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世界改稿日記 ~なろうによる世界破綻~  作者: 黒瀬 量衡


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第四十五話 『ゴブリンキングに王妃があらわれました。』

「……柵?」


 森の奥に、明らかに人工物としか思えないものがあった。木の太さも高さも揃っていないし、造りも雑だ。それでも、先端を尖らせた丸太を地面へ打ち込み、蔓で横木を結んだそれは、どう見ても外敵を防ぐための柵だった。


「人間が作ったのか?」


「いや。この辺りに集落はない。それに作りが雑すぎる」


 セリアが根元を調べながら答えた。俺たちは昨日、人里から消えたエルナを追ってここまで来た。途中から彼女の足跡には何匹ものゴブリンの足跡が混じり、今では獣道すら外れている。だから見つかるとしても洞窟か、せいぜい粗末な巣だと思っていたのだ。


「ルーク、踏むな」


「え?」


 セリアに肩を引かれ、足を止める。落ち葉の下には浅い穴があり、底には尖った枝が並んでいた。その先には細い蔓が張られ、引っかければ少し離れた場所へ吊るした木片が鳴る仕掛けまである。


「……罠?」


「簡単なものだがな」


 リサが周囲を見回す。


「一個じゃないぞ。見張りまでいる」


 柵の向こう、木の上に小さな影が見えた。ゴブリンだ。こちらにはまだ気づいていないらしく、森の外をじっと見張っている。


 その瞬間、胸元が熱くなった。


「またかよ……」


 日記帳を開くと、真っ先に二行が浮かび上がった。


『ゴブリンに文明が持ち込まれました。』


『ゴブリンキングに王妃があらわれました。』


「……は?」


 もう一度読んだ。


 変わらない。


「ルーク、何か分かったのか?」


「嫌な予感が、確信に変わった」


「いつものか」


「いつもの」


 日記にはさらに続きが現れた。


『文明導入状況。防柵、簡易門、警戒線、落とし穴、夜間見張り、食料貯蔵、飲料水と排泄場所の分離、火の常時維持、武器保管場所の固定、負傷者の簡易処置、役割分担。』


「……かなりまずい」


「何がだ?」


「ゴブリンが村を作り始めてる」


 説明するより、見た方が早かった。


     *


 正面から入るのは危険なので、俺たちは少し離れた高台へ回った。そこから森の中を見下ろし、三人とも言葉を失った。


 小屋がある。十軒どころじゃない。枝と丸太と泥を組み合わせただけの粗末なものだが、雨風を防げる屋根があり、中央では火が絶えないよう囲われている。肉は地面へ放り出さず木の棚に吊るされ、水場と排泄場所は離され、ゴミまで一か所へ集められていた。


「これ、全部ゴブリンが?」


「少なくとも人間の村ではないな」


 セリアが低く答える。リサもさすがに冗談を言わなかった。


「誰が教えた」


「一人しかいない」


 探すまでもなかった。


 中央に人間の女がいた。


「エルナ……」


 生きている。服も着ている。剣も腰にある。拘束されていない。何匹ものゴブリンが周囲を歩き回っているのに、誰も勝手に彼女へ触れようとしなかった。それどころか、エルナが指を差すと二匹が木材を運び、別の一匹が肉を棚へ移している。


「命令してるのか?」


「少なくとも、指示は通ってるみたいだな」


 そこで、大きな影が小屋の奥から出てきた。


 普通のゴブリンとは明らかに違う。俺より大きく、筋肉も発達し、奪ったものらしい鉄剣まで腰に下げている。


「ゴブリンキング」


 リサが杖を握る。


「前に倒した奴とは別だよ。あいつは死んだ」


「なら、新しいキングか」


 そのキングは真っ直ぐエルナへ向かった。俺は反射的に身構えたが、襲う様子はない。エルナの肩や腕を確かめるように触れたあと、自分で食料の入った器を持ってきて彼女へ渡した。


 エルナが何か言って首を振る。キングが唸る。エルナが少し笑った。


「……何だ、あれ」


「仲良さそうだな」


「セリア!」


「事実を言っただけだ」


 さらに別のゴブリンがエルナへ近づくと、キングが低く一声吠えた。それだけで相手は足を止め、すぐに下がる。


 胸元がまた熱くなる。


『ゴブリンキングからエルナへの行動を確認。食料配分――優先。寝床――同一領域。他個体による無断接触――禁止。危険発生時――保護を優先。エルナの意見――高頻度で採用。』


「……大事にしてるのか?」


『単なる繁殖対象としての扱い――該当せず。』


「返事みたいに書くなよ」


 でも、見ていれば分かる。


 エルナが歩けばゴブリンたちは道を空ける。エルナが怒ればキングが周囲へ吠える。傷つけないどころか、キング自身が明確に彼女を守っている。


 どうしてそうなった。


 そう考えたところで、エルナがこちらを見た。


     *


「……まずい」


 目が合った。


「エルナ!」


「ルーク!」


 俺が立ち上がると、キングもこちらへ顔を向けた。低い唸り声が響き、村中のゴブリンが一斉に武器を取る。


「待て!」


 エルナが叫んだ。


 だがゴブリンたちは止まらない。エルナはキングの腕を掴み、こちらを指して何かを言った。キングはしばらく俺たちを睨んでいたが、やがて腕を上げる。


 それだけで、周囲のゴブリンが止まった。


「……本当に命令を聞くんだな」


「エルナの命令というより、キングがエルナの意見を採用したように見える」


 セリアの冷静な分析が怖い。


 俺たちは武器を抜かないまま斜面を下りた。エルナもこちらへ近づこうとしたが、その瞬間、キングが動いた。


「っ!」


 剣へ手を伸ばしかける。


 キングが掴んだのは俺じゃない。


 エルナだった。


「おい!」


 太い腕でエルナを自分の胸元へ引き寄せ、その身体を抱き込む。エルナは一瞬驚いたが、抵抗しなかった。


 何より、キングの視線はずっと俺へ向いている。


「……もしかして」


 リサが呟いた。


「何?」


「あいつ、見せてるんじゃないか?」


「何を」


「エルナが自分の女だって」


「は?」


 そう言われると、それ以外に見えなくなった。


 キングはエルナを自分の身体で包むように抱え、俺を睨みながら離そうとしない。俺が一歩進めば、さらに低く唸る。


「取らないって!」


「ルーク、多分言っても無駄だ」


 エルナが呆れたように言った。


「何で俺が敵視されてるの?」


「知らん」


「エルナの知り合いだから?」


「多分」


「じゃあ説明してよ!」


「言葉が通じない!」


「文明教えたのにそこはまだなの!?」


「そんなすぐ人間語覚えるか!」


 こんな状況なのに、少しだけ以前のエルナに戻ったみたいだった。


 日記帳に文字が浮かぶ。


『ゴブリンキング側認識。主人公ルーク――成人男性。エルナとの既知関係あり。対象を呼名し接近。競合雄の可能性を認識。』


「競合雄じゃない!」


『その結果、エルナとの伴侶関係を主人公へ誇示。人間語へ意訳――「これは俺のメスだ」。』


「意訳が酷い!」


 でもキングの態度を見れば否定しにくい。


     *


「エルナ」


「何だ」


「本当に大丈夫?」


「何が」


「そいつ」


 キングを見る。


「襲われてない?」


「今は襲われてない」


「今は、って言い方怖いんだけど」


「少なくとも、こいつは私を傷つけない」


「何で分かる」


「一緒にいるからだよ」


 エルナはキングの腕を軽く叩いた。キングは怒らない。それどころか、抱く力を少し緩めた。


「私が怪我すると怒る。食べてないと食料を持ってくる。寝てなければ寝床に連れていく。他のゴブリンが勝手に触ろうとすれば止める」


「……大事にされてる?」


「人間の『大事』と同じなのかは知らん。でも、少なくとも雑には扱われてない」


 エルナはそう言ってキングを見上げた。


「あと、私が怒ると困る」


「ゴブリンキングが?」


「ああ。最近は顔を見れば分かる」


「俺には全部怖い顔にしか見えない」


「私は分かる」


 その一言が妙に重かった。


 人間の中にいた時より、エルナはこのゴブリンキングの顔色を読めるようになっている。


「それで、本当に人里へ帰らないの?」


「帰らない」


「家族は?」


 エルナが一瞬黙る。


「会いたいよ」


「なら」


「会いたいことと、一緒に暮らせることは別だ」


「王都だって、女将の店なら――」


「嫌いじゃない」


 俺の言葉を遮る。


「女将も、セリアも、リサも、ミレアも嫌いじゃない。ルークもな。でも、ここにいる方が楽なんだ」


「ゴブリンの方が人間より優しいってこと?」


「違う」


 即答だった。


「こいつらが私を人間として尊重してるなんて思ってない。愛されてるからここにいる、とも思ってない。ただ、聞かれないんだ」


「何を?」


「何匹産んだ。どんなことをされた。何で生きてた。本当は好きだったんじゃないか。化け物腹。魔物腹」


 エルナは淡々と並べ、それからゴブリンたちを見た。


「こいつらは、そういうことを聞かない」


 そもそも聞けない。


 意味を知らない。


 それだけだ。


 でもエルナにとっては、その「だけ」が大きかった。


     *


「ところで」


 リサがキングを見る。


「こいつとは、どういう関係なんだ?」


「どういうって?」


「ずっと抱かれてるぞ」


 エルナがようやく自分の状態を見た。


「……離せ」


 キング。


 離さない。


「おい」


 腕を叩く。


 それでも離さない。


 俺を見る。


 さらに警戒。


「ああ、駄目だ。完全にお前のせいだ」


「俺!?」


 その時、胸元が熱くなった。


『ゴブリンキングに王妃があらわれました。』


「またそれ!」


「何だよ」


「何でもない!」


 続く。


『最大個体――統率者。統率者の隣に常在する人間女性。食料配分へ関与。居住地構造へ関与。統率者の判断へ影響。他個体による無断危害――禁止。』


『人間社会の概念へ変換。王――ゴブリンキング。王妃――エルナ。』


「勝手に王妃にするな!」


「さっきから何と戦ってるんだ、お前」


「何でもないって!」


 エルナは呆れた顔をした。


「でも」


 セリアが口を挟む。


「実質的には近いな」


「セリアまで言うな」


「キングはお前の意見を聞く。群れもお前に一定の地位を認めている。それに今の態度を見る限り、キングはお前を明確に自分の伴侶だと思っている」


「……」


 エルナは否定しかけて、やめた。


 キングの腕はまだ腰に回っている。


     *


 エルナが何かを考えるようにキングを見上げた。


 それから頬へ手を添える。


「おい」


 キングの唸り声が止まった。


 エルナは自分を指し、次にキングを指した。そして最後に、自分の腹へ手を置く。


「……エルナ?」


 嫌な予感がした。


「私に、お前の子を孕ませて」


「は?」


 今度は俺だけじゃない。


 リサもセリアも黙った。


「エルナ」


「聞こえただろ」


「聞こえたから確認してる!」


「私が欲しいんだ」


 エルナは俺を見る。


「今度は、誰かに決められたんじゃない」


 以前の妊娠は違った。


 本人が望んだものじゃない。


 拒否する自由も、逃げる自由もなかった。


 だから同じ「妊娠」という言葉でも、今回エルナが口にしているものとは意味が違う。


「本当に?」


「ああ」


「前は腹の中にいる子を嫌がってた」


「それとこれとは別だ」


「どう違う」


「前のは、私が望んでない」


 エルナの顔から笑みが消えた。


「今回は私が望んでる」


 短い。


 でも、それ以上にはっきりした違いはなかった。


 リサが腕を組む。


「ルークに見せつけたいだけじゃないな?」


 エルナが少し黙った。


「……それもある」


「あるのかよ!」


「こいつに、お前が私を取りに来たんじゃないって分からせたいんだよ!」


「俺は取る気ないって!」


「お前じゃない。こいつにだ!」


 キングはまだ俺を睨んでいる。


 なるほど。


 腹立つくらい筋が通っていた。


「でも、それだけじゃない」


 エルナはキングの胸へ手を置いた。


「私はここにいる。こいつといる。それから――こいつの子が欲しい」


 キングが言葉を理解したかどうかは分からない。


 ただ、エルナが自分から抱きつき、離れようとしないことは理解したらしい。俺へ向けていた警戒が少しだけ弱くなる。


「最後に聞く」


 俺は言った。


「本当にエルナが決めた?」


「ああ」


「人間に戻れないからとか、俺に拒否されたからとか、それだけじゃない?」


「それだけじゃない」


「化け物腹だから、そういう役目しかないとか思ってない?」


 そこでは少しだけ止まった。


「それは……まだ、完全には消えてない」


「……」


「でも」


 キングを見る。


「こいつとの子が欲しいと思ってるのは、今の私だ」


 だったら。


 俺が決めることじゃない。


     *


 エルナがキングへ身体を寄せると、キングも彼女を抱き返した。


 今度は俺に見せつけるためだけの抱擁じゃない。それを見て、セリアが先に背を向ける。


「行くぞ」


「え?」


「本人が決めたんだろ。ここから先まで私たちが見届ける必要はない」


 リサも俺を見る。


「ルーク」


「俺も見ないよ!」


「なら離れるぞ」


 俺たちは距離を取った。


 エルナは捕虜じゃない。救助対象でもない。少なくとも今は、自分の意思でキングの隣にいる。


 背後からエルナの声がした。


「キング」


 もちろん本当の名前じゃない。


 人間側の呼び方だ。


「私が決めたんだからな。お前も大事にしろよ」


 低い声が返る。


 意味が通じたかどうかは分からない。


 それでもエルナは笑ったようだった。


 そこから先、俺は振り返らなかった。


     *


 少し離れたところで日記帳を開く。


『関係性更新。』


『エルナ→ゴブリンキング。伴侶関係――本人が明確に肯定。次世代を望む意思――本人から表明。』


『ゴブリンキング→エルナ。所有意識――高。保護行動――高。食料共有――あり。寝床共有――あり。他個体からの保護――あり。伴侶認識――確定。』


「所有意識って言い方どうにかならない?」


『ゴブリン側の認識として適切。』


「また返事みたいに」


 さらに文字が続く。


『過去の妊娠――本人意思なし。今回、本人は自ら次世代を望んだ。同じ結果であっても、成立過程および本人意思が異なる。』


 そこは分かる。


『王と王妃の関係――確定。』


「だから本人は王妃って認めてない!」


『本人の称号認識――否定的。ただし機能上は該当。』


「機能で人を王妃にするなよ!」


 日記帳は無視して次へ進む。


『文明導入者――エルナ。』


『導入知識――冒険者としての野営経験、保存食の基礎、水場管理、夜間警戒、負傷時の簡易処置、武器管理、人間集落の生活知識。』


 改めて村を見る。


 大した知識じゃない。


 エルナは城壁の作り方を教えたわけでも、鉄を精錬する技術を与えたわけでもない。ただ、肉を地面へ放置するな、水を汚すな、火を絶やすな、夜は見張れ、入口には柵を作れ。


 冒険者なら知っていて当然のことばかりだ。


 日記帳には結果が続いた。


『乳幼体生存率――上昇。負傷個体生存率――上昇。食料損失――低下。夜間奇襲による死亡――低下。一か所に定住可能な個体数――増加。』


「待て」


『戦闘可能個体数――将来的に増加。』


「文明って、そういうこと?」


『文明化は善性の獲得を意味しません。生活効率と組織力の向上です。』


「……嫌な正論」


 リサが振り返る。


「何がまずい?」


「今までのゴブリンって、食料がなくなれば人里を襲ったり、病気で死んだり、群れが大きくなりすぎれば分裂したりしてたでしょ」


「ああ」


「それが減る」


 セリアが先に理解した。


「数が増えるのか」


「多分」


「それだけじゃないな」


 リサが柵を見る。


「罠も覚えた。見張りも覚えた」


「うん」


「人間の討伐隊がどう動くかも、エルナなら知ってる」


 そこ。


 俺は止まった。


     *


 戻ってエルナへ確認すると、案の定だった。


「討伐隊のことも教えた?」


「少し」


「何で!」


「こいつら、人間見たら何も考えず正面から突っ込むから」


「それを直したの!?」


「ああ」


「ゴブリンが強くなるじゃん!」


「私は人間を襲えなんて教えてない!」


「でも戦い方を覚えたら結果的に!」


「そんなところまで考えるか! 私は腐った肉を棚に置けって言っただけだ!」


「始まりが小さすぎる!」


 エルナもそこで初めて、自分のやったことがどこまで広がるのかに気づいたらしい。


「私は暮らせるようにしただけだ」


「分かってる」


「人間の街道には近づくなって言ってる」


「キングは聞く?」


「今のところは」


「今のところ」


 そこが怖い。


 キングがエルナを大事にしている間はいい。


 エルナの言葉を聞く間もいい。


 でも文明は、二人だけのものじゃない。


 柵の作り方を覚えたゴブリンがいる。肉の保存を覚えたゴブリンがいる。見張りの意味を知ったゴブリンがいる。


 一度覚えたことは残る。


     *


 日記帳にも同じ結論が出た。


『文明化による行動変容。従来――食料不足時に人里襲撃。遭遇時に即時攻撃。負傷個体を放置。群れ拡大時に分裂。』


『現在――備蓄開始。採集計画化。狩猟役割分担。人間との不要な遭遇を回避。負傷個体へ簡易治療。集落規模拡大。』


『短期的には、人間への襲撃頻度低下。』


「じゃあ悪くないじゃん」


『長期的には、個体数増加、組織力増加、武装改善、情報蓄積、統率継承。従来型ゴブリン群より高い脅威へ成長する可能性があります。』


「ほら!」


「私に怒るな!」


「教えた本人!」


「だからそんな先まで考えてなかったって!」


 しばらく言い合ったあと、エルナが先にため息をついた。


「でも、人間は襲わせない」


「ずっと?」


「できる限り」


「キングが言うことを聞かなくなったら?」


 エルナは腰の剣へ手を置いた。


「その時に考える」


「……」


「私も冒険者だ」


 その言葉はまだ残っていた。


 人里を離れても。


 ゴブリンキングの隣にいても。


 王妃みたいな立場になっても。


 エルナ・ヴェイスは、自分を冒険者だと思っている。


「じゃあ、エルナは人間側? ゴブリン側?」


 聞いた直後に後悔した。


 エルナはしばらく考えたが、どちらも選ばなかった。


「知らない」


「……」


「今は、ここにいる」


 それだけだった。


     *


 夕方、俺たちは王都へ戻ることにした。


 エルナは来ない。


「本当に帰らない?」


「ああ」


「また来てもいい?」


「……」


 少し迷う。


「キングが慣れるまでは頻繁に来るな」


「俺が敵扱いされるから?」


「多分」


「理不尽!」


「私に言うな」


 エルナが笑う。


 そのすぐ後ろにはゴブリンキングがいる。


 俺が近づくとまだ少し唸る。


「最後まで嫌われてる!」


「だから取らないって言ってるだろ」


「こいつに言え!」


「通じない!」


 何となく。


 それで終われる気がした。


 でも。


 振り返ると。


 柵。


 小屋。


 火。


 見張り。


 備蓄。


 ゴブリンキング。


 そして、その隣に立つエルナ。


 昨日までなかったものばかりだった。


 日記帳を開く。


『展開結果。』


『エルナは人里から消えた。』


『しかし孤立したわけではありません。』


『新たな共同体へ加入し、その共同体へ人間文明の一部を移植。』


『結果。』


『ゴブリンに文明が持ち込まれました。』


『ゴブリンキングに王妃があらわれました。』


「本人は王妃って言ってないけどな」


『機能上は該当。』


「しつこい!」


 さらに次の文字が現れる。


『今後の検討事項。』


『文明化したゴブリンは、人間社会と共存可能か。』


「……」


『または。』


『従来のゴブリンより効率的に人間社会を破壊する存在となるか。』


「やめろ」


 日記帳は止まらない。


『文明とは、善悪ではなく蓄積です。』


 知識。


 食料。


 技術。


 人数。


 成功。


 失敗。


 全部、次へ残る。


 強い魔物なら倒せば終わる。


 でも、文明は一匹倒しても終わらない。


 キングを殺しても、柵の作り方を知るゴブリンは残る。エルナを連れ戻しても、水を汚さない方法を知るゴブリンは残る。肉を腐らせない方法も、夜に見張りを立てる意味も、人間がどうやって討伐に来るのかも。


 もう知ってしまった。


『次話候補。』


『第四十八話 ゴブリンは同じ失敗をしなくなった』


 森の奥で、火が一つ燃えている。


 昨日までなら、眠る時には消えていたかもしれない。


 今は違う。


 一匹が薪を足し、別の一匹が見張っている。


 消さない方法を覚えたからだ。


 文明の火。


 俺には、それが今まで見たどんなゴブリンの武器よりも怖く見えた。


 この作品の品質向上のため、ぜひ感想をお寄せください。今後の展開・キャラクター・構成・描写方針の参考として利用します。


`https://novelcom.syosetu.com/impression/list/ncode/3306613/?ref=ncodeheader`


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