第五十四話 金貨五十枚では売れなくなりました
「金貨五十枚では買えなくなった」
「値上がりですか?」
「違う。売れなくなった」
「……何で?」
朝一番でギルドへ呼び出され、俺は応接室で固まった。
昨日までの話では、黒い石の買い取り価格は金貨五十枚。
ただでもらった石が五十枚。
ものすごく分かりやすい成功だった。
なのに、机の向こうに座るギルドの責任者は難しい顔をしている。
「正確には、個人間で勝手に売買していい物か判断できなくなった」
「俺の石ですよね?」
「所有権はルークにある」
「じゃあ売れるのでは?」
「普通の希少素材ならな」
責任者が隣を見る。
今日は魔術師だけではなかった。
見覚えのない男が二人いる。一人は灰色の服を着た痩せた男。もう一人は紺色の上着を着て、机の上に何枚もの書類を並べている。
「王立魔術研究院のバルドだ」
灰色の男が軽く頭を下げる。
「こちらは王国資源管理局の職員」
「王国?」
嫌なところまで来た。
日記帳が前に並べていた。
『研究機関。』
『ギルド上層部。』
『貴族。』
『王国機関。』
順番どおりじゃん。
「昨日、報告を受けた」
バルドという研究員が黒い石を見る。
「魔力を吸収し、生体からも時間をかけて魔力を奪う。しかも、現時点で吸収上限が確認されていない」
「はい」
「それだけなら、まだ珍しい素材で済んだ」
「まだ何か出たんですか?」
「出た」
言い方が嫌だ。
*
研究院で行った実験の結果を見せられた。
といっても、難しい数字が並んだ紙を渡されても俺には分からない。
「簡単にお願いします」
「吸収された魔力は消失していない」
「それは日――」
危ない。
「……それは、何となくそんな気はしてました」
「勘がいいな」
「たまたまです」
バルドが一枚の記録をこちらへ向ける。
「石を魔力のない場所へ隔離して、一晩観測した。自然放出はなし。重量変化もなし。温度変化もなし。外部から確認できる魔力反応もなし」
「やっぱり溜め込んでる?」
「そう考えるのが自然だ」
「どれくらい?」
「それが分からん」
バルドは少し楽しそうだった。
研究者。
こういう分からない物、好きなんだろうな。
「昨日までに投入した魔力量は記録してある。小型魔道具なら何十回も動かせる量だ。それだけ入れても吸収速度は変わらなかった」
「満杯になってない?」
「少なくとも確認できる範囲ではな」
「じゃあ、もっと入れた?」
「入れた」
「怖くない?」
「怖いから、遠隔設備を使った」
そこはまともだった。
「それで?」
「魔力を大量に投入した直後、初めて変化が出た」
バルドが別の紙を出す。
「石の表面に、ごく短時間だけ紋様が浮かんだ」
「紋様?」
「文字にも魔法陣にも見える。ただし既知の体系には一致しない」
「写真とか」
「しゃしん?」
「あ、何でもないです」
ないよな。
「写し絵ならある」
「あるんだ」
出された紙を見る。
黒い石の表面に、白い線が何本も走っている。
円。
線。
細かい記号。
確かに魔法陣っぽい。
でも。
「これ、最初からありました?」
「なかった」
「ですよね」
俺も触った。
ギルドの人も触った。
ただの黒い石だった。
「三秒ほどで消えた。その後、再現できていない」
「じゃあ何なのか分からない?」
「分からない」
バルドが即答した。
「だから面白い」
「俺には面倒なだけなんですが」
「所有者はそうだろうな」
笑うな。
*
「それで、何で売れないんです?」
話を戻す。
資源管理局の男が書類を一枚取り出した。
「未知の素材であっても、通常は所有者の自由だ。ただし、軍事転用が容易で、王都の防衛設備に影響する可能性がある物については別になる」
「軍事転用」
また言葉が重い。
「魔術師を無力化できる可能性がある。結界を停止できる可能性がある。魔道具も止められる」
「はい」
「王都の城壁にも魔術結界が使われている」
「あ」
「重要施設にも使われている」
「ああ……」
「これを大量に持ち込めば?」
「結界が止まる?」
「可能性としてはな」
そりゃ。
駄目だ。
「だから禁止?」
「まだ禁止ではない。そもそも、この石に正式名称すらない」
「吸魔石」
「それは研究上の仮称だ」
「じゃあ俺が名前付けても?」
「今その話をするな」
怒られた。
「現段階では、一時的な管理対象とする。所有権を奪うわけではない。勝手な譲渡と国外搬出を止めるだけだ」
「売れないじゃないですか」
「国内の認可を受けた相手への譲渡は可能だ」
「金貨五十枚は?」
責任者がため息をつく。
「本当にそこを気にするな」
「気にしますよ!」
五十枚だよ。
五十枚。
パン屋の修理が四回できる。
「研究院は買い取り提案を撤回した」
「えっ」
「代わりに」
バルドが口を挟む。
「研究協力契約を提案する」
「何です、それ」
「石そのものは君の所有物のまま。我々が預かって研究する。研究期間中は月ごとに使用料を支払う」
「……月ごと?」
「成果が出た場合は別途報奨」
「月いくら?」
「そこだけ理解が早いな」
*
契約書。
長い。
「リサ呼んでいいです?」
「何でリサなんだ」
「俺よりこういうの分かりそうだから」
「魔術師だぞ」
「俺よりは」
「それはそうだな」
責任者まで納得した。
昼前。
リサが来た。
「何で私が契約書読むんだ」
「助けて」
「パン一週間」
「分かった」
「即決するな。もっと値切れ」
「じゃあ三日」
「減らすな!」
結局、パン五日分になった。
「ここ」
リサが紙を指す。
「石が実験で壊れた場合」
「補償する」
バルド。
「金額が書いてない」
「価値が決まっていないからだ」
「なら最低保証額を書け」
「なるほど」
俺。
横。
座る。
「あと、研究成果から利益が出た場合」
「研究院に帰属する」
「石の性質そのものから利益が出た場合は?」
「……」
バルド。
止まる。
リサ。
にや。
「書いてないな」
「書いてない」
「駄目じゃん」
「今から詰めるための案だ!」
研究者。
契約。
弱い。
「リサ、すごい」
「冒険者は契約で痛い目見る奴が多いんだよ」
「経験ある?」
「ある」
「聞かない方がいい?」
「聞くな」
聞かない。
*
話し合いは昼を過ぎた。
結局。
石は俺の所有物。
研究院へ貸し出す。
毎月、使用料。
破損、紛失時は最低でも金貨五十枚を補償。
石そのものの性質を利用した新素材や魔道具が開発され、利益が出た場合は一定割合を俺にも支払う。
「……何か」
契約書を見る。
「前より儲かりそう」
「だから売れなくなったと言っただろ」
「悪い意味じゃなかった?」
「面倒な意味だ」
「なるほど」
それは。
確かに。
面倒。
でも。
悪くない。
なろう。
してる。
かなり。
*
胸元が熱くなったのは、ギルドを出たあとだった。
日記帳を開く。
『主流展開進行。』
『無価値品取得。』
『希少性判明。』
『金銭価値上昇。』
『戦略価値判明。』
『単純売却――不成立。』
『代替利益――研究協力契約。』
『継続収入導線――成立。』
「継続収入!」
思わず声が出た。
通行人。
見る。
「……何でもないです」
恥ずかしい。
『主人公の利益を一度の売却益ではなく、長期的利益へ変更。』
『既存の生活基盤を破壊せず、社会的評価のみを段階的に上昇可能。』
いい。
ものすごく。
いい。
『アクセス数――維持。』
「維持?」
上昇。
じゃない。
でも。
下がってない。
『直近展開に対する読者関心。』
『未知アイテムの追加能力――高。』
『主人公の利益――高。』
『王国機関との接触――中。』
『大規模戦闘――現時点では不要。』
「よし」
戦わなくていい。
誰も死ななくていい。
研究。
契約。
金。
平和。
最高。
*
店へ戻ると。
「で?」
女将。
「売れませんでした」
「は?」
「貸します」
「石を?」
「はい」
「いくらで?」
「毎月お金もらえます」
女将が黙った。
「……あんた」
「はい」
「石ころ拾って家賃みたいなもの取るのかい?」
「そうなります」
「世の中分からないもんだねえ」
「俺が一番そう思ってます」
ミレアも寄ってくる。
「じゃあ金貨五十枚はなくなったの?」
「壊れたら五十枚」
「壊れた方が儲かる?」
「それ言っちゃ駄目な気がする」
俺。
ちょっと。
思ったけど。
「で、使い道は分かったのかい?」
女将。
「まだです」
「何だい。結局よく分からない石じゃないか」
「そうなんですよね」
値段。
上がった。
偉い人。
来た。
契約。
した。
でも。
正体。
まだ。
分からない。
*
その夜。
日記帳には、新しい記載があった。
『黒色石状物質の研究を継続します。』
『現在の展開は、主流展開として良好です。』
『過度な人的被害を必要とせず、主人公の利益および未知要素への関心を維持可能。』
「ずっとこれでいいんだけど」
日記帳は何も返さない。
続き。
『ただし、物語上の価値を維持するため、黒色石状物質には追加性質が必要です。』
「……」
嫌。
追加。
しなくていい。
『現在確認済み。』
『魔力吸収。』
『魔力蓄積。』
『魔力遮断。』
『生体魔力への干渉。』
『未確認。』
『蓄積魔力の利用方法。』
そこ。
来る。
『主流作品における類似アイテムの展開を参照します。』
「また参照するの?」
『候補。』
『一。吸収した魔力を主人公が利用可能。』
『二。吸収した魔法を再現可能。』
『三。魔力を高密度化して放出可能。』
『四。別の物質または生物へ魔力を移動可能。』
『五。一定量を蓄積することで形態変化。』
「どれも強そうだな……」
前世なら。
喜ぶ。
チート。
アイテム。
来た。
って。
でも。
この世界。
強い。
能力。
その分。
大体。
面倒。
『展開適合度を比較します。』
文字が少しずつ増える。
『主人公本人の急激な戦闘能力上昇は、既存人物像との乖離が大きいため優先度低。』
「そうそう」
俺。
別に。
強く。
なりたいわけじゃない。
『魔法再現能力――強力すぎるため保留。』
「いいね」
『高出力放出――人的被害発生率が高いため保留。』
「すごくいい」
今日。
日記帳。
まとも。
『他対象への魔力移動――応用範囲が広い。』
「……」
『形態変化――未知性および読者関心を維持しやすい。』
「……」
残った。
二つ。
『両要素の併用について検討します。』
「併用しなくていい!」
当然。
止まらない。
*
そして。
最後。
『次の実験では、黒色石状物質へ十分な魔力を蓄積した後、魔力を失った対象を近接させます。』
「対象って?」
返事。
ではない。
次の記載。
『安全性を優先し、生体は使用しません。』
「……よかった」
『使用対象――魔力を完全消費した魔石。』
まとも。
本当に。
まとも。
『予測結果。』
そこで。
一度。
文字。
止まる。
少し後。
『黒色石状物質から魔石への魔力移動が成立した場合、当該物質は吸収素材ではなく魔力貯蔵媒体として再分類されます。』
「……電池?」
前世。
感覚。
なら。
そんな感じ。
吸って。
溜めて。
戻す。
もし。
できるなら。
魔法を。
消す石。
じゃない。
魔力を。
持ち運べる。
石。
『再分類後の推定価値――算定不能。』
「金貨五十枚どころじゃない?」
日記帳は何も返さない。
頁の一番下に。
次話候補だけが増えた。
『第五十五話 使い切った魔石がもう一度光りました』
「……それは見たい」
思わず。
言ってしまった。
昨日までは。
怖い。
石。
だった。
今日。
金になる。
石。
になった。
次。
本当に。
魔力を。
戻せるなら。
きっと。
すごい。
そして。
そう思った時点で。
俺も。
少し。
日記帳が狙っている。
次の話を読みたい読者と。
同じになっていた。
この作品の品質向上のため、ぜひ感想をお寄せください。今後の展開・キャラクター・構成・描写方針の参考として利用します。
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