が。


 野生へ出る。


 そこで生きる。


 別の群れを作るかもしれない。


 誰かと子を作るかもしれない。


 母には分からない。


 それでいい。


     *


 また夜になる。


 雄たちが集まる。


「今日は誰だ?」


 母が聞く。


「グル!」


「ガァッ!」


「俺だ!」


「ウ゛ォォッ!」


「一度に言うな!」


 母は笑った。


「全部聞こえてる!」


 雄たちの声が森に重なる。


 互いの意味は分からない。


 それでも。


 母には全部分かる。


「お前も私が欲しい」


 一頭を見る。


「お前も」


 もう一頭。


「お前もか」


 さらに奥。


 新しく旅へ加わった異形の雄が低く声を上げる。


「……いいぞ」


 母の顔が緩んだ。


「私もお前らが欲しい」


 何本もの腕を広げる。


「雄なら来い」


 咆哮が響く。


「私はまだ、もっといろんな子を孕みたい!」


「グォォォッ!」


「もっと知らない種を産みたい!」


「ガァァッ!」


「だから――」


 母自身も。


 吠えるように声を上げた。


「私を欲しがれ!」


 最初の雄が来る。


「ん゛っ……!」


 母が喘ぐ。


「あ゛ぁ……! そうだ……!」


「オ゛ッ……グォッ……!」


「もっと……!」


 森が声で満ちる。


 雄。


 雌。


 欲しい。


 もっと。


 まだ。


 その程度の意味だけが。


 いくつもの異なる声になって。


 夜の森へ。


 何度も何度も響いていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。