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世界改稿日記 ~なろうによる世界破綻~  作者: 黒瀬 量衡


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第四十八話 『破滅展開のストーリーを調査します。』

「まだやるのかよ……」


 朝、日記帳を開いた瞬間に頭を抱えた。


『破滅展開のストーリーを調査します。』


 昨日は、女性キャラクターを生かしたまま破滅させる展開を調べると書かれていた。


 しかも、理由は単純だった。


『女性キャラクターの破滅展開は適度なアクセス数が稼げるため、次の女性キャラクターの存命での破滅展開をノクターン、ミッドナイト、フランス書院から調査します。』


 それだけでも十分に嫌だったのに、今日はさらに一歩進んでいる。


『前回調査――破滅状態そのものを分類。』


『今回調査――女性キャラクターが破滅状態へ至るまでのストーリー構造を比較。』


『単発の被害のみではなく、破滅前から破滅後までを連続した物語として構築します。』


「構築しなくていいんだけどなあ……」


「ルーク! 朝から何ぶつぶつ言ってるんだい!」


「何でもないです!」


「だったらパン運びな!」


「はい!」


 女将に怒鳴られて、慌てて日記帳を閉じた。


 今はまだ何も起きていない。


 女将はいつも通りパンを焼いているし、ミレアは店先で商品を並べている。リサは朝から冒険者の仕事へ出たし、セリアも別の依頼に参加している。


 王都は平和だった。


 少なくとも、俺の周囲は。


 遠方では成人した女たちが行方不明になり続けているらしい。誰も戻ってきていない。でも、あまりに遠すぎて俺たちには噂しか届かない。


 エルナとゴブリンたちも消えたままだ。


 それなのに日記帳は、もう次の女を壊す方法を考え始めていた。


     *


 昼過ぎ。


 客が途切れたところで、俺は裏へ回って日記帳を開いた。


 朝の続きが増えている。


『存命破滅ストーリーの基本構造を抽出。』


『第一段階――破滅以前の日常を提示。』


『第二段階――日常を脅かす事件を発生。』


『第三段階――本人による抵抗。』


『第四段階――一時的な回復、救出、成功その他の希望を提示。』


『第五段階――本人の選択、事件の結果、身体変化、社会的事情その他により、元の生活へ完全には戻れない状態を確定。』


『第六段階――生存した本人が、変化後の日常を継続。』


「最後が一番嫌だな」


 死なない。


 それ自体はいい。


 でも、日記帳にとって「生かす」というのは救うためじゃない。


 破滅したあとも話を続けられるからだ。


『死亡型では、破滅の結果が死亡時点で固定されます。』


『存命型では、破滅後にも食事、労働、家族関係、友人関係、社会生活等が継続します。』


『そのため、事件そのものだけではなく、変化した人生を継続的に描写できます。』


「そういう理由で生かすなよ……」


 日記帳は俺の言葉とは関係なく、さらに記載を増やした。


『調査対象作品群においては、単純な一回限りの被害よりも、事件前後の差が継続して示される構造が確認されます。』


『具体的な表現、場面、台詞等は採用せず、物語構造のみを抽出します。』


『重要要素――本人が破滅以前に何を所有していたか。』


『職業。』


『家族。』


『恋人または婚約者。』


『友人。』


『身体。』


『能力。』


『社会的信用。』


『帰る場所。』


『将来計画。』


「最初に持ってる物を並べてる時点で嫌なんだよ」


 何を失わせるか。


 そのために先に何を持たせるか。


 日記帳の考え方が、だんだん分かってきてしまった。


     *


「何読んでるんだ?」


「うわ!」


 急に後ろから声をかけられ、日記帳を閉じる。


 リサだった。


「帰ってたの?」


「今帰った。何でそんな驚く」


「ちょっと考え事」


「また変な顔してたぞ」


「最近ずっとしてる気がする」


「自覚あるならいい」


 リサは勝手に水を飲み、それから厨房の方を見る。


「飯ある?」


「女将に聞いて」


「もう聞いた」


「早いな」


 リサは俺が何を見ていたか追及しなかった。


 それでいい。


 日記帳のことを意味のあるものとして認識するのは、俺だけだ。


「遠くの失踪、また増えたって?」


「噂ではね」


「帰ってきた奴は?」


「聞いてない」


「エルナの話も?」


「何も」


「そうか」


 それだけ。


 俺たちには本当に何もできない。


 噂と日記帳の記載。


 それしか情報がない。


 だから日常はそのまま進んでいく。


 その横で、日記帳だけが別の物語を準備している。


     *


 夜。


 部屋へ戻ってから、続きを読む。


『破滅ストーリー候補を比較します。』


「……始まった」


『候補一――身体変化型。』


『成人女性が事件から生還する過程で、身体の一部または身体機能に不可逆的変化が発生。』


『本人は生存。家族との再会も可能。人間社会にも残留。』


『ただし、以前の職業、生活習慣、婚姻予定その他へ影響が生じる。』


『評価――視覚的変化を示しやすい。破滅後の日常へ接続しやすい。』


『問題――セリアの身体認識喪失展開と主題が一部重複。』


「じゃあやめろ」


 もちろん、日記帳は何も返さない。


 ただ次の候補へ進む。


『候補二――自己犠牲型。』


『本人にとって重要な人物または複数の他者を救うため、成人女性自身が不可逆的な代償を選択。』


『救助――成功。』


『本人――生存。』


『選択そのもの――本人意思。』


『しかし代償のみが残り、元の日常へ完全復帰不能。』


 俺は眉を寄せた。


 これも嫌だ。


 悪いことをしたから破滅するんじゃない。


 誰かを助けたから戻れなくなる。


『評価――本人の能動性を維持可能。読者が本人の選択理由を理解しやすい。』


『問題――自己決定を伴う点でエルナ編と一部類似。ただし、共同体離脱を目的としない点では差別化可能。』


「エルナを基準に比較するなよ……」


 次。


『候補三――二重生活型。』


『事件後、本人は一見正常に社会復帰。』


『家族関係維持。』


『職業継続。』


『外見上も大きな変化なし。』


『ただし、事件によって成立した不可逆的条件を維持するため、一定周期で通常社会とは異なる場所、存在、役割その他へ戻る必要が生じる。』


『周囲へ秘密にする場合、通常生活と破滅後生活が並行。』


 これも話としては分かりやすい。


 普通に暮らしている。


 でも、普通には戻っていない。


『評価――日常と異常を交互に描写可能。発覚リスクを長期的に利用可能。』


『問題――呪い、契約、寄生その他の既存類型に近づきやすい。』


 ちゃんと欠点まで分析している。


 そこだけ妙に冷静なのが余計に腹立たしい。


     *


『候補四――価値観変化型。』


『家、職業、家族、身体等を失わない。』


『事件前後で外面的な生活は維持。』


『ただし本人の価値観のみが不可逆的に変化。』


『過去の本人なら拒絶した生活、立場、関係等を、現在の本人が自発的に選択。』


『周囲からは救出または復帰成功と評価される一方、過去を知る人物のみが決定的変化を認識。』


 エルナ。


 真っ先に浮かんだ。


 日記帳の続きにも同じ評価が出る。


『既存展開との比較――エルナ編との類似度が高い。』


『不採用。』


「そこはまとも」


 返事はない。


 次へ進む。


『候補五――能力獲得型。』


『成人女性が事件を契機として特殊能力を獲得。』


『表面的には覚醒、強化、新能力獲得等の成功展開として成立。』


「なろうっぽいな」


『ただし、能力使用に不可逆的な代償を設定。』


『能力を使用しなければ本人の日常は一定程度維持可能。』


『しかし使用しなければ救えない他者を配置。』


『本人は能力を使用。』


『救助成功。』


『代償蓄積。』


『その後も新たな救助対象を発生させ、本人が繰り返し能力使用を選択。』


 読んでいるうちに嫌なものが見えてきた。


 この女は。


 自分を守れば戻れる。


 でも、誰かを助けるたびに戻れなくなる。


『最終状態――多数の他者を救出。』


『本人――生存。』


『事件前の人生への完全復帰――不能。』


「最悪じゃん」


 でも。


 日記帳の評価は高かった。


『長所――主人公的人物として能動的に行動可能。』


『長所――毎回の能力使用に選択を発生させられる。』


『長所――救助成功による達成感と、本人の不可逆的変化を同時進行可能。』


『長所――破滅後も社会生活を継続可能。』


『総合評価――高。』


 嫌な予感が強くなった。


     *


『候補六――社会的誤認型。』


『本人に重大な身体損傷を与えず、事実と異なる社会的評価のみを固定。』


『本人は潔白。』


『一部の家族、友人等は本人を信用。』


『しかし社会全体では疑惑を払拭できない。』


『本人は人間社会に残ったまま、誤った評価と共存。』


『既存展開との比較――エルナの社会的風評被害と重複。』


『不採用。』


 これで候補が一通り並んだらしい。


 少し空白が空く。


 俺は嫌な予感を抱えたまま、次の行を待った。


『比較結果。』


『死亡させない。』


『人間社会から完全離脱させない。』


『既存主要女性キャラクターの破滅展開と重複させない。』


『主人公による一度の救出で完全解決させない。』


『破滅後も本人の日常を継続して描写可能とする。』


『以上の条件から、候補五を基礎構造として採用します。』


「能力獲得型か……」


 やっぱり。


 日記帳はそのまま構成を続ける。


『基本ストーリー。』


『新規成人女性キャラクターを導入。』


『開始時点では一般的な生活を維持。』


『本人が守りたい人物、職業、生活、将来計画等を設定。』


『事件発生。』


『通常の手段では他者を救助不能。』


『本人が特殊能力を獲得。』


『第一回能力使用――救助成功。』


『本人への不可逆的変化――軽度。』


『本人は変化を受容し、日常復帰を試みる。』


『第二の事件発生。』


『能力を使わなければ他者が重大な被害を受ける状況を設定。』


『第二回能力使用――救助成功。』


『不可逆的変化――進行。』


 最初は。


 まだ戻れると思わせる。


 それからもう一度。


 使わせる。


『以降、本人自身の判断によって能力使用を反復。』


『救助人数増加。』


『本人の社会的評価――上昇可能。』


『本人の能力――強化可能。』


『本人の日常生活への適合性――低下。』


「英雄になればなるほど、元に戻れなくなるのか」


 日記帳は当然、俺の言葉には反応しない。


『最終的に。』


『本人は多数の人間を救った存命キャラクターとなります。』


『同時に。』


『事件前の本人が最も維持したかった生活へは戻れない状態となります。』


 うわ。


 嫌だ。


     *


 でも、まだ具体的な破滅内容は書かれていなかった。


『能力使用の代償候補を検討。』


『寿命消費――死亡型へ移行しやすいため優先度低。』


『単純な負傷――回復可能であり不可逆性不足。』


『単純な醜悪化――社会排除へ直結しやすく、今回の「人間社会に残す」条件と相性が悪い。』


『全面的な魔物化――既存作品群で頻出。差別化不足。』


『記憶消失――セリア編との主題重複が大きい。』


『人格消失――本人の能動性が失われるため不適。』


「結構条件厳しいな」


 それでも。


 見つけるんだろう。


『方向性。』


『身体機能。』


『生活習慣。』


『能力運用。』


『対人関係。』


『職業適性。』


『以上の複数項目へ段階的な変化を発生させます。』


『外見のみの変化には限定しません。』


「具体的には何だよ……」


 文字はそこで途切れた。


 しばらく待った。


 増えない。


 今までなら俺は問いかけていただろう。


 でも。


 意味はない。


 日記帳は俺と話しているんじゃない。


 こいつが書きたいものを。


 勝手に。


 書いているだけだ。


     *


 翌朝。


 ページを開くと、続きがあった。


『破滅展開のストーリー調査――第一段階終了。』


『採用構造。』


『普通に生活する成人女性。』


『守りたいものを所有。』


『他者を救う必要が発生。』


『特殊能力獲得。』


『能力使用による救助成功。』


『本人も生存。』


『使用代償として不可逆的変化が蓄積。』


『本人は日常復帰を試みる。』


『新たな救助対象発生。』


『本人の意思で再度能力を使用。』


『救助成功。』


『不可逆的変化進行。』


『以上を複数回反復。』


「……」


 昨日まで。


 まだ。


 破滅の種類を調べていた。


 今日。


 もう。


 話の骨組みまでできている。


『最終到達点。』


『本人は死亡しません。』


『救った人間も多数生存します。』


『本人は人間社会に残ります。』


『家族や知人との関係も完全には切断しません。』


『しかし、事件以前と同一の人生へ復帰することはできません。』


 その方が。


 長く。


 書けるから。


『破滅後の日常を継続的に描写します。』


 やっぱり。


     *


 朝食。


 女将がパンを置く。


「冷める前に食べな」


「はい」


 ミレアが向かいへ座る。


「今日、セリアさん遅い?」


「朝の依頼だって」


「リサさんは?」


「ギルドじゃない?」


「そうなんだ」


 普通の。


 会話。


 普通の。


 朝。


 日記帳を閉じていれば。


 何も。


 変わらない。


 でも。


 もう次の女の人生は。


 構造だけ。


 作られている。


 日記帳の中で。


 まだ名前もない。


 顔もない。


 職業もない。


 それなのに。


 どこから始めて。


 何回助けさせて。


 どうやって戻れなくするのか。


 そこまで。


 先に決まった。


     *


 夜。


 日記帳には最後の記載が増えていた。


『破滅ストーリーを成立させるため、次に新規成人女性キャラクターの初期状態を設定します。』


『重要項目。』


『本人にとって最も守りたいもの。』


『本人が現在当然だと思っている日常。』


『本人が将来も継続すると信じている生活。』


『本人が失うことを想定していないもの。』


 嫌な並びだった。


 破滅させるものを。


 先に。


 探している。


『破滅前の幸福度を一定以上に設定。』


『ただし過剰な理想化は避け、一般的な成人女性として生活させます。』


『読者が「この生活が続く」と認識できる期間を確保します。』


『その後、事件を開始します。』


「……」


 最後に。


 次の題名。


『第五十話 何を失いたくない女性なのか決めます』


 俺は日記帳を閉じた。


 何を。


 失いたくないか。


 普通なら。


 その人を知るために聞くことだ。


 大事なもの。


 好きなもの。


 守りたいもの。


 夢。


 将来。


 でも。


 日記帳が。


 それを調べる理由は。


 違う。


 その女を。


 一番。


 元に戻れなくするためだ。


 まだ。


 誰なのかも。


 分からない。


 それでも。


 破滅までのストーリーだけは。


 もう。


 出来始めていた。


 この作品の品質向上のため、ぜひ感想をお寄せください。今後の展開・キャラクター・構成・描写方針の参考として利用します。


`https://novelcom.syosetu.com/impression/list/ncode/3306613/?ref=ncodeheader`


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