第五十三話 ゴミではなく希少素材でした
「金貨、二十枚?」
聞き間違いだと思った。
「正確には、現時点での買い取り提示額が金貨二十枚だ」
ギルドの奥にある応接室で、昨日も会った責任者がもう一度言った。
机の上には、俺が拾った黒い石が置かれている。
昨日まではゴミだった。鑑定不能。魔力反応ほぼなし。素材として加工できず、ギルドでは廃棄予定。
それが一晩で金貨二十枚。
「……本当に二十枚?」
「何度聞いても増えないぞ」
隣でリサが笑った。
「減ってないか確認してるんだよ」
「そこか?」
「大事でしょ!」
パン屋の修理代が金貨十二枚だった。
あの数字がまだ頭に残っている。黒い石ころ一個で、その金額を軽く超える。
「本当にそんな価値があるんですか?」
「可能性込みの値段だ」
責任者が石を指した。
「現段階で確認されたのは、魔力を吸収する性質だけだ。ただ、これと同じ性質を持つ既知素材が極端に少ない」
「少ない?」
「少ないというより、王都にある資料では同一物質を確認できなかった」
横にいた魔術師が答える。
「新種?」
「その可能性もある。それに、吸収量がおかしい」
「おかしいって?」
「昨日かなり魔力を入れた。今日も追加で入れた。それでもまだ吸収する」
俺は机の上の石を見た。
拳より少し小さい。見た目は何も変わっていない。
「限界は?」
「分からない」
「それ、ちょっと怖くない?」
「だから金貨二十枚なんだ。完成した素材としての値段じゃない。未知の可能性に対する研究機関側の先行提示だ」
なるほど。
よく分からないものだから高い。
よく分からないから怖い。
両方だった。
*
「売るの?」
ギルドを出ると、リサが聞いてきた。
「二十枚だよ?」
「知ってる」
「売るでしょ」
「即答だな」
「だって、ただでもらった石だよ?」
「昨日まで大事そうに持ってたのに」
「価値が分かったから売るんだよ!」
「冒険者らしくない」
「俺、新人だから」
「関係ないだろ」
たぶん関係ない。
でも金貨二十枚は欲しい。
ものすごく欲しい。
「ただ、全部手放すのは惜しいかもな」
「何で?」
「魔法を吸うんだぞ」
「うん」
「ルークは魔術師じゃない。敵から魔法を撃たれた時、持っているだけで防げるなら下手な防具より役に立つ」
「戦う前提なの?」
「冒険者だろ」
「パン屋手伝い兼だよ」
「そこを肩書きに入れるな」
でも一理ある。
前世で読んだ話なら、こういうものを早々に売った主人公は後で後悔する。
鑑定不能。
誰も価値が分からない。
主人公だけが拾う。
実は伝説級。
あまりにもテンプレだった。
「……嫌だな」
「今度は何だ?」
「何でもない」
胸元が熱くなった。
人通りの少ないところで日記帳を開く。
『主流展開進行。』
『未知素材――希少性確認。』
『初回買い取り提示額――金貨二十枚。』
『主人公が取得時に支払った金額――零。』
『金銭的成功――成立。』
『アクセス推移――前話比上昇。』
『主流展開への修正――一定の効果あり。』
ここまではいい。
ものすごくいい。
誰も死んでいない。誰も壊れていない。俺が拾った石の値段が上がっただけだ。
その下に、続きがあった。
『現時点で黒色石状物質の全性質は判明していません。』
『確認済み性質――魔力吸収。』
『未確認性質――魔力保持限界。』
『未確認性質――吸収後の変化。』
『未確認性質――放出機能。』
『未確認性質――生体への影響。』
「……やっぱりそこか」
昨日の最後にも書かれていた。
『吸収済み魔力――蓄積中。』
吸った魔力が消えているわけじゃない。
どこかに溜まっている。
その先が、まだ分からない。
*
「金貨二十枚!?」
パン屋へ戻って話すと、女将の声が店中に響いた。
「提示だけですけど」
「石ころが?」
「希少素材らしくて」
「売りな!」
「即答!」
「当たり前だろ!」
ミレアも目を丸くしている。
「二十枚って、すごいよね」
「すごいよ」
「パン何個買える?」
「数えたくない」
「その金でうちのパンを全部買ったら出禁にするよ」
「客なのに!?」
「迷惑だからだよ!」
普通に嬉しい話だった。
こんな話、久しぶりな気がする。
「店の修理代、金貨十二枚でしたよね」
俺が言うと、女将の顔が変わった。
「だったね」
「じゃあ、その分だけでも――」
「いらないよ」
「でも」
「もう済んだ話だ」
「俺が原因の一つだったし」
「あんただけのせいじゃない。しつこいね」
女将が俺の額を指で軽く弾いた。
「稼いだなら自分に使いな。冒険者なんだろ? 装備でも買っときな」
「……はい」
こういうところ。
ずるい。
*
翌日。
売却を決める前に、ギルドでもう少し調べることになった。
「まず重量だ」
「魔力を吸ったら重くなるかもしれない?」
「可能性を潰していく」
石を秤へ乗せ、昨日の記録と比較する。
結果はほぼ同じだった。
「変化なし」
「吸った魔力はどこに行ってるんです?」
「その話を始めると魔力に質量があるのかというところからになる」
魔術師が言いかけると、責任者が止めた。
「やめろ。今日は終わらなくなる」
俺はちょっと聞きたかった。
でも、本当に終わらなくなりそうなので黙る。
「次はこれだ」
今度は分厚い箱が運ばれてきた。
「何です?」
「魔力遮断箱」
「そんなものあるんだ」
「高いぞ」
「いくら?」
「聞くな」
黒い石を中へ入れ、蓋を閉じる。
一分。
二分。
何も起きない。
「普通ですね」
「待て」
五分ほど経ったところで、箱を確認していた魔術師の表情が変わった。
「……減ってる」
「何が?」
「箱の結界維持用魔力だ」
責任者が立ち上がる。
「石には触れていないぞ」
「ああ」
「じゃあ」
俺も箱を見る。
「触らなくても吸ってる?」
部屋が静かになった。
昨日までは、石に触れた時だけ魔力が吸収されると思っていた。
違った。
*
そこからは距離を変えて実験した。
一メートル。
変化なし。
半分。
まだ変わらない。
三十センチほどまで近づけたところで、魔石から少しずつ魔力が抜け始めた。
「範囲は狭いな」
「なら持ち歩ける?」
「魔道具を持っている奴は注意が必要だ」
いつの間にか見学に来ていたリサが、自分の杖を見る。
「私が近づいたらどうなる?」
「体内の魔力まで自然に吸うかは、まだ確認していない」
魔術師が言ったところで、全員が黙った。
石は魔道具の魔力を吸う。
植物にも魔力がある。
人間にもある。
だったら。
「俺が試します?」
「駄目」
リサが即答した。
「何で」
「ルークは魔力が少ない。全部吸われたらどうなるか分からないだろ」
「じゃあリサ?」
「それも駄目だ」
「自分も?」
「当たり前だ!」
魔術師が腕を組む。
「まずは植物を使う。いきなり人間で試す必要はない」
まともだった。
この世界にもちゃんと安全管理がある。
魔力を含む薬草を一定距離へ置き、しばらく待つ。
葉が少し萎れた。
「……魔力が抜けた?」
「可能性が高い」
「次は小動物だ」
「殺さないですよね?」
責任者が俺を見る。
「異常が出た時点で中止する。ここから先は正式な研究案件として扱う」
そこで、その日の実験は終わった。
*
三日後。
ギルドへ呼び出された。
「結果、出ました?」
「一部な。まず買い取り提示額だが、金貨二十枚は撤回する」
「えっ!」
「そこだけ反応するな」
「だって!」
「新しい提示額は金貨五十枚だ」
「売ります!」
「最後まで聞け!」
「はい!」
慌てて座り直す。
「ただし、研究機関側は買い取りではなく共同管理を希望している。同じ物質が他に見つかっていないからだ」
「今のところ一個だけ?」
「ああ。それと、小動物による試験結果が出た」
今度はちゃんと聞く。
「どうなりました?」
「石の近くへ長時間置いた個体に衰弱が確認された。異常が出た時点で離したから死亡はしていないし、その後は回復した」
「原因は?」
「体内魔力の低下だ」
予想どおりだった。
「じゃあ、人間も?」
「同じ可能性が高い」
責任者の顔は、もう珍しい素材を見つけた時の顔ではなかった。
「つまり、これは魔法を防ぐ素材というだけじゃない」
「魔術師から魔力を奪える?」
「ああ。使い方次第ではな」
「牢獄とか?」
「使える可能性がある」
「結界を止めたり」
「それも考えられる」
「魔道具も?」
「当然だ」
話が急に大きくなった。
魔法防御。
魔術師の無力化。
魔道具停止。
結界妨害。
黒い石一個から、用途がどんどん増えていく。
「希少素材、ってだけじゃない?」
「おそらくな」
責任者が静かに言った。
「戦略素材になる可能性がある」
「……国が関わります?」
「そこまで行く可能性もある」
前に日記帳が並べていた候補が頭をよぎる。
『王族との接触。』
「いやいやいや……」
「何だ?」
「何でもないです」
*
パン屋へ戻って説明すると、女将は一秒も悩まなかった。
「売って逃げな!」
「まだ売れないんです!」
「なら権利ごと売りな!」
「発想が強い!」
「面倒事の匂いしかしないじゃないか!」
それには完全に同意する。
ミレアも不安そうだった。
「その石、人からも魔力を吸うの?」
「みたい」
「持って帰ってこないでね」
「ギルドにあります」
「そのままにして」
「はい」
これも完全に正しい。
*
夜。
日記帳を開く。
『主流展開評価。』
『主人公が無価値とされた物品を取得。』
『希少性判明。』
『金銭価値上昇。』
『研究価値上昇。』
『戦略価値発生。』
『主人公の社会的立場を変化させる導線――成立。』
最初は。
ただ金になると思っただけだった。
『次段階候補。』
『研究機関。』
『ギルド上層部。』
『貴族。』
『王国機関。』
『以上から黒色石状物質への関心が発生可能。』
「普通に売って終わりたいんだけどな……」
もちろん、日記帳は俺の独り言には反応しない。
独立した記載だけが続いた。
『吸収済み魔力――継続蓄積中。』
『現在まで自然放出――確認なし。』
『保持限界――依然不明。』
そこ。
だった。
価値は分かった。
金貨五十枚まで上がった。
国が欲しがる可能性まで出た。
でも。
あの小さな石が、これまで吸った魔力をどこに溜めているのか。
満杯になった時に何が起きるのか。
そこだけは。
まだ誰にも分からない。
『次話候補。』
『第五十四話 金貨五十枚では売れなくなりました』
「値上がりなら嬉しいはずなんだけどな……」
昨日までゴミだった石。
俺が拾った。
実は価値があった。
金になる。
主人公が得をする。
ここまでなら、前世で何度も読んだような話だった。
なのに。
価値が上がれば上がるほど。
この石を欲しがる人間も増える。
そして俺は。
本当にただ。
無料だったから拾っただけだった。
この作品の品質向上のため、ぜひ感想をお寄せください。今後の展開・キャラクター・構成・描写方針の参考として利用します。
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