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世界改稿日記 ~なろうによる世界破綻~  作者: 黒瀬 量衡


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第四十三話 『今回はエルナは合意の上でゴブリンとの異種間の交尾を行います。』

 朝、エルナがいなかった。


「……え?」


 食卓には女将、セリア、ミレア、リサ。


 一人だけ足りない。


「エルナは?」


「知らないよ。朝にはもう部屋にいなかった」


 女将が答える。


 セリアがエルナの部屋を確認して戻ってきた。


「剣もない。登録証も持っていってる」


「どこに……」


 その瞬間、胸元が熱くなった。


 嫌な予感しかしない。


 日記帳を開く。


『展開を更新します。』


「やめろ」


『エルナは主人公に拒否されたと認識し、ゴブリンと交尾をしにいきました。』


「は?」


 次の文字。


『今回はエルナは合意の上でゴブリンとの異種間の交尾を行います。』


「待て!」


「何だ!?」


 リサが振り向く。


「エルナが――」


 言いかけて止まった。


 日記帳を読めるのは俺だけだ。


「……嫌な予感」


「またか」


 リサの表情が変わる。


「場所は?」


 日記帳を見る。


『北門外。』


『旧街道付近。』


『小規模ゴブリン群。』


「北だ!」


 俺は立ち上がった。


「行く!」


「私も行く」


 リサが杖を取る。


「私もだ」


 セリアも剣を取った。


 ミレアは立ち上がりかけたが、行き先を聞いて動きを止めた。


「私は……」


「残ってて」


 俺が言う。


 ミレアは少し迷ってから頷いた。


「分かった」


     *


 北門を抜けて走る。


 途中でも、日記帳の文字は増え続けていた。


『状況整理。』


『過去。』


『エルナはオークおよびゴブリンによる性的被害を受けた。』


『本人意思――なし。』


『同意――なし。』


『拘束――あり。』


『逃走困難。』


『妊娠および出産も本人の意思とは無関係。』


「分かってる」


『今回。』


『エルナ自身がゴブリン群へ接近。』


『本人から接触。』


『拘束なし。』


『逃走可能。』


『拒否可能。』


『行為開始について本人が了承。』


『したがって。』


『今回は合意です。』


「そんな一行で片づけるな」


 すぐ下に続く。


『ただし、選択動機の健全性については別途評価します。』


 そこだ。


『対象の動機。』


『主人公から女性として拒絶された、との誤認。』


『自己価値低下。』


『「人間の男には求められない」という認識。』


『「ならば自分を拒まない存在を選ぶ」という反動。』


『自己破壊的傾向――あり。』


「それを分かってて進めるのかよ」


『合意の有無と、選択動機の健全性は別問題です。』


 最悪だ。


 でも。


 だからこそ、急がないといけない。


     *


 森へ入る。


 セリアが地面を見る。


「足跡」


「エルナ?」


「ああ。一人だ」


「ゴブリンは?」


 リサが聞く。


「複数いる」


「見つけたら殺すか?」


「待って」


「何で」


「本人が自分で行ったなら、まずエルナを確認する」


 リサは明らかに納得していなかった。


 俺だって納得していない。


 それでも。


 捕まっているのと、自分で選んでいるのとでは意味が違う。


「……分かった」


 リサが杖を握り直した。


     *


 しばらく進んだところで、人の声が聞こえた。


 エルナだ。


 生きている。


 それだけは分かる。


「エルナ!」


 俺は走った。


 返事はない。


 いや。


 声そのものは、ずっと聞こえている。


 苦痛の叫びではなかった。


 そのことに気づいた瞬間、胸の中が余計にざわついた。


「エルナ!」


 茂みを抜ける。


 そして。


 俺は止まった。


 後ろから来たリサも、セリアも足を止める。


 小さな空き地。


 ゴブリンが三体。


 その中心に、エルナがいた。


 もう行為は始まっていた。


 捕まっているんじゃない。


 縛られてもいない。


 剣はすぐ手の届く場所に置いてある。


 逃げようとしている様子もない。


 むしろエルナ自身が相手を選び、主導していることが分かった。


「……エルナ」


 ようやく声が出た。


 エルナがこっちを見る。


 驚いた。


 でも。


 離れない。


「ルーク」


「何してるんだ」


「見れば分かるだろ」


「分かってる! だから聞いてる!」


 リサが一歩出る。


 エルナが手を上げた。


「来るな」


「エルナ」


「来るな!」


 はっきりした声だった。


 リサが止まる。


「捕まったんじゃないのか」


「ああ」


「脅された?」


「違う」


「逃げられる?」


「逃げられる」


「嫌なら止められる?」


「ああ」


「本当に?」


「私が来た」


 エルナが俺を見る。


「私から」


「……」


「だから助けるな」


     *


 頭が追いつかない。


 昨日。


 エルナは俺に言った。


 抱け。


 俺は断った。


 今じゃない。


 そう言った。


 そして今日。


 エルナは自分からゴブリンのところへ来た。


「何で」


 俺は聞く。


「何でゴブリンなんだ」


「お前が抱かなかったから」


「それは!」


「分かってる」


「何が!」


「今は駄目なんだろ」


「そういう意味じゃない!」


「でも私には同じだった」


 エルナの声が少し揺れる。


「リサはいい」


「……」


「私は駄目」


「違う」


「ゴブリンの子を孕んでるから?」


「違う!」


「化け物腹だから?」


「違うって言ってるだろ!」


「じゃあ何で抱かなかった!」


「昨日のエルナが、俺に抱かれたいんじゃなくて、自分の価値を証明したがってたからだ!」


 エルナが黙る。


 でも。


 今も。


 自分から止めようとはしない。


 それどころか、相手に何かを求めるように声をかける。


「もっと」


 掠れた声。


 相手に伝わるように。


「まだ終わるな」


 ゴブリンがそれに反応する。


 エルナは笑った。


 それは、過去に無理やり何かをさせられていた時の表情とは違う。


 今は、自分から求めている。


「エルナ!」


「何だよ!」


「本当に、それをしたいの?」


「ああ!」


「俺への当てつけじゃなく?」


「……」


 答えが止まる。


     *


 リサが前へ出た。


「エルナ」


「何」


「私を見る」


「……」


「今、お前はそれを楽しんでるか?」


「ああ」


 即答。


「嫌じゃない?」


「嫌じゃない」


「止めたい?」


「止めたくない」


「無理されてる?」


「されてない」


「自分から求めてる?」


「ああ!」


 エルナの声が大きくなる。


「私が頼んだ!」


 息を弾ませながら、それでもはっきり言う。


「私がもっとしてほしいって言った!」


 相手へ向き直る。


「分かれよ」


 言葉なんて通じない。


 たぶん。


 でも。


 エルナはそれでも伝えようとしていた。


「私が、ここにいるって」


 声が掠れる。


 濁る。


 それでも何度も声を上げる。


 自分がここにいる。


 逃げていない。


 自分自身で、この相手を選んでいる。


 それを相手に分からせようとするみたいに。


「お前たちは……」


 エルナが笑う。


 泣いているようにも見えた。


「私を見ても逃げない」


「エルナ」


「化け物腹とも言わない」


 俺の胸が痛くなる。


「こいつらだけだ!」


 叫ぶ。


「私をそのまま求める!」


     *


 リサの顔が険しくなる。


「それを愛されてると思ってるのか」


「分からない!」


 エルナは即座に返した。


「分からないけど!」


 ゴブリンへ手を伸ばす。


「少なくとも、拒まれない!」


「……」


「お前たちだけが」


 今度はゴブリンへ向かって言う。


「私を認めてくれる」


 当然。


 言葉なんて通じていない。


 それでも。


「好きだ」


 エルナが言う。


「今は、お前たちが好きだ」


 息が乱れ、声も濁っていく。


「愛してるって言ったら」


 笑う。


「分かるか?」


 返事なんてない。


 それでもエルナは何度も繰り返した。


「私はここにいる」


「私が選んだ」


「私がお前たちを選んだ」


 まるで。


 相手へ伝えているんじゃない。


 自分自身へ。


 何度も言い聞かせているみたいだった。


     *


「エルナ」


 俺が呼ぶ。


「何」


「それ」


「何」


「ゴブリンを選んだんじゃなくて」


「……」


「拒絶しない相手を選んでるだけじゃない?」


「それの何が悪い」


「悪くない」


「じゃあ黙ってろ」


「でも、それと」


 言葉を選ぶ。


「エルナ自身が、本当に相手を欲しいと思うことは同じ?」


 エルナは黙った。


 長い。


 沈黙。


「……知らない」


「うん」


「知らないから」


 目を逸らす。


「確かめてる」


「今?」


「ああ」


 そして。


 エルナはもう一度、相手へ自分から近づいた。


「今回は」


 俺を見る。


「私が決めたんだ」


 胸元が熱くなる。


『状況確認。』


『対象エルナ。』


『拘束――なし。』


『脅迫――なし。』


『本人から接触。』


『本人から要求。』


『相手側――要求へ応答。』


『本人――行為を肯定的に受容。』


『継続意思――明確。』


『よって。』


『今回は合意です。』


「……」


 そこだけなら。


 日記帳の判定は間違っていない。


 問題は。


 どうしてエルナがここまで来たのか。


 そこだった。


     *


 セリアが初めて口を開いた。


「エルナ」


「何」


「助けを求めるなら助ける」


「……」


「だが、お前が自分で選んでいて、今も止めろと言わないなら」


「うん」


「私は剣を抜かない」


「セリア」


 俺が見る。


「本人の意思は確認した」


「でも」


「過去の被害と同じ扱いにしたら」


 セリアは静かに言う。


「今度は私たちが、エルナの意思を無視することになる」


 分かる。


 分かるけど。


 苦しい。


 リサも同じ顔をしていた。


「ただし」


 リサが言う。


「エルナ」


「何」


「嫌になったら言え」


「……」


「すぐ助ける」


「ああ」


「途中でもだ」


「ああ」


「恥ずかしいとか考えるな」


「分かってる」


「本当に?」


「しつこい」


「ならいい」


     *


 俺たちは少し離れた。


 見ない。


 何が起きているのか、細かく見届ける必要はない。


 ただ。


 声が届く距離。


 何かあればすぐ戻れる距離。


 エルナの声は途切れず聞こえていた。


 恥ずかしがって隠している様子はない。


 むしろ、相手に自分の感情を分からせようとしているみたいだった。


「もっと」


 何度も。


 相手へ求める。


「私はここにいる」


 そして。


「私が選んだ」


 その言葉も何度も聞こえた。


 俺は地面を見る。


「ルーク」


 リサ。


「何」


「顔酷いぞ」


「分かってる」


「嫌なのか」


「何が」


「エルナがゴブリンを選ぶこと」


「……違う」


「じゃあ」


「それで」


 俺は言う。


「自分を傷つけようとしてる気がする」


「私もそう思う」


「なら止めた方が」


「でも」


 リサが森の向こうを見る。


「本人が止めろと言ってない」


「……」


「合意してる」


「うん」


「ただ」


「何」


「合意してるから全部大丈夫、とは思わない」


「……」


「私だって」


 リサが自分を指す。


「ルークとする時、全部まともな理由だけだったとは言わない」


「え」


「安心したかった時もある」


「……」


「怖さを消したかった時も」


「うん」


「それでも」


 少し考える。


「私が選んだことまで誰かに取り上げられたら嫌だ」


「そうだね」


「だから」


 エルナにも。


 同じ権利がある。


     *


 しばらくして。


「リサ」


 声。


 すぐ二人とも振り向いた。


「何!」


「来て」


 走る。


 空き地。


 エルナはもうゴブリンから離れていた。


 剣を手にしている。


「どうした!」


「もういい」


「止めた?」


「ああ」


「向こうは?」


「近づいてきたから剣を見せた」


「それで?」


「下がった」


 ゴブリンたちは少し離れている。


「怪我は?」


「ない」


「無理された?」


「ない」


 リサが聞く。


「嫌になった?」


 エルナは少し考えた。


「ああ」


「いつ」


「途中」


「何が違った」


 長い沈黙。


「求められることと」


 自分の手を見る。


「私が求めること」


「……」


「全然違う」


 俺はようやく息を吐いた。


「分かった?」


「少し」


「後悔してる?」


「これからすると思う」


「……」


「でも」


 剣を握る。


「止めた」


「うん」


「自分で」


「うん」


「それは」


 ほんの少しだけ笑う。


「よかった」


     *


 帰り道。


 エルナはしばらく黙って歩いた。


 俺も何も言わなかった。


 やがて。


「ルーク」


「何」


「昨日」


「うん」


「お前に抱けって言った」


「うん」


「今日」


「うん」


「ゴブリンを選んだ」


「……うん」


「馬鹿だと思う?」


「思わない」


「即答か」


「うん」


「少しくらい思え」


「思わないよ」


「……」


 前を見る。


「私」


「うん」


「多分」


 言葉を探す。


「誰でもよかったんだ」


「……」


「私を拒まないなら」


「うん」


「それで」


「……」


「誰でも」


 自分で言って。


 自分で嫌になったみたいだった。


「でも」


「何」


「途中で」


 エルナが言う。


「やっぱり違うと思った」


「うん」


「だから止めた」


「うん」


「それだけは」


 胸へ手を置く。


「私が決めた」


「そうだよ」


     *


 胸元が熱くなる。


 日記帳を開く。


『検証結果。』


『エルナ。』


『主人公から性的に拒絶されたと誤認。』


『その反動としてゴブリン群へ自発的に接触。』


『主人公一行到着時点――既に異種間性交の最中。』


『本人による接近。』


『本人による開始了承。』


『拘束なし。』


『逃走可能。』


『継続意思――あり。』


『行為中の発声――増加。』


『目的――快感表現のみではない。』


『自己存在の確認。』


『相手からの拒絶がないことの確認。』


『「自分は求められる存在である」という自己価値確認。』


『所有意識および愛着表現――発生。』


「……」


『本人による途中中止――成功。』


『ただし。』


『動機。』


『純粋な性的欲求――存在。』


『拒絶不安――高。』


『自己価値確認――高。』


『自己破壊的傾向――中。』


『「誰かに求められることで、人間としての価値を確認したい」欲求――高。』


「……」


『したがって。』


『合意が存在することと、心理的に健全な選択であることを同一視しない。』


「うん」


『また。』


『今回の合意行為と、過去の非合意被害を同一視しない。』


 そこ。


 大事。


『過去。』


『オーク・ゴブリンによる拘束下での被害――非合意。』


『今回。』


『エルナ自身による選択――合意。』


『別事象。』


「そう」


『今回エルナがゴブリンとの性交を自発的に選択し、行為そのものに快感や肯定的感情を持ったことは、過去について「本人も望んでいた」という推論を成立させません。』


「絶対に」


     *


 次の文字。


『しかし。』


「……」


『社会が同様に区別する保証はありません。』


「やめろ」


『既存の社会的噂。』


『「エルナはオークやゴブリンと喜んで交尾した化け物腹」。』


「……」


『今回の事実が外部へ漏洩した場合。』


『現在の自発行動を根拠として、過去の被害まで遡及的に合意であったと解釈される可能性――極めて高。』


「漏らすな」


『事実としては誤り。』


『噂としては強い補強材料となります。』


「だから漏らすなって!」


     *


 王都。


 パン屋。


 前。


 エルナが止まる。


「ルーク」


「何」


「今日のこと」


「誰にも言わない」


「リサ」


「ああ」


「セリア」


「言わん」


「……ありがとう」


 扉を開ける。


 中から女将の声。


「遅い!」


「ごめん!」


「飯が冷めるよ!」


「はい」


 エルナは中へ入ろうとして。


 一度だけ。


 振り返った。


 街を見る。


「……」


「どうした」


「何でもない」


 そして。


 家へ入った。


     *


 夜。


 日記帳。


『キャラクター情報更新。』


『エルナ。』


『異種間性交経験。』


『過去――非合意。』


『今回――合意。』


『主人公到着時には既に行為中。』


『本人――行為を自発的に楽しんだ。』


『本人から要求および愛着表現あり。』


『本人による中止成功。』


『「求められること」と「自分が求めること」の相違を認識開始。』


『主人公からの拒絶認識――一部修正。』


『主人公との肉体関係――未成立。』


「……」


『次話候補。』


『第四十六話 今度は私が選びました』


 まだ。


 少しは。


 まし。


 そう思った。


 次の行。


『ただし、今回の事実が街へ漏洩した場合の社会反応を検討します。』


「漏らすなよ!」


 返事はない。


 エルナが。


 自分で選んだこと。


 その瞬間には。


 自分から相手を求めたこと。


 途中で。


 自分でやめたこと。


 全部。


 エルナ自身の選択だった。


 でも。


 日記帳にとっては。


 その選択すら。


 次の惨劇へ繋げられる。


 材料でしかない。


 そんな気がした。


 この作品の品質向上のため、ぜひ感想をお寄せください。今後の展開・キャラクター・構成・描写方針の参考として利用します。


`https://novelcom.syosetu.com/impression/list/ncode/3306613/?ref=ncodeheader`


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