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世界改稿日記 ~なろうによる世界破綻~  作者: 黒瀬 量衡


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第四十七話 誰も帰ってこない

「また消えたらしいぞ」


 パンを運んでいた俺の手が止まった。


「……どこで?」


「北東のずっと向こうだとさ」


 店の客が、買ったパンを袋へ入れながら答える。


「山の向こうの村だったかな。若い娘が二人、いなくなったらしい」


「戻った人は?」


「何が?」


「前に消えた人たち」


「ああ」


 客は少し考えてから首を振った。


「戻ったって話は聞かねえな」


「……そうですか」


「最近多いよな。人買いじゃねえかって話もあるぞ」


「ゴブリンって噂は?」


「それも聞く。でも盗賊だって話もあるし、魔物だって話もある。遠い土地の話だから、何が本当なんだかな」


 それだけ話すと、客は店を出ていった。


 残った俺を、女将が睨む。


「ルーク」


「はい」


「パン」


「あ」


「落とすよ」


「すみません」


 慌てて持ち直す。


 遠い土地。


 また。


 今回も。


 俺たちにはどうしようもない距離だった。


     *


「またか」


 夕方、話を聞いたリサが言った。


「うん」


「何人?」


「二人って噂」


「前の連中は?」


「帰ってないらしい」


 セリアも顔をしかめる。


「場所は?」


「北東の遠く。詳しくは分からない」


「なら今回も行けないな」


「……うん」


 前に聞いた失踪も遠かった。


 今回も遠い。


 馬車で数日という話じゃない。いくつもの街や宿場を越え、さらにその先の村で起きているらしい。


 正確な村名すら伝わってこない。


 俺たちが「ちょっと調べてくる」と言って向かえるような場所ではなかった。


「何で全部そんな遠いんだよ」


「何でって言われてもな」


 リサが肩をすくめる。


「こっちで起きてないだけマシだろ」


「それはそうだけど」


「近くで起きてほしいのか?」


「そんなわけない!」


「ならいいだろ」


 よくない。


 近くで起きてほしいわけじゃない。


 でも遠ければ、何が起きているのか確かめることもできない。


 俺たちはただ、何日も何週間も遅れて届く噂を聞くだけだった。


     *


 胸元が熱くなった。


「……来た」


「また?」


 リサが俺の顔を見る。


「うん」


 日記帳を開く。


『情報を更新します。』


『遠方の複数村落における成人女性の失踪――継続。』


『新規失踪者――発生。』


『既知の帰還者――なし。』


「また、それだけ?」


 次の文字が出る。


『主人公所在地から対象地域まで――遠距離。』


『主人公一行による即時接触――不可能。』


「不可能」


『本件について主人公が取得可能な情報は、伝聞による噂、および本日記帳に記載される情報に限定します。』


「……」


 はっきり。


 書かれた。


『主人公一行が現地へ赴き、直接調査する展開は発生しません。』


『主人公一行が失踪現場を確認することもありません。』


『主人公一行が失踪者本人、家族、村人、現地冒険者等から直接証言を得ることもありません。』


「徹底してるな」


 セリアには日記帳の内容は見えない。


 だから俺が突然うんざりしても、いつもの独り言として流される。


「何か分かったのか?」


「今回も遠いって」


「それは噂でも分かってる」


「もっとはっきり。俺たちが行って調べるような展開にはならないみたい」


「なら、待つしかないな」


「……うん」


 何を。


 待つんだろう。


 帰還。


 次の噂。


 それとも。


 もっと悪い何か。


     *


 一週間後。


「まだ帰ってないらしいねえ」


 今度は女将が、客から聞いた話を俺に教えた。


「前の人?」


「どの前だい」


「……そうか」


 もう。


 それくらい増えている。


「何人かは知らないよ。うちの客が旅商人から聞いたってだけだからね」


「場所は?」


「遠くだよ」


「やっぱり」


「何だい、その反応」


「いや」


 遠い。


 また遠い。


 その次の日。


 ギルドでも聞いた。


「東の山地でまた娘がいなくなったらしい」


「帰ってきた奴?」


「いないってよ」


 さらに数日後。


「北東の方じゃ、若い女を一人で森へ行かせない村が増えてるらしいぞ」


「前にいなくなった人は?」


「戻ってないんじゃねえの?」


 どの話も。


 遠い。


 どの話も。


 人づて。


 誰も現地へ行って確認したわけじゃない。


 その場にいた人間が王都まで来て話しているわけでもない。


 商人が宿場で聞いた。


 冒険者が別の街で聞いた。


 旅人が商隊から聞いた。


 何人もの口を通って。


 最後に。


 王都へ。


 噂だけが届く。


     *


「正確な人数、もう分からないな」


 リサが言った。


「うん」


「同じ女を別々に数えてる話もありそうだ」


「日記も総数は出さない」


「じゃあ何が確かなの?」


 セリアが聞く。


 俺は少し考えた。


「成人女性が何人も消えてる」


「うん」


「全部遠い地域」


「うん」


「俺たちは現地には行けない」


「それから?」


「……帰ってきた人がいない」


 三人とも黙った。


 そこだけは。


 変わらない。


 最初に噂になった女たちも。


 そのあと消えた女たちも。


 一人くらい。


 迷子だった。


 駆け落ちだった。


 別の町へ行っていた。


 そういう話が混じってもよさそうなのに。


 少なくとも日記帳が扱っている失踪者については。


 誰も。


 戻ってこない。


     *


 夜。


 日記帳を開いた。


『現状整理。』


『エルナおよび文明化したゴブリン集団――一カ月以上所在不明。』


『旧集落――放棄済み。』


『現在位置――不明。』


『同時期より、遠方の複数地域において成人女性の失踪が継続。』


「関連してる?」


『不明。』


「エルナたちがやった?」


『不明。』


「ゴブリンキングの命令?」


『不明。』


「エルナ本人が関わってる?」


『不明。』


「何にも分からないじゃん!」


 日記帳は。


 公平。


 分からないことを。


 分かったとは書かない。


 それが。


 今は。


 腹立たしい。


『確認可能な事実。』


「……」


『失踪者――全員成人女性。』


『失踪――継続。』


『帰還者――なし。』


『主人公が直接確認可能な範囲での事件発生――なし。』


「……」


 次。


『今後も、本件に関する事件は主人公が即座に駆け付けられる範囲では発生しません。』


「ずっと?」


『少なくとも現在の展開上、その方針を維持します。』


「何で」


 文字が続く。


『主人公による直接介入を発生させず、情報のみが蓄積される構成とします。』


「……」


 情報。


 だけ。


 エルナが消えた。


 ゴブリンたちも消えた。


 遠くの女たちも消えた。


 誰も帰ってこない。


 でも。


 俺は。


 何も見ていない。


     *


 数日後。


 また噂。


「今度は南東のもっと先らしい」


 ギルドの冒険者が酒を飲みながら話していた。


 俺は思わず聞く。


「女の人?」


「ああ。成人した娘が一人」


「戻った?」


「さあな」


「場所は?」


「行く気か?」


「いや」


「やめとけ。王都からじゃ遠すぎる。わざわざ噂一つ追う距離じゃねえよ」


「……分かってる」


 本当に。


 毎回。


 そう。


 遠い。


 地図を開いたところで意味がない。


 今から向かったって。


 たどり着く頃には。


 また。


 何週間も経っている。


 しかも。


 その頃には。


 別の。


 さらに遠い場所から。


 また。


 新しい噂が届く。


     *


 ミレアも店で耳にしていた。


「また女の人?」


「うん」


「ゴブリンって話?」


「それもある。でも決まってない」


「……」


「人買いだって言う人もいるし、盗賊だって言う人もいる」


「戻った人は?」


 やっぱり。


 そこ。


「いない」


「一人も?」


「日記――」


 危ない。


「……聞いた限りでは、一人も」


 ミレアが黙る。


「それが一番怖い」


「うん」


「誰か一人でも戻れば」


「何が起きたか分かる」


「うん」


 でも。


 戻らない。


 だから。


 何も。


 分からない。


     *


 日記帳。


『本件の情報構造を整理します。』


「情報構造?」


『主人公が知る情報源。』


『一。王都へ遅れて到達する噂。』


『二。本日記帳の記載。』


『以上。』


「二つだけ?」


『はい。』


『現地調査――なし。』


『直接目撃――なし。』


『失踪者との接触――なし。』


『現地関係者への聞き取り――なし。』


『救出への参加――なし。』


「……」


『主人公の立場。』


 次。


『観測者。』


 それ。


 嫌。


 だった。


 エルナの時は。


 まだ。


 追えた。


 森。


 行けた。


 話せた。


 本人に。


 帰るか。


 残るか。


 聞けた。


 でも。


 今。


 何かが。


 遥か遠くで。


 起きている。


 俺には。


 届かない。


     *


『また新たな噂が届きます。』


「今?」


『数日以内。』


「何の?」


『成人女性の失踪。』


「……また」


『場所――遠方。』


「やっぱり」


『主人公が駆け付けることはできません。』


「分かったよ」


『当該女性についても。』


 止まる。


「何」


『帰還しません。』


「……」


 最初の。


 六人。


 その後。


 何人。


 増えた。


 分からない。


 でも。


 少なくとも。


 日記帳が。


 失踪者として扱った女たちは。


 一人も。


 戻らない。


 誰も。


 助かったと。


 聞かない。


 誰も。


 死んだとも。


 聞かない。


 ただ。


 いなくなる。


 そして。


 次の噂が。


 遠くから。


 届く。


     *


『次話候補。』


『第五十話 遠くで女たちが消え続けています』


「そのままじゃん」


『現状を正確に表現しています。』


「正確だけど」


 嫌。


 だ。


 少なくとも。


 王都は。


 今のところ。


 平和。


 女将はパンを焼いている。


 リサは冒険者の仕事をしている。


 セリアも少しずつ仕事へ戻っている。


 ミレアも店を手伝っている。


 俺も。


 ここにいる。


 誰も。


 この近辺では。


 消えていない。


 だから。


 俺たちは。


 駆けつけることも。


 戦うことも。


 助けることも。


 できない。


 ただ。


 遠くから。


 噂が来る。


 成人した女が。


 また一人。


 消えた。


 まだ。


 帰っていない。


 次も。


 戻っていない。


 その次も。


 誰も。


 帰ってこない。


 エルナとゴブリンたちが消えてから。


 一カ月以上。


 俺が手に入れられるのは。


 噂と。


 日記帳の記載。


 それだけだった。


 そして日記帳は。


 まだ一度も。


『帰還者あり』


 とは。


 書かなかった。


 この作品の品質向上のため、ぜひ感想をお寄せください。今後の展開・キャラクター・構成・描写方針の参考として利用します。


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