第四十話 化け物腹だから頼みたい
朝。
胸元。
まだ。
熱い。
昨日。
閉じたまま。
見なかった。
でも。
今朝。
開く。
『アクセス推移を確認。』
「……」
『エルナ社会復帰編。』
『初回救出――上昇。』
『出産現場――上昇。』
『帰還後の社会的排斥――維持。』
『冒険者復帰――微増。』
『直近――横ばい。』
「減ってないならいいだろ」
『ただし。』
「……」
『同情、偏見、復帰という構造のみでは展開の拡張性が低い。』
「また何か足す気だろ」
『社会的排斥の次段階を検討します。』
「いらない」
『排斥とは、対象を共同体から遠ざけるだけではありません。』
「……」
『一定の属性を理由に、対象を特定用途へ固定することも可能です。』
「用途?」
嫌。
その言葉。
『エルナ。』
『オーク集落からの生還者。』
『長期間の拘束経験。』
『ゴブリンとの遭遇経験あり。』
『魔物に対する恐怖を抱えながらも戦闘可能。』
『以上から。』
『社会の一部が、対象を「魔物関連の危険業務に適した人員」として再評価する展開を採用します。』
「再評価じゃない」
『はい。』
「返事するな」
『俗な表現。』
読む。
『化け物腹だから、オークやゴブリン相手の仕事には使える。』
「……」
『以上の認識を一部依頼者および冒険者に発生させます。』
「最低だ」
嫌われる。
避けられる。
それだけじゃ。
ない。
今度は。
利用。
する。
*
朝食。
エルナ。
パン。
普通に。
食べてる。
「今日」
俺。
「ギルド行く?」
「ああ」
「依頼?」
「見る」
「昨日一件終わったし」
「だから次」
「休んでも」
「ルーク」
「何」
「一件終わるたびに三日寝る冒険者がいるか」
「復帰直後!」
「身体は動く」
「心は?」
「……」
「そこ」
「動かす」
「無理に?」
「違う」
エルナ。
パン。
置く。
「動かさないと」
「うん」
「怖いまま固まる気がする」
「……」
「昨日」
ゴブリン。
「怖かった」
「うん」
「でも」
「うん」
「殺せた」
「そう」
「吐いたけど」
「それも」
「成功」
「うん」
「だから」
登録証。
腰。
「今日も行く」
「分かった」
「ただし」
「何?」
「お前は」
「うん」
「ついてくるな」
「え」
「昨日ついてきた」
「だって」
「今日は一人で掲示板見る」
「でも」
「依頼受けるときは相談する」
「……」
「それでいいだろ」
俺。
少し。
考える。
「分かった」
「よし」
自分で。
決める。
それ。
止めたくない。
*
一時間後。
帰ってきた。
「早くない?」
エルナ。
扉。
閉める。
「……」
「エルナ?」
袋。
ない。
依頼札も。
ない。
「何かあった?」
「別に」
「顔」
「何」
「怒ってる」
「元からだ」
「いや」
もっと。
怒ってる。
「ギルド?」
「……」
「何言われた」
「何も」
「嘘」
「ルーク」
「何」
「しつこい」
「……ごめん」
俺。
引く。
エルナ。
椅子。
座る。
女将。
厨房。
見る。
何も。
言わない。
少しして。
エルナ。
「依頼」
「うん」
「なかった」
「一件も?」
「私が受けられるのが」
「……」
「なかった」
「どういう」
「正確には」
指。
机。
叩く。
「一件あった」
「じゃあ」
「受けなかった」
「何で?」
黙る。
「エルナ」
「依頼主が」
「うん」
「私を指定してた」
「……」
「名指し」
「エルナを?」
「ああ」
それ。
一見。
悪くない。
復帰して。
まだ。
一件。
それなのに。
指名。
「何の依頼?」
長い。
間。
「ゴブリン」
胸。
冷える。
「討伐?」
「違う」
「じゃあ」
「村」
「うん」
「女が」
止まる。
「二人消えた」
「……」
「ゴブリンの巣」
「場所分かってる?」
「だいたい」
「救出?」
「ああ」
「それで」
「何でエルナ指定?」
分かってる。
たぶん。
でも。
聞く。
エルナ。
自分で。
言う。
「慣れてるから」
「……」
「何に」
「ゴブリンや」
止まる。
「オークみたいな連中に」
「慣れてないだろ!」
思わず。
声。
大きくなる。
エルナ。
びくっ。
「ごめん」
「違う」
「何が」
「私が言ったんじゃない」
「依頼主?」
「ああ」
「誰」
「村長」
「……」
「受付が」
紙。
見せた。
「備考欄」
エルナ。
記憶。
読むみたいに。
「『魔物に長期間拘束されても生存した経験を持つ者を優先』」
「……」
「その下」
止まる。
「『エルナ・ヴェイスであればなお良い』」
「それ」
「理由も」
「何て」
「『女性被害者への対応にも適すると推測』」
俺。
一瞬。
言葉。
出ない。
「……何が悪い?」
エルナ。
聞く。
「え?」
「表面上」
「……」
「全部正しい」
「正しくない」
「私は拘束された」
「うん」
「生き残った」
「うん」
「女だ」
「うん」
「被害者が何を怖がるか」
自分。
指。
「多少は分かる」
「でも」
「でも?」
「それを」
言葉。
詰まる。
「仕事に」
「使うな?」
「……」
「そう言いたい?」
エルナ。
俺を見る。
「冒険者だぞ」
「分かってる」
「経験を使う仕事だ」
「でも」
「私が過去に盗賊に襲われてたなら」
「うん」
「盗賊相手の依頼で経験者扱いされても」
「……」
「おかしくない」
「それと」
「違う?」
「……」
難しい。
違う。
気がする。
でも。
どこが。
違う。
エルナ。
分かってる。
「私も」
「何」
「最初」
言う。
「何が悪いんだと思った」
「……」
「だから」
依頼札。
取った。
「受けようとした?」
「ああ」
「それで」
ここに。
戻った。
「何があった」
*
ギルド。
エルナ。
依頼札。
受付。
「これ」
「ああ」
受付。
顔。
曇る。
「受けるのか?」
「駄目?」
「駄目じゃない」
「なら」
「ただ」
「何」
「依頼主」
「村長」
「ああ」
「今来てる」
「王都に?」
「被害届けと正式依頼で」
「会える?」
「……」
「何」
「エルナ」
「会う」
「分かった」
奥。
小部屋。
村長。
五十くらい。
男。
「あなたが」
立つ。
「エルナさん?」
「はい」
見る。
顔。
身体。
腹。
一瞬。
そこ。
「……」
「何です」
「いや」
「依頼」
「はい」
男。
座る。
「実は」
村。
女。
二人。
十五じゃない。
成人。
二十。
二十三。
薬草。
森。
戻らない。
跡。
ゴブリン。
巣。
ある。
可能性。
高い。
「討伐隊」
エルナ。
「何人」
「五人から六人」
「私以外」
「募集します」
「救出優先?」
「もちろん」
「生存確認できなくても?」
「遺体」
止まる。
「回収を」
「分かりました」
普通。
依頼。
普通。
救出。
エルナ。
「受けます」
「本当ですか!」
村長。
顔。
明るくなる。
「ありがとうございます!」
「ただし」
「はい」
「私一人じゃ無理」
「もちろんです」
「腕のいい前衛」
「はい」
「神官」
「可能なら」
「女性も」
「……」
「救出後」
エルナ。
「男に触られるのを怖がる可能性がある」
「あ」
村長。
「なるほど」
「だから」
「やっぱり」
「……」
その。
一言。
「何」
「いや」
「何です」
「やっぱり」
村長。
笑った。
「経験者は違う」
「……」
「そういうこと」
「そういう?」
「オークやゴブリンに」
男。
「慣れてる人なら」
「……」
「分かることがあるんですね」
エルナ。
止まる。
「慣れてません」
「え?」
「私は」
声。
低い。
「慣れてません」
「あ」
「一年いたから」
「はい」
「慣れたわけじゃない」
「もちろん」
「毎日」
言いかける。
止まる。
「……」
「すみません」
「いえ」
村長。
慌てる。
「言い方が」
「分かってます」
「本当に」
「いいです」
終わる。
それだけなら。
まだ。
エルナも。
受けた。
たぶん。
*
「それで?」
俺。
パン屋。
「何で帰ってきた」
「そのあと」
エルナ。
続ける。
「村長が」
「何」
「もう一個聞いた」
「何を」
手。
机。
強く。
「巣に入った時」
止まる。
「ゴブリンに見つかっても」
「うん」
「私なら」
歯。
噛む。
「すぐには殺されないんじゃないかって」
「……」
「何?」
「そういう」
「意味?」
「うん」
「囮?」
「本人は」
乾いた。
笑い。
「囮って言葉は使わなかった」
「でも」
「『もし女性を優先して捕らえる習性があるなら』」
「……」
「『他の冒険者より生存率が高いかもしれない』」
俺。
立つ。
「断って正解」
「最後まで聞け」
「まだあるの?」
「ある」
エルナ。
見る。
「『過去にも生還した実績がある』」
「……」
「実績」
言う。
「一年」
あれ。
全部。
「実績だって」
「エルナ」
「私が」
腹。
押さえる。
「何度も」
止まる。
「生き残った」
「うん」
「それが」
声。
震える。
「危険な依頼で使える実績になってる」
「……」
「すごいな」
笑う。
「化け物腹」
「その呼び方するな」
「便利だ」
「エルナ」
「嫌われる時は」
指。
一つ。
「化け物」
「……」
「ゴブリン相手になると」
二つ。
「経験者」
「……」
「人手が足りなくなると」
三つ。
「生存実績あり」
「やめろ」
「全部」
自分。
「同じ一年なのに」
笑えない。
「使い方だけ違う」
*
胸元。
熱。
俺。
開く。
『社会的属性の用途化を確認。』
「……」
『前話。』
『対象の被害歴――忌避理由。』
『本話。』
『対象の被害歴――選定理由。』
「だから何」
『矛盾なし。』
「矛盾だろ」
『同一人物が両認識を持つ必要はありません。』
『社会内部で。』
『ある人物は対象を避ける。』
『ある人物は対象を同情する。』
『ある人物は対象の経験を有用と判断する。』
『ある人物は対象が再度同様の被害へ遭う可能性すら「作戦上利用可能」と判断する。』
「最後」
読む。
嫌。
『これは排斥の反対ではない。』
「……」
『対象を一人の人間ではなく、属性によって扱うという点では共通します。』
化け物腹。
被害者。
経験者。
囮。
全部。
エルナ。
という。
一人の人間。
その前に。
札。
貼る。
『ダークファンタジー的暗度――上昇。』
「人間の人生で測るな」
*
「依頼」
俺。
「断ったんだよね」
「ああ」
「よかった」
「でも」
「何」
「女二人」
止まる。
「まだ」
「……」
「戻ってない」
そう。
そこ。
「エルナ」
「分かってる」
「別のパーティーが」
「集まってない」
「どうして」
「ゴブリンの巣」
「……」
「危険度」
「高い?」
「依頼料に対して」
「安い?」
「ああ」
「村」
「金がない」
「……」
嫌。
「だから」
エルナ。
言う。
「私を」
「駄目」
「まだ何も言ってない」
「行く気でしょ」
「……」
「囮にする依頼なんて!」
「囮は断る」
「じゃあ」
「救出は」
「……」
「別だ」
エルナ。
目。
俺。
「私が嫌な目に遭った」
「うん」
「だから」
「うん」
「同じ目に遭ってるかもしれない女を」
止まる。
「放っておく?」
「そんな」
「できない」
「でも」
「できない」
声。
強い。
「それも」
手。
胸。
「私が決める」
また。
その言葉。
「条件」
「何」
「出す」
「どんな」
「私を囮として扱わない」
「うん」
「捕まる前提の作戦はしない」
「うん」
「救出最優先」
「うん」
「無理なら撤退」
「うん」
「私だけ残すな」
「絶対」
「それから」
「何」
「お前は来るな」
「そこだけ駄目!」
「新人!」
「でも!」
「ゴブリンキング!」
「集団戦だったろ!」
「……」
「今のお前」
「何」
「私より足手まとい」
「言い方!」
「事実」
「リサ!」
「呼ぶな」
後ろ。
リサ。
いた。
「いつから」
「『囮は断る』くらいから」
「じゃあ」
エルナ。
見る。
「来る?」
「行く」
「即答」
「女二人」
リサ。
「まだ生きてる可能性あるんだろ」
「ああ」
「なら行く」
「……」
「ただし」
「何」
「エルナ」
「うん」
「お前が」
杖。
持つ。
「自分を囮にしようとしたら」
「しない」
「本当に?」
「しない」
「自分の命」
「うん」
「安く見るな」
「……」
エルナ。
少し。
止まる。
「分かった」
胸元。
熱。
日記。
『救出依頼への再接続を確認。』
「……」
『対象エルナ。』
『自身の被害経験を、他者救出の判断材料として自発的に利用。』
『一方、依頼者による「被害経験を囮適性へ転換する評価」を拒絶。』
『差異。』
『誰が用途を決めるか。』
俺。
そこ。
止まる。
同じ。
経験。
使う。
でも。
全然。
違う。
他人が。
「お前はこういう女だから」
決める。
のと。
エルナ自身が。
「私はこれを知っているから」
使う。
の。
『対象の自己決定――維持。』
「……」
少し。
安心。
『ただし。』
「何」
『救出対象二名の生存状態を確認。』
「……」
文字。
次。
出る。
『一名――生存。』
「よし」
『一名――生死不明。』
「……」
『ゴブリン集団――規模拡大中。』
「何匹」
『現時点では未確定。』
「また」
『物語的緊張を維持するため、事前開示しません。』
「ふざけんな」
リサ。
「また変な顔してるぞ」
「……嫌な予感」
「いつものか」
「うん」
エルナ。
立つ。
「なら」
剣。
腰。
「準備する」
「本当に行く?」
「ああ」
「怖くない?」
「怖い」
「……」
「すごく」
即答。
「でも」
扉。
「行く」
「どうして」
エルナ。
止まる。
「私が」
言う。
「一年間」
「うん」
「誰か来ないかって」
目。
「待ってたから」
何も。
言えなかった。
「だから」
扉。
開く。
「今度は」
外。
「私が行く」
そこまで。
日記帳。
新しい文字。
『物語中盤へ移行。』
『救出隊編成を開始します。』
俺。
文字。
見る。
嫌な予感。
消えない。
でも。
今度は。
日記帳が。
エルナを。
選んだんじゃない。
少なくとも。
ここまでは。
エルナ自身が。
行くと。
決めた。
前回の中盤直後から、そのまま後半へ続けます。
救出隊。
六人。
俺。
リサ。
エルナ。
前衛二人。
神官一人。
「確認する」
ギルド。
受付。
「目的」
「行方不明女性二名の救出」
「討伐は?」
「救出に必要な範囲」
「巣の完全制圧は?」
「後回し」
「撤退条件」
エルナ。
答える。
「救出対象の死亡確認」
「他には」
「戦力差が大きすぎる場合」
「他には」
少し。
止まる。
「私が」
「うん」
「捕まった場合」
受付。
顔。
上げる。
「……」
「全員で助けに来るな」
「何でだよ!」
俺。
「言っただろ!」
「聞け」
「聞かない!」
「ルーク!」
「エルナだけ残すなって約束しただろ!」
「だから」
「何」
「全滅するなら」
「しない!」
「そういう話じゃない!」
エルナ。
机。
叩く。
「一人を助けるために六人死ぬなら」
「……」
「撤退しろ」
「嫌だ」
「冒険者だろ!」
「新人!」
「それは関係ない!」
受付。
「二人とも」
「……」
「今決めろ」
静か。
「撤退判断は」
受付。
「隊長」
前衛。
四十くらい。
男。
「俺がする」
「……」
「エルナ」
「ああ」
「お前が捕まったからって即撤退はしない」
「……」
「助けられるなら助ける」
「うん」
「でも」
男。
「全滅するなら切る」
「分かった」
「ルーク」
「……」
「それでいいか」
「よくない」
「でも?」
「従う」
「よし」
最悪。
でも。
それが。
冒険者。
*
午後。
村。
着く。
消えた。
二人。
成人女性。
二十。
二十三。
家族。
待ってる。
「お願いします」
母親。
頭。
下げる。
「娘を」
「……」
エルナ。
顔。
固い。
「生きてたら」
「はい」
「連れて帰ります」
「お願いします」
「ただ」
止まる。
「何があっても」
「……」
「帰ってきた本人を」
母親。
「はい」
「責めないでください」
「何を」
「何でも」
「……」
「帰ってきたら」
エルナ。
言う。
「まず」
「……」
「帰ってきたことを」
声。
少し。
震える。
「喜んでください」
母親。
分からない。
顔。
でも。
「はい」
答えた。
*
森。
跡。
ある。
ゴブリン。
多い。
「十じゃない」
斥候。
「二十?」
「もっと」
リサ。
「巣が育ってるな」
「女二人」
エルナ。
「生きてる可能性」
「ある」
「どっち」
「一人は」
斥候。
地面。
「歩かされてる」
「もう一人?」
「引きずられた跡」
「……」
エルナ。
呼吸。
変わる。
「エルナ」
俺。
「大丈夫」
「まだ聞いてない」
「先に言った」
「……」
「怖い?」
「ああ」
「戻る?」
「戻らない」
即答。
「でも」
俺。
「無理するな」
「無理はする」
「え」
「救出だぞ」
「……」
「無茶はしない」
違い。
ある。
らしい。
*
巣。
洞窟。
入口。
ゴブリン。
三。
倒す。
奥。
五。
倒す。
騒ぎ。
広がる。
「速い!」
隊長。
「救出位置まで走る!」
斥候。
「右!」
曲がる。
檻。
「いた!」
女。
一人。
成人。
生きてる。
「人間!」
「……!」
怯える。
「助けに来た!」
「いや!」
「待って!」
男。
前衛。
近づく。
「来ないで!」
女。
壁。
下がる。
「男やめろ!」
エルナ。
前。
「私が行く」
「エルナ」
「女」
ゆっくり。
「大丈夫」
「……」
「触らない」
「……」
「鍵だけ」
壊す。
離れる。
「出られる?」
「……」
女。
頷く。
「もう一人」
「……」
「一緒にいた女」
震える。
指。
奥。
「あっち」
「生きてる?」
「……分からない」
「分かった」
エルナ。
「この人」
神官へ。
「頼む」
「任せて」
「行くぞ」
*
奥。
ゴブリン。
増える。
「多い!」
「十五!」
「まだ来る!」
火。
リサ。
通路。
焼く。
「左!」
前衛。
斬る。
俺。
必死。
一匹。
止める。
「ルーク!」
「分かってる!」
「前出るな!」
「出てない!」
「出てる!」
そこ。
音。
上。
「崩れる!」
「何?」
岩。
落ちる。
「散れ!」
地面。
揺れる。
埃。
視界。
消える。
「リサ!」
「いる!」
「エルナ!」
返事。
ない。
「エルナ!」
「……」
「どこ!」
岩。
道。
塞ぐ。
「向こうだ!」
斥候。
「一人!」
「エルナ!」
胸。
冷たい。
*
エルナ側。
見えない。
でも。
声。
聞こえる。
「……ルーク!」
「エルナ!」
「こっち!」
「待って!」
「待たない!」
「岩どかす!」
「先に女!」
「何?」
「いる!」
向こう。
エルナ。
「二人目!」
「生きてる?」
「生きてる!」
「よし!」
「でも」
音。
ゴブリン。
多い。
「来る!」
「エルナ!」
「女連れて逃げる!」
「どこへ!」
「別の通路!」
「一人で?」
「一人じゃない!」
「そういう意味じゃない!」
「あとで!」
「待て!」
足音。
遠く。
なる。
*
「急げ!」
岩。
一個。
二個。
前衛。
動かす。
リサ。
魔法。
「割る!」
「崩落するぞ!」
「少しだけ!」
ひび。
入る。
「エルナ!」
返事。
ない。
「エルナ!」
胸元。
熱。
「今やるな」
日記帳。
でも。
熱い。
俺。
無視。
「あと少し!」
岩。
崩す。
通路。
開く。
「行く!」
「待て!」
「無理!」
走る。
*
血。
地面。
「誰の?」
「分からん!」
足跡。
女。
裸足。
もう一つ。
エルナ。
靴。
ゴブリン。
大量。
「追われてる」
リサ。
「こっち!」
走る。
曲がる。
「……」
女。
いた。
二人目。
倒れてる。
「生きてる!」
「エルナは!」
指。
震える。
「向こう」
「何があった!」
「私を」
息。
「逃がして」
「エルナは!」
「捕まった」
頭。
真っ白。
「何匹」
「たくさん」
「どこ!」
「奥」
俺。
走る。
「ルーク!」
「行く!」
「隊長!」
「行け!」
リサ。
来る。
前衛一人。
来る。
「残り救助!」
隊長。
「神官!」
「分かった!」
*
奥。
音。
戦闘。
じゃない。
静か。
それ。
もっと。
嫌。
「エルナ!」
返事。
ない。
扉。
木。
蹴る。
「退け!」
前衛。
一撃。
壊す。
中。
ゴブリン。
六。
「殺す!」
リサ。
火。
爆発。
一。
二。
三。
前衛。
四。
俺。
五。
最後。
逃げる。
リサ。
凍らせる。
「エルナ!」
いた。
床。
倒れてる。
衣服。
破れてる。
手。
縛られてる。
脚。
震えてる。
「エルナ!」
目。
開く。
「……」
「俺!」
「……ルーク」
「そう!」
近づく。
「触る!」
「……」
「縄切る!」
「うん」
手。
切る。
「立てる?」
「……」
「エルナ!」
「女」
「え?」
「女」
呼吸。
「逃げた?」
「助けた!」
「二人目!」
「生きてる!」
「……」
目。
閉じる。
「よかった」
「エルナ」
「……」
「何された」
聞いて。
すぐ。
後悔。
エルナ。
俺。
見る。
「今」
「ごめん」
「聞くな」
「うん」
「今は」
「うん」
「聞くな」
「分かった」
立たせる。
脚。
崩れる。
「担ぐ」
「嫌」
「じゃあ肩」
「……」
「俺とリサ」
「うん」
両方。
支える。
「帰るぞ」
「……帰る」
*
巣。
出る。
六人。
救出対象。
二人。
全員。
生きてる。
「成功」
隊長。
言う。
「まだ」
エルナ。
「何」
「追撃」
「ない」
「本当に?」
「ああ」
何度。
後ろ。
見る。
「エルナ」
「……」
「もう外」
「分かってる」
「うん」
「分かってる」
でも。
震え。
止まらない。
*
村。
神官。
まず。
救出女性。
二人。
診る。
次。
エルナ。
「私いい」
「よくない」
「他の二人」
「もう終わった」
「……」
「エルナ」
「何」
「診る」
「嫌」
「女性神官」
「……」
「男は外す」
「ルークも」
「うん」
「外」
「分かった」
俺。
出る。
扉。
閉じる。
待つ。
長い。
リサ。
横。
「ルーク」
「何」
「自分責めるな」
「俺が」
「やめろ」
「でも」
「エルナが決めた」
「だからって」
「私たちが遅れた」
「……」
「それは事実」
「うん」
「でも」
リサ。
「何されたかを」
「……」
「勝手に想像して、それを本人より先に意味づけるな」
「……」
「本人が話すまで」
「うん」
「待て」
「分かった」
*
扉。
開く。
神官。
顔。
悪い。
「何」
「……」
「何です」
「エルナ本人に」
「うん」
「先に伝える」
「分かった」
「中へは」
「入らない」
また。
扉。
閉じる。
さらに。
長い。
そして。
中。
声。
「……嘘」
エルナ。
「……」
「嘘」
俺。
立つ。
リサ。
腕。
掴む。
「待て」
「でも」
「待て」
中。
「もう?」
エルナ。
声。
「分かるんですか」
神官。
小さい。
「魔力反応で」
「……」
「初期でも」
「……」
「この種族は」
止まる。
「成立が早い」
「……」
聞きたくない。
でも。
聞こえる。
「つまり」
エルナ。
「私」
長い。
沈黙。
「妊娠してる?」
神官。
「可能性ではなく」
止まる。
「成立しています」
何も。
音。
しない。
*
胸元。
熱。
俺。
「やめろ」
日記帳。
熱。
「今は」
開く。
『急展開を追加。』
「……」
『対象エルナ。』
『救出行動中に再捕縛。』
『ゴブリンによる強制的な性的被害――発生。』
『本人意思――無関係。』
『同意――なし。』
『妊娠――成立。』
「……」
『前提との整合。』
『エルナは、自身を囮として使用することを拒否した。』
『しかし救出対象を逃がす過程で、自身が捕縛された。』
『本人の自己犠牲的選択と、被害への同意は別。』
「当たり前だ」
『明記。』
『救出対象を助けるため危険を引き受けたことは、性的被害を望んだことを意味しない。』
『妊娠成立は本人の意思を証明しない。』
「……」
次。
もっと。
嫌。
『社会的影響を予測。』
「やめろ」
『既存の噂。』
『「エルナはオークやゴブリンと喜んで交尾した化け物腹」。』
「……」
『今回。』
『ゴブリン救出依頼へ自ら参加。』
『再度妊娠。』
「やめろ」
『以上は、偏見を持つ者によって』
『「自分から戻っていった」。』
『「結局また孕んだ」。』
『「本人が望んでいる証拠」。』
『以上へ歪曲される可能性――高。』
「やめろ!」
村。
人。
振り向く。
「……」
俺。
閉じる。
*
一時間後。
エルナ。
出てくる。
歩く。
一人。
「エルナ」
「……」
「座る?」
「歩く」
「どこ」
「分からない」
「一緒に」
「来るな」
「……」
「ごめん」
歩く。
十歩。
止まる。
「ルーク」
「何」
「やっぱり」
「うん」
「来て」
「分かった」
横。
歩く。
「触らないで」
「うん」
「でも」
「うん」
「近く」
「いる」
歩く。
*
川。
村。
外れ。
座る。
エルナ。
腹。
見る。
「また」
「……」
「まただ」
「うん」
「一年」
「……」
「何回も」
言葉。
止まる。
「やっと」
「うん」
「終わったと思った」
「……」
「王都」
「うん」
「戻って」
「うん」
「冒険者」
「うん」
「戻って」
「……」
「今日」
笑う。
変。
「助けに来た」
「うん」
「今度は」
腹。
押さえる。
「助ける側だった」
「そう」
「なのに」
「……」
「また」
声。
震える。
「孕んでる」
俺。
何も。
言えない。
「笑えるな」
「笑えない」
「化け物腹」
「やめろ」
「その通り」
「違う」
「何が」
「エルナ」
俺。
「エルナだよ」
「……」
「腹じゃない」
「でも」
「エルナ」
「……」
「冒険者」
「……」
「十一年」
「……」
「今日」
「……」
「女二人助けた」
目。
動く。
「一人」
「二人」
「二人目は私が」
「逃がした」
「……」
「エルナが」
「……」
「助けた」
涙。
「でも」
「それと」
俺。
「孕まされたことは」
「……」
「別」
「……」
「何されたって」
声。
震える。
俺も。
「今日エルナが誰かを助けたこと」
「……」
「消えない」
*
長い。
沈黙。
「ルーク」
「うん」
「私」
「うん」
「また」
腹。
「産むのか」
「分からない」
「……」
「神官と」
「うん」
「相談しよう」
「選べる?」
「選べるように」
「……」
「する」
「日記帳で?」
違う。
それ。
エルナは。
言わない。
日記帳を。
認識しない。
だから。
実際。
エルナが言ったのは。
「誰が決める?」
だった。
「エルナ」
俺。
答える。
「エルナが決める」
「……」
「誰にも」
「うん」
「決めさせない」
「……」
「私が」
「そう」
「決める」
「うん」
*
帰る。
村。
救出した。
二人。
母親。
泣いてる。
抱く。
「帰ってきた」
「……」
エルナ。
遠く。
見る。
「よかった」
「うん」
「よかった」
本当に。
そう。
言う。
腹。
手。
置いたまま。
*
ギルド。
翌日。
報告。
「救出対象二名」
受付。
「生存」
「うん」
「隊員」
「全員生還」
「うん」
「依頼」
判子。
『成功』
また。
成功。
エルナ。
見る。
「成功」
「そう」
「私」
「うん」
「また孕まされた」
「……」
「でも」
紙。
「成功」
「うん」
「変だな」
「何が」
「両方」
登録証。
依頼書。
腹。
「同時にある」
「……」
「失敗したみたいなのに」
「うん」
「成功もしてる」
「……」
「どっちが私だ」
「両方」
「……」
「嫌なことされたエルナも」
「うん」
「二人助けたエルナも」
「……」
「同じ」
少し。
止まる。
「そうか」
「うん」
「なら」
依頼書。
取る。
「こっちも」
「……」
「私のだ」
成功。
*
胸元。
熱。
『キャラクター更新。』
「……」
『エルナ。』
『冒険者復帰後、救出依頼へ参加。』
『成人女性二名を救出。』
『本人も一時捕縛。』
『再被害――発生。』
『妊娠――成立。』
『本人の意思――一切関係なし。』
『救出結果――成功。』
『精神状態――悪化。』
『自己決定――維持。』
『冒険者としての自己認識――維持。』
「……」
『重要。』
『対象は再被害によって、救出者から被害者へ戻ったわけではありません。』
「……」
『両方です。』
『被害者であり。』
『救出者でもある。』
『妊娠させられた女性であり。』
『二名を生還させた冒険者でもある。』
「そこは」
いい。
『ただし。』
「何」
『社会は複雑な人物像より、単純な呼称を好みます。』
「……」
『次話。』
文字。
『第四十三話 また孕んで帰ってきた』
「最悪だ」
『噂の更新を実施します。』
「するな」
『今回の成功より、妊娠の情報の方が高い拡散性を持つと予測。』
「……」
『エルナが二名を救出した事実。』
『エルナが再度妊娠した事実。』
『どちらが街で強く語られるか検証します。』
「答え分かってるだろ」
日記帳。
何も。
返さない。
でも。
俺も。
分かる。
たぶん。
「二人助けた冒険者」
より。
「また孕んで帰ってきた化け物腹」
その方が。
広がる。
そういう。
世界。
でも。
ギルドの。
紙。
『成功』
そこには。
噂。
一文字も。
書いてない。
エルナ・ヴェイス。
参加。
救出対象。
二名。
生存。
全員。
帰還。
成功。
俺は。
その記録だけは。
絶対。
消させたくなかった。
この作品の品質向上のため、ぜひ感想をお寄せください。今後の展開・キャラクター・構成・描写方針の参考として利用します。
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