第五十一話 『アクセス数低下に伴い、なろう等の主流の展開を参照し、展開の修正をします。』
「……減ってる」
朝、日記帳を開いて最初に出てきたのは、ティナの名前じゃなかった。
『直近アクセス数――低下。』
嫌な予感がした。
昨日まで、日記帳は水路管理員のティナを次の破滅対象として準備していた。
二十六歳。母親と弟と暮らしている。恋人もいる。弟の収入がようやく安定し始め、来年には恋人との同居も考えている。
そのうえで。
『水路の奥で、本来存在しない脈動音が確認されます。』
そう書いた。
どう考えても、次はティナが地下水路で何かに遭遇する話だった。
なのに。
『アクセス数低下に伴い、なろう等の主流の展開を参照し、展開の修正をします。』
「……は?」
さらに一行。
『なお現在の展開は並行して維持し、適時展開可能の状態とします。』
「消さないのかよ!」
「ルーク! 朝からうるさいよ!」
「すみません!」
女将の声が飛んできた。
慌てて声を落とす。
でも。
これは嫌だ。
ティナ編をやめたわけじゃない。
保留。
それも、いつでも再開できる状態で。
日記帳には、淡々と続きが増えていった。
『現在進行中の展開。』
『水路管理員ティナ。』
『地下水路異常。』
『存命破滅ストーリー。』
『以上――凍結せず維持。』
『発生済み設定、人物関係、地下水路内の異常について削除しません。』
『物語上必要となった時点で再開可能。』
「怖い保留の仕方するなよ……」
ティナ本人は。
何も知らない。
今日も普通に仕事へ行く。
地下水路で聞こえた変な音だって、まだ本人にとってはただの仕事上の異常かもしれない。
でも日記帳の中では。
破滅候補として。
保存された。
*
『新規展開の選定を開始。』
俺は嫌なものを見る気分で続きを読んだ。
『参照対象――なろう等のWeb小説における主流展開。』
『候補。』
『追放。』
『ざまぁ。』
『覚醒。』
『ダンジョン異変。』
『スタンピード。』
『貴族令嬢救出。』
『王族との接触。』
『主人公のみが価値を理解する能力。』
『ギルド内評価逆転。』
『新規ヒロイン加入。』
『ハーレム要素。』
「急に普通のなろうっぽくなったな」
普通。
というのも変だけど。
昨日まで。
人間オルゴール。
キメラ。
破滅。
そんなものばかり調べていた日記帳が。
急に。
『ギルド評価逆転』
とか書いている。
ちょっと安心――
『現実への適用時、各展開に伴う実被害を考慮します。』
「やっぱり駄目だ」
すぐ分かった。
『追放展開。』
『一般的な物語上では、主人公が能力を過小評価されて所属集団から排除され、その後に真価が判明します。』
『現実適用時。』
『追放された人間の生活基盤喪失。』
『残留側パーティーの戦力低下。』
『討伐失敗による死傷。』
『依頼人への二次被害。』
『以上が実際に発生する可能性があります。』
「そうなんだよな……」
小説なら。
「お前は役立たずだ!」
追放。
主人公覚醒。
ざまぁ。
終わり。
でも。
ここ。
現実。
弱くなった冒険者パーティーが高難度依頼へ行けば。
普通に。
死ぬ。
『ざまぁ展開。』
『対象となる敵対者の失脚、破産、爵位喪失、職業喪失等。』
『現実適用時――本人以外の家族、使用人、取引先その他へ被害波及の可能性。』
「却下しろ」
日記帳は俺の言葉とは関係なく、次へ進む。
『覚醒展開。』
『主人公または主要人物が危機的状況で新能力を獲得。』
『現実適用時――覚醒に必要な危機そのものが現実に発生。』
「その危機を作るなよ」
『ダンジョン異変。』
『階層構造変化。』
『未確認魔物出現。』
『既存安全地帯消失。』
『既に内部へ進入している冒険者に多数の被害が発生する可能性。』
「それ、前にやった」
銀貨。
思い出す。
ダンジョン。
死者。
もう。
十分。
*
階下へ降りると、リサが朝飯を食べていた。
「遅いぞ」
「俺の家なんだけど」
「知ってる」
「じゃあ何で先に食べてるの」
「女将が食えって」
「なら仕方ない」
席へ座る。
ミレアがパンを置いてくれた。
「今日、ティナさん来るかな」
「え?」
「昨日、水路の仕事帰りに寄るって言ってたから」
「ああ……」
「何?」
「いや」
ティナ。
普通に。
まだ。
いる。
「来たらどうするんだ?」
リサ。
「どうもしない」
「じゃあ何だ、その顔」
「ちょっと」
言えない。
日記帳では。
ティナの破滅展開が。
『並行して維持』
されている。
本人へ。
「あなたの破滅、アクセス悪かったからちょっと後回しになったみたいです」
なんて。
言えるわけない。
「変な奴」
「最近ずっと言われてる」
*
昼前。
本当にティナが来た。
「固いの二つ。それから普通の三つ」
「弟さん?」
「固いのはそう。普通のは母さんと私」
「恋人の分は?」
「今日は来ない」
「喧嘩?」
「仕事!」
「ごめんなさい」
ティナが笑う。
何も。
変わっていない。
「水路、昨日どうでした?」
「ああ、あれ」
俺の手が止まる。
「何かありました?」
「詰まりは取れた。でも変な音が残ってる」
「……変な音」
「水じゃないんだよね」
ティナは少し考える。
「どくん、どくんって感じ」
「それ」
日記帳と。
同じ。
「何だと思います?」
「分かんない。今日は別班が調べるって」
「ティナさんは行かない?」
「今日は西側担当」
よかった。
本気で。
そう思った。
ティナはパンを受け取る。
「そんな安心した顔する?」
「しました?」
「した」
「気のせいです」
「変なの」
笑って。
店を出ていった。
胸元。
熱。
でも。
すぐには開かなかった。
見なくても。
何となく。
分かる。
*
昼休み。
開く。
『ティナ関連展開。』
『地下水路異常――継続。』
『本日、対象本人は異常地点へ進入しません。』
『別班による確認――有意な発見なし。』
『脈動音――消失せず。』
『展開再開条件を満たすまで維持。』
「本当に止まってる……」
止まってる。
だけ。
終わってない。
その下。
『主流展開候補の比較を継続。』
『スタンピード。』
「やめて」
『高アクセスが期待可能。』
『大規模戦闘。』
『複数キャラクター参加。』
『主人公活躍機会。』
『王都周辺で発生した場合――被害規模過大。』
『現段階では不採用。』
「よし」
返事じゃない。
ただ。
そういう評価。
『王族との接触。』
『新規舞台、政治要素、社会的地位変化へ接続可能。』
『ただし現在の主人公に王族と自然に接触する導線が弱い。』
『無理な事件発生が必要となるため優先度低。』
「それもいい」
『ハーレム要素。』
「……」
リサ。
セリア。
ミレア。
エルナ。
今まで。
女性ばっかり。
登場。
してるけど。
『既に複数の成人女性キャラクターが主人公周辺に存在。』
『ただし全員を主人公との恋愛関係へ接続する必要はありません。』
「当たり前だ」
『無理な恋愛化は既存人物造形を損なうため、主軸としては不採用。』
「珍しく安心できる」
次。
『ギルド内評価逆転。』
『主人公ルークの冒険者としての能力――低。』
「知ってる」
『ただし過去事件において、通常とは異なる判断により生存率向上へ寄与した実績あり。』
スライム。
ゴブリン。
色々。
戦闘力。
じゃない。
でも。
少し。
経験。
増えた。
『主人公のみが価値を理解する能力との組み合わせ――適合度高。』
「……」
嫌な。
組み合わせ。
来た。
*
『候補を絞り込みます。』
その下に。
三つ。
『一。』
『一見役に立たない能力または物品を、主人公だけが有用と判断。』
『二。』
『周囲は価値を認識せず、破棄または排除を検討。』
『三。』
『主人公が関与した結果、価値が判明。』
「テンプレだ」
完全に。
なろう。
『期待される要素。』
『主人公活躍。』
『読者に分かりやすい成功。』
『死亡者を必須としない。』
『大規模社会崩壊を必須としない。』
『新規女性キャラクターを破滅させる必要もない。』
「それにしろ!」
思わず。
大きい声。
「ルーク!」
「すみません!」
女将。
また。
怒られる。
でも。
これ。
いい。
すごく。
いい。
誰も。
破滅。
しなくていい。
主人公。
活躍。
する。
アクセス。
上がる。
それで。
いい。
日記帳にはさらに続く。
『ただし。』
「……」
この三文字。
嫌い。
『主流展開のみへ完全移行した場合、既存の未解決要素が長期間停滞します。』
ティナ。
遠方の失踪。
エルナ。
ゴブリン。
全部。
残ってる。
『そのため。』
『主流展開を表層の中心に配置。』
『既存展開は裏側で時間経過させます。』
「裏側?」
『各展開は並行して維持。』
『必要時、再び主要展開へ昇格可能。』
「……」
嫌。
だった。
ティナ。
止まってる。
でも。
地下水路。
何か。
脈打ってる。
遠く。
女たち。
消えてる。
戻ってない。
エルナ。
ゴブリン。
どこか。
いる。
全部。
俺が。
別の。
なろうっぽい。
話。
してる間も。
消えない。
*
夕方。
ギルド。
リサと。
依頼。
見る。
「何かいいのある?」
「薬草」
「また?」
「平和だぞ」
「それ最高」
「最近お前、本当に変わったな」
「平和の価値を理解した」
「遅い」
掲示板。
見る。
護衛。
薬草。
荷物。
害獣。
普通。
依頼。
「これ」
受付。
声。
「処分予定だから持っていきたい人がいたら持ってって」
机。
上。
何か。
置く。
黒い。
石。
拳。
くらい。
「何ですか?」
「ダンジョンから出たゴミ」
「ゴミ?」
「鑑定不能。魔力ほぼなし。素材価値なし。加工もできない」
リサ。
見る。
「ただの石じゃないのか?」
「だったら捨てるんだけどさ。ダンジョン産だから一応、記録だけ取った」
俺。
見る。
黒。
石。
普通。
でも。
胸元。
熱。
「……」
嫌。
な。
予感。
じゃない。
今度。
違う。
日記帳。
開く。
『主流展開への修正を開始します。』
『採用候補。』
『周囲が価値を認識できない物品。』
『主人公のみが違和感を持つ。』
『ギルドでは廃棄予定。』
黒い石。
見る。
「……これかよ」
「何?」
リサ。
「いや」
受付。
「欲しいなら持ってく?」
「いいんですか?」
「ゴミだから」
日記帳。
次。
『新規展開を開始。』
『なお。』
読む。
『ティナ関連――維持。』
『遠方女性失踪――維持。』
『エルナおよび文明化ゴブリン集団――維持。』
『以上は現在の展開と並行して進行可能。』
「……」
やっぱり。
全部。
残す。
『第五十二話候補。』
『ゴミだと言われた黒い石を拾いました』
なろう。
だ。
ものすごく。
なろう。
普通なら。
安心する。
ところ。
なのに。
俺は。
机の上の。
黒い石を。
しばらく。
取れなかった。
だって。
日記帳。
言ってる。
展開を。
修正する。
とは。
書いた。
前の展開を。
終わらせる。
とは。
一言も。
書いてない。
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次は、この黒い石を「普通のなろうなら当たりアイテム」なのに、現実では価値が判明した瞬間に別の問題が発生する方向へつなげられます。




